第04話 本心

 ソラはギルドへ入るための関所をくぐると同時に、ピクリと何かに反応した。



「ご主人様?」


「どうしたのじゃ?」


「……パリス達がいる」



 その言葉にティアとミラは驚いた。現在、ライリス王国は魔族との交戦のために猫の手も借りたいほどに忙しいと言う話を聞いていたからだ。



「お主らの旧友がこんな所にか……何の目的じゃろうな。まだ食料には余裕があったじゃろうし、日を改めてもよいが――」


「別に大丈夫だと思う。遭遇しないように行動すればいいだけだし。今の俺の感知範囲ならそれぐらいは出来る。それに、もし俺たちに用があるのなら会わないと帰ってくれないかもしれないから」



 もし仮にソラ達に用があってわざわざ来たのなら、その可能性は十分にあり得る。どこにも属さない立場を取っている存在に用があるのならば、直接会うのが最適だろう。王都からわざわざ足を運ぶほどの用ならば尚更だ。

 そして、不幸にもこの推測は当たっていた。



「それはそうじゃが……見つかると面倒なことになるぞ?」


「ばれないようには気を付けるよ。もし会うことになったら武器は持っててくれる? これ、王都にいた時とほぼ同じ武器だから。それに、まだ俺たちが目的って決まった訳じゃないし」



 そんな会話をしながら、ソラ達は依頼を受けるべくギルドへ向かって行った。





「ネロ様、申し訳ありませんが少しお時間宜しいでしょうか? 王都からの使者が面会を希望してギルドに滞在しておられますので……」



 ギルドの受付で名乗った後に返ってきた言葉がこれだった。



「……俺だけですか?」


「ギルドマスターからはそちらの方にも来て頂きたいと聞いていますが――」



 受付嬢は一瞬、ミラとティアの方へと視線を向けてから言葉を続けた。



「ネロ様の意思を主軸に行動していらっしゃるとのことで、ネロ様だけでも良いとの事です」



 その言葉を聞いて、ソラ達はその場から少し離れて小声で話し合う。



「ご主人様、どうするのですか?」


「さっき話した通りちょっと会って来るよ。ティアは知った仲だから来ない方がいいと思うけど、ミラはどうする?」


「遠慮しておいた方が良かろう。妾が行ったところで大した意味はあるまい。何を言われるかは知らぬが、ここを動く気はないのであろう?」


「無いよ。出来ればずっとここで生活していたいぐらい」


「それが聞ければ上出来じゃ。取り敢えずその武器は預かっておこう」



 そう言ってミラはソラから短剣と小太刀を預かった。



「妾たちは適当な場所で待つ。話が終わったら合流するとしよう」


「分かった」


「ご主人様、気を付けてください。もし王国にご主人様が生きていることが知れたら――」



 正確には王国ではなく、ルノウである。ルノウが危険分子と判断してソラを襲ったことは容易に想像できる。ならば、もし生きていてその居場所まで発覚しようものならどうなるかは想像に難くない。ソラとミラが戦闘において負ける事は無いとしても、常に一緒にいるティア以外にもソラが守りたいと思う人間はいる。どんな手段も使うルノウの性格を考慮すれば、そちらに危害が及ぶことはほぼ確実だろう。



「俺には全てを守り切るほどの力なんてないから、その時は仕方ないよ」



 その言葉にティアは驚いた。まるで何かが奪われることを許容しているようにも聞こえたからだ。だが、次の言葉でそうではないことが分かると共に、若干の狂気をソラから感じ取った。ミラの作ったコートのせいで表情は見えないが、それが歪んだものであることは何となく察せられた。



「でも、俺は二度も黙っていられるほど強くない。もしそうなったら、反撃の余地なんて与えない」





 暫く別室で待機したソラがギルドマスターに呼ばれて応接室へと入ると、一方のソファにライム、パリス、レシアが腰を掛けていた。



「こいつがお前らの会いたがってたネロだ」


「会いたがってた?」


「あぁ。こいつらはライリス王国からの使者でな。ギルド俺たちに戦争の応援要請があるかもしれないって連絡をしに来てくれたんだ。王国としては実力のあるお前にも参加して欲しいらしい。が、お前はギルドに所属していない。だからわざわざ直接交渉しに来たんだそうだ。そっちの金髪二人はあのプレスチア大臣のご子息だそうだ」



 ギルドマスターから紹介を受け、パリスが口を開いた。



「初めまして、ネロさん。僕はパリスと言います。こっちが妹のレシア。そっちがライムです」



 パリスの紹介に合わせて、二人は軽く頭を下げた。それに応じてソラも会釈で返す。



「おっと、悪いな。取り敢えずここに座ってくれ」



 そう言ってギルドマスターは自分が座っていた場所をソラに譲り、立ち上がったまま話を続けた。



「それで、お前は受けるのか?」


「お断りします」



 その言葉に一瞬場が静まり返る。ギルドマスターの話を聞いた三人も、話をしたギルドマスターでさえソラがそれを拒否することを想像していなかったのだから無理もない。パリスは出来るだけ穏便に、言葉を選びながら口を開く。



「……理由を聞いてもいいですか?」



 ソラは少し考えこんだ。正直に話すわけにはいかない。だから国と自分との間の事象は伏せ、それでいて嘘偽りのない言葉を返す。



「俺は大衆のために戦うつもりはないし、戦おうとさえ思えない。一人の仲間と百人の他人なら、迷いなく他人を切り捨てる。出来る限り多くのモノを守ろうとするあなた達のスタンスとは全く違う。俺があなた達兵士の中に紛れ込んだところで、逆効果にさえなり得る。そう思ったからです」



 その言葉から、不思議と強い意志をその場の全員が感じた。それでも、パリスは食い下がる。ギルドマスターから話を聞いた限り、協力的でなくともその実力は戦争においては十二分に効果を発揮する。そう考えたからだ。今のパリスは、国の上層部以上にその思いを強く持っていた。



「国が負ければ一人の仲間も失うかもしれません。国と魔族の戦争はそういった次元の戦いです。僕個人としてはその目的ならば参加するべきだと思いますが……」



 それはもっともな意見だった。戦争における敗北は、人間の敗北を意味する。敗北によって魔族の蹂躙が始まることは想像に難くない。しかし、ソラは間髪入れずに正直な意見を返した。



「俺は人間が負けたって構わないと思っています」



 その言葉に場が凍り付く。場合によっては人間が生きることを否定しているとも取れてしまうから。王国でそんな言葉を発せば、反逆の意思とみなされてもおかしくない。

 だが、それでもソラの想いがブレる事は無かった。



「それに、俺はあなた達と違って命令一つで相手を無条件に殺せるほど大人じゃない。自分の守るべきモノも、殺すべき相手も自分でしか選べない」



 戦争は不特定多数の相手を殺すことになる。例え相手が罪のない、命令で仕方なく戦争に参加しているものだったとしてもだ。それはさほど珍しい事ではないが、ソラの母親を殺した人間は命令があったから何もしていない村の人間を殺した。ソラにはそれと同じことをすることは出来なかった。





 結局ライム、パリス、レシアの三人はネロの説得を諦め、その部屋を後にした。部屋に残っているのはソラとギルドマスターの二人だ。



「驚いたな、まさかお前が断るとは思わなかった」


「そんなに不思議ですか?」


「そりゃそうさ。わざわざ低報酬の、それも人のためになるような依頼しか受けない人間が人間が負けてもいいとまで言ったんだからな」


「所詮、俺は自分の意志でしか動けないだけです」



 それは他人が聞けば自己中心的すぎると感じる言葉だ。しかし、今のソラにとってはその言葉が全てだった。

 ソラは自分のためではなく、顔も知らない大勢の他者を助けるために動いている人間に全くと言っていい程に共感できない。それが大義名分となることが、その大義名分が力を振るう理由になることが、その矛先が何であろうと許されることが、ソラには理解出来ないから。



「それがギルドに所属しない理由か?」



 ギルドマスターは何気なしにそう問いかける。ソラが戦争への参加を拒否したことを邪険に思っている様子は見受けられない。

 ギルドのまとめ役として様々な人間に接してきたからこそ、ソラの言葉の端々から何か理由があるのだろうと悟っていた。ギルドマスターには人の過去を聞き出すことも、それの影響を否定することも、現在持っている意志に意見することもしようとしない。様々な考えを持つ人間を仲介し、上手く噛み合わせ、ギルドという組織を守る。自分の仕事をそう認識していたから。



「そんなところです」



 それだけ言うと、ソラも部屋を後にした。

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