第05話 失敗

「まさか断られるとは思わなかったね。ギルドマスターの話を聞いた限りじゃ協力してくれそうなものだったけれど……」



 馬に乗ってギルドから王都へと帰還している最中、パリスはそう呟いた。名声を、富を求めずに人のために行動をする。そんな人間が人間の一大事に手を貸さないというのは、本人たちの事情を知らない人間には理解できない。



「それでもあんな言い方はないと思う。人間全体の危機だってのに、まるで無関係みたいに……」



 それは国を守るルバルドに憧れ、実際にその道へと進んだライムにとってネロの言葉は許容しがたいものだった。

 国の兵士は全ての人間のために命を懸けて戦っている。ライムには、ネロがそれらを一切考慮していないようにしか思えなかった。



「……お兄様、ライムさん。ネロと言う方の声、ソラさんに似てませんでしたか?」



 その言葉に二人とも頷きはしたものの、確信は全くと言っていいほどに無かった。



「それは僕も思ったよ。でも、雰囲気は全然違っていた。きっと僕やライム、レシアの勘違いだよ。それに――」


「もし僕らの知っているソラなら、あんな突き放すようなことは言わない。家族を守るために必死に努力していたソラが、こんな危機的状況に人間が負けてもいいなんて考えるはずが無いんだ」


「そうですよね……」



 三人の知っているソラと、ギルドにいたネロと言う人物は別人。三人はそう結論付けた。





 ギルドへと向かった時と同じ道を通り、三人は王都へと辿り着いた。それと同時にスフレアの元へと報告に向かう。



「ギルドの方は問題なさそうですね」


「すみません、僕がもっとうまく交渉できればネロさんの方も……」



 そう言ってパリスは表情を暗くした。



「気にすることはありません。三人ともこういった事に慣れていないのはこちらも承知しています。あくまで強制力のないものなので、ネロさんの意思さえ確認できれば交渉は必要ありません。それに、あなた達の話を聞く限りどう交渉しても手を貸してもらえる可能性はかなり低そうですし……」



 その言葉に実際に話した時の事を思い出し、ライムが不満げな表情を浮かべた。



「それでも人間が負けてもいいなんて……。人間が負けるようなことがあったら、自分だって危ないはずなのに――」


「何か考えがあるのかもしれません。人のために行動している人間がそれを拒否することは考えにくいですから。もしそうでないのなら……」



 そうでないのなら人間、もしくは国に対して恨みを持っている人間。その言葉をスフレアは呑み込んだ。不参加の意思を確認できたネロよりも、今は優先すべきことがある。



「いえ、何でもありません。三人には申し訳ないのですが、明日からはまた元の仕事に戻ってもらいます。こんな状況でなければきちんとした休暇を与えたいところなのですが……」


「気にしないで下さい。僕らは訓練兵ではなく兵士ですから、そのお気遣いだけで結構です」


「自分から望んで兵士になったので、現状に不満は無いです」


「お兄様とライムさんの言う通り、私たちの事は気にしなくても大丈夫です。それに、ルバルド兵士長やスフレア副兵士長ほどの激務ではないですから」


「それでもあまり無理はしないで下さいね。体を壊してしまうとその意気込みも無駄になってしまいますから」



 その後、城を出た三人はとあることを思い出し、目的の家へと向かった。

 パリスが扉をたたくと、女性の声で返答が返ってくる。それから少しの間をおいて、扉が開かれた。



「えっと、どちらさまですか?」


「僕はパリスと言います。ギルドのビトレイさんからの預かりモノで……」



 そう言いながらパリスは懐から小包を取り出した。



「まあ、ありがとうございます!」


「いえ、気にしないで下さい。ではこれで――」



 その場から離れてからライムは口を開いた。



「嬉しそうだったね」


「ギルドにいる恋人からの贈り物だったら喜ばない方が不自然だよ」


「私もお兄様から何を貰っても喜ぶのですから、あの方の気持ちはよくわかります」


「……」


「どうかしましたか、お兄様?」


「い、いや、何でもないよ」



 三人がそんな会話をしている丁度その時、小包を受け取った女性は他の人間へと渡すべく行動していた。小包の中に入っているのは様々な書類だった。その内の一つはネロとその周りの人物の異常性から近づかない方が良いと言う警告。その他には実力のある身寄りのないギルドの人間の名前を列挙したものや、最近ギルドに登録した人間のスキルの詳細などだった。それらはギルドでも一部の人間しか閲覧を許されていないものである。その一部に副ギルドマスターであるビトレイは当然、含まれている。小包はその日のうちにルノウの手へと渡った。





 深夜零時を回った頃、ルバルドの部屋の扉がノックされる。ルバルドはその人物を招き入れると、貰った書類に目を通す。



「姿の見えない敵のために戦力の配分を考えねばならん日が来るとはな……。スフレア、お前は少し休め。様子から察するに寝ていないのだろう?」


「それはルバルド兵士長も同じではないですか?」


「それはそうだが――」


「それに、私はまだましな方です。王を守ると言う名目で私たちは王都にいますからある程度の安全は確保されています。ですが、今戦線で敵の侵攻に怯えている兵士たちは違います。精神的な負担は私たちよりもはるかに大きいはずです」


「向こうにはガリアとシーラがいる。二人なら上手くやってくれているはずだ。それに、今ここでスフレアに倒れられる方が問題だ」


「そう言うことなら少し休ませてもらいますが……。ルバルド兵士長もきちんと休んでくださいよ?」


「あぁ、これが終わったら休むつもりだ。……それで、パリスたちの反応はどうだった?」


「私が見る限りでは同一人物だとは思っていなさそうでしたね。好印象どころか、嫌悪感まで抱いていたようですし……」


「嫌悪感?」


「それは――」



 スフレアは三人から聞いた話を簡潔にルバルドに伝えた。

 パリスたちをギルドへと送った理由。それはパリスとレシアの身分以外にもう一つ理由があった。それはネロと言う人物がソラと同一人物である可能性があったからだ。ギルドへと現れたタイミング、そして短剣と小太刀と言う稀有な戦闘スタイル。そして三人がギルドマスターから聞いた人のために行動しているという点。ソラと合致することはかなり多かった。だからその確認の意味も込めて三人を送り込んだ。だが――。



「人間が負けてもいい、か……。確かにライム辺りが怒りそうな考え方ではあるな」


「そうですね。私たちの勝手な妄想だったので三人には何も言いませんでしたけど、あの反応を見る限りどちらにせよ結果は同じだったと思います」


「そのようだな。とにかく、ネロと言う人物への交渉は諦めることとする。実力者が欲しいのは事実だが、今は交渉をする程の余裕はない。悪いな、時間を貰って」


「いえ、気にしないで下さい。ネロさんとソラの一件は私も気になっていたことですから。もしソラなら、カリア姫も元気を取り戻せたのですが……」



 カリアは魔女の村が消滅してから、普段と変わらない姿を見せていた。だが、それはあくまでカリアの事を知らない人間から見ればの話であり、彼女を知っている人間からすれば無理をして気丈にふるまっているのは火を見るより明らかだった。



「ではお言葉に甘えて、少し休ませてもらいますね」


「あぁ、そうしてくれ」



 スフレアが部屋を出てから、ルバルドは再び書類に目を落とした。急務で造った簡易な砦の強化は異常なほど順調に進んでいた。あれから魔族からの侵攻が異常なほどに弱弱しいものばかりだったからだ。このまま何事もなく進み、領地の一部を奪われた程度で終わるのなら別に構わないとルバルドは思っていた。だが、砦を落とされた時の魔族の様子からそれは考えにくかった。ルバルドには、この問題の全くない時間がひどく不気味に感じられた。

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