第03話 小包

「国とは様相が異なるようですね……」


「大体スフレア副兵士長に聞いていた通りだったね。まだ来てから一日も経ってないから、言い切ることは出来ないけど」


「パリスたちは何かやりたいことある? ネロって人が来るまで時間があるみたいだけど……」



 三人はギルドマスターからネロの事を聞き、ヴィレッサに案内された宿へと泊まることとなった。だが、肝心のネロが来るまではやることもなく、当然それ以外の目的もない。



「ネロって人がギルドに現れたら連絡をくれるってギルドマスターは言ってた。その連絡先は間違いなくここだから、僕はここに残ってるよ」


「それなら私たちも残ります」


「パリスを残して僕らだけ遊んでる訳にはいかないよ。それに、そもそもそれが目的じゃないから」


「それなら食事の時ぐらいはは一緒にどこかで食べようか。王都では食べられないようなものもあるかもしれないし」



 そんな会話をしているとき、三人のいる部屋の扉がノックされる。



「どなたですか?」


「副ギルドマスターをしております、ビトレイです」



 そう言われて三人は畏まりつつ、部屋に迎え入れた。



「すみません、大した用ではないのですが一つお願いがありまして……」



 そう言いながら、ビトレイは手に持った小包を三人に見せた。



「手紙を届けて欲しいのです。ギルドからライリス王国まではかなりの距離があります。なので届かない場合も少なくなく……」



 今回の三人のように一人が一匹の馬を扱い、少ない荷物で移動する場合は囲まれさえしなければ多少の魔物なら逃げ切ることが出来る。しかし、王都とギルドを往復するほとんどは荷物を出来るだけ多く運ぶために大きめの荷台を使う。無論用心棒を雇うのが一般的ではあるが、それでもリスクは前者よりもはるかに高い。

 最も、ビトレイが三人に頼む最大の理由は国に信頼されているからである。ギルドへの人員要請依頼を任せるほどに信頼されている人間ならば、関所の検査も甘くなる・・・・・・・・・・



「この小包の中に手紙とちょっとしたお土産をいれているのです。お恥ずかしい話、王都に恋人がおりまして……」



 三人は一度顔を見合わせた。やがて、パリスが口を開く。



「そういうことならお任せください。それで、その方は王都のどこに……?」



 その質問に、ビトレイはまるで記憶をたどるような仕草をしながら答え、最後に恋人だという人物の名前を話した。



「分かりました。責任もってお届けします」


「本当にありがとうございます。こういった立場なので、あまり王都に出向くことも出来なくて……。そうだ、お困りのことがありましたら何でもおっしゃってください。お礼になるかは分かりませんが、出来る限りのことはさせてもらいます」


「……そうですね、おすすめのお食事処とかご存知でしたら教えてもらえますか?」


「その程度でしたらお安い御用です」



 その後、ビトレイは三人にいくつかの食事処を教えてから、その場を立ち去った。





 夜が更けた頃、人気のない薄暗い場所に二つの人影があった。



「それなら、やっぱり団長は死んだんだね」



 そう言葉を発したのはクラリィよりも幼いであろう中性的な顔立ちをした少年だった。団長と呼ぶ人間が死んだにも拘らず、その表情に悲しみや怒りといった感情は一切浮かんでいない。寧ろ何を考えているのか分からない、フワフワとした笑みを浮かべている。

 既に見慣れているのか、それに一切疑問を持たずにビトレイは答える。



「そのようですね。我々にとって、彼は優秀な人材だったのですが……」


「しょうがないよ。それで、団長を殺した犯人はどうなったの?」


「現状、全く分かっていませんね。証拠どころか、彼らが向かった村ごと消えていたそうですから」


「う~ん、分からないことだらけだなぁ」



 そう言いながら少年はおもむろに何かを投げる動作をする。それに続き、何かが地面に倒れこむ音が響く。藻掻いているのか、ドタバタと音がしている。



「ベウロ、そういうのは後にしてください。後始末をするのも大変なんですよ? それと、仕留めるのならきちんと一撃で仕留めてください。あなたなら出来るはずですが……」



 ビトレイのその言葉に、ベウロと呼ばれた少年は面倒くさそうな表情を浮かべる。



「うるさいなぁ、一撃で仕留めたら楽しめないじゃん。喉はつぶしてあるんだから許してよ。そもそも、ビトレイが後を付けられてるのが悪いんじゃないか」


「私にそう言った能力が一切無いのは知っているでしょう? それを守るのが契約のはずですが……」


「その契約では自由に人を殺せるってなってるはずなんだけど」


自由に・・・ではありません。一定の範囲内で自由に・・・・・・・・・・です」


「僕、細かいこと苦手なんだけどなぁ」



 ビトレイは一切の戦闘能力を持ち合わせていなかった。だからその面を彼らに委託した。その代償としてビトレイは彼らの殺人を容認し、降りかかる罪を権力によって打ち消していた。注意深いビトレイはさらに、余計な詮索をされないようにその集団をトップクランの一つ・・・・・・・・・と呼ばれる地位まで引き上げていた。それでも――。



「あ~あ、いい感じで出世してたのに無駄に正義感なんて出しちゃうから……」



 ベウロはそう言って、地面に蹲って喉から血を流している一人の冒険者を見下ろした。不敵な笑みを浮かべるベウロを見て、冒険者は声を挙げようと試みる。だが、喉を刃物で貫かれているために、ヒューヒューという空気が抜けるような音しか出なかった。



「ベウロ、さっさと始末してください。日が昇るまでに処分しないと面倒なことになります」


「しょうがないなぁ。じゃあ一時間にしとくよ」



 その言葉にビトレイはため息を吐きつつも、仕方ないと肩をすくめた。彼らとの付き合いが長いからこそ、彼らがどれだけ弱者を甚振いたぶることに執着しているのかを知っていた。だから、一時間というのが時間を縮めた精一杯だというのも理解出来た。



「分かりましたよ、一時間後にまた来ます。それまでに終わらせておいてください」



 その言葉に、ベウロは首を傾げた。



「あれ、まだ何か話すことあるの?」


「表向きに姿を見せていないとはいえ、クランデスペラードのリーダーであるバジル・・・が姿を消したんです。つじつま合わせぐらいはしておかないと何かあった時にまずいでしょう?」


「ビトレイは相変わらず心配性だなぁ」



 そう言って笑いかけたものの、ビトレイがその真剣な表情を崩すことはなかった。それを見て、今度はベウロがため息を吐く。



「はいはい、分かったよ。分かったからさっさとどっか行ってくれない? そうじゃないと一時間で終わらせられなくなるからさ」



 その時のベウロの表情は酷く歪んでいて、それでいてとても楽しそうだった。それを見たビトレイはその場を離れようとする。その間際、一瞬だけ地面に蹲っている冒険者の方に目をやった。



――もったいない



 そう思った――いや、そうとしか思わなかった。積極性のある優秀な人材ほど強い正義感で動いている場合が多い。そう言う人間は自分が思う悪の一端でも見つけると、追いかけずにはいられない。彼らを救い上げる術をビトレイは持ち合わせていなかった。兄のような人の言葉の真偽を判断できるようなスキルや、精神や身体を支配する呪術のようなスキルがあれば違う方法も取れただろう。しかし前者は他に例を見ない稀有なスキルであり、後者に関しては冒険者が大半であるギルドにおいては使えるものなど皆無である。ギルドの人間が重視するのは対人ではなく、対魔物の能力なのだからそれも仕方のないことである。

 ビトレイはそれ以上何かを思うことなく、その場を立ち去った。

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