第02話 到着

 ライム、パリス、レシアの三人は、それぞれが馬に乗って移動した。ネロは一度依頼を受けると、暫くギルドには顔を出さない。だからタイミングを逃さないために出来るだけ素早く移動できる手段を選んだ。その甲斐もあり、一週間掛けずにギルドまで辿り着くことに成功する。

 ギルドの関所へと辿り着くと同時に、三人の元に視線が集まる。



「パリス、着替えた方が――」


「これでいいんだよ。この格好なら手は出されないだろうからね」


「ですがお兄様、これは流石に……」



 三人の装備は王都の兵士が装着している装備の中でも最高級のモノである。ギルドの人間であっても、その装備をしている人間に手を出せばどうなるかぐらいは知っている。しかし、三人の装備に不相応な年齢のせいもあってそのほとんどが好奇の視線だった。

 どうにか関所を潜り抜けた三人は、馬を預けてから冒険者が依頼を受ける建物へと向かって行った。



「すみません、ギルドマスターと面会したいのですが」


「しょ、少々お待ちください」



 受付嬢は驚きつつも、奥の部屋へと向かって行く。

 その後、応接室に通されて待機することになった。



「街の方、私たちに何か隠しているようでしたよね」


「そうだね……」



 三人はこの場所へとくる道中、ネロと言う人物について様々な人から話を聞いていた。だが、結果として他二人の名前すら分からなかった。件のトップクランの人間を負かしたと言う話を聞いても、曖昧な回答ばかりだった。



「でも、ネロって人が実力者だってのは間違いなさそうだよね。ウィスリムって人に剣術で勝ったってのは皆言ってた訳だし。もしかしたらプレスチアさんより強いんじゃない?」


「どうだろうね。父上ならその話を聞いても”相性による”としか言わない気がするけど……」


「それでもお父様のスキルは、お兄様と同じくどんな相手でも対応できるようなスキルなんですけどね。私にはお二人に勝てるような人なんて――」



 そこでレシアは言葉を切った。思い当たる人物が一人いたからだ。プレスチアの方は定かではないが、パリスはどんなに頑張っても勝てなかった少年が。その人物が頭をよぎったのはレシアだけではなく、他二人も同様だった。

 暫くの沈黙が降り、誰かが口を開こうと言うその時、扉がノックされると同時に開かれた。その荒々しい隻腕で赤髪の人物が入ってくると同時に、三人は立ち上がろうとした。



「あぁ、気にするな。俺はそう言う礼儀をそもそも知らん。礼儀正しく振舞われたってこっちがしんどいだけだ」



 そんな彼を少し軽蔑した眼差しで見つめつつ、ヴィレッサが口を開く。



「すみません、ギルドマスターはいつもこんな調子でして……。私が代わりに謝罪を――」


「ヴィレッサ、お前は俺がそう言うの苦手だっての知ってるだろ? さっさと本題に移るとしよう」



 ヴィレッサはその態度を見てため息を吐きながら軽く頭を下げた。それに対し、パリスたちは別に構わないと軽くジェスチャーで示した。パリス達は正面のソファに二人が腰を掛けたのを確認してから軽く自己紹介をし、ギルドマスターと副ギルドマスターであるヴィレッサも同じように返した。

 それを終えると、パリスはバッグから書簡を取り出してそれをギルドマスターへと渡した。受け取ったギルドマスターは数十秒の間目を通し、再び書簡に戻してからヴィレッサに渡した。それはライリス国王直筆のもので、中身を要約すれば、近々魔族との戦争のための要員を要請するかもしれないと言うものだった。



「了承していた。そう言っておいてくれ」


「分かりました」


「お前らも大変そうだな。わざわざこれだけのためだけにギルドまで来るなんて」


「いえ、今回はもう一つやることがあります。出来ればギルドマスターであるあなたにも手伝ってほしいのですが……」


「……ネロか」



 ギルドマスターのその言葉にパリスは頷いた。ライリス王国は基本的にギルドと接点を持たない。正確には持たないようにしているといった方が正しい。権力や力が一か所に集中していると、暴走した時に誰も止めることが出来ない。そういったことにならないように互いに独立し、人々にどちらに住むかの選択肢を与える。王国はギルドが暴走した時の、ギルドは王国が暴走した時の人々の逃げ場として機能している。

 そんなライリス王国が、この状況でギルドマスターと会うだけでは達成できない、ギルドでするべきことがある。それは恐らく、ギルドと言う組織に関わることではない。つまり、王国にもギルドにも所属せず、王国が目を付ける様な存在。そこから導き出されるのはネロ達以外に有り得なかった。



「ギルドマスターはいつ頃ネロさんがいらっしゃるかご存知ではないのですか?」


「悪いが俺にも分からん。ただ、後数日は来ないことは分かる」


「というと?」


「あいつらはここで依頼を受けると、何か事情がない限りはその日の内に終わらす。その後は報酬のほぼすべてを使って食料品を買っていくんだ。多分だが、次来るのはそれを全て消費した時だ。今までの経験から言って、後数日は来ない。俺から伝言しておいてもいいが、どうする?」


「王国の方からは接触できるまで待機するように言われているので、こちらで宿を取らせてもらいます」


「それならヴィレッサに手配させておこう」



 ギルドマスターの視線を受け、ヴィレッサは一つ頷いてから口を開いた。



「分かりました。少しお時間を頂くことにはなると思いますが……」


「それで十分です。ありがとうございます」


「気にするな。だが、わざわざそこまでしなくてもネロなら参加すると俺は思うがな」


「……何故ですか?」


「あいつは人のために動ける奴だからな。お前らがここの連中から詳しい話を聞けないのがいい証拠だ」


「それはどういう……」


「ギルドははっきり言ってあまり治安は良くない。だが、仲間意識の強い奴は多い。そして、この街ではスキルの事を赤の他人に言いふらしたりするのは厳禁だ」



 スキルを公開することは自分の手の内を晒すことである。治安の悪いギルドにおいて、それは悪手でしかない。スキルが周知されているのはトップクランのリーダーなどどうしても目立ってしまう者や、自分の力を周囲に誇示したい者、ギルドカードを盗み見られたりした者だ。勿論、気に入らないと思った者が意図的に他人のスキルを言いふらす場合もある。だが、その動機が誰も賛同できないようなものだった場合は、それ相応の待遇を受けることになる。

 要はネロとその仲間はギルドの一員として周りに認められている、ということだ。



「確かネロさんがギルドに現れたのは数か月前だと聞いていますが……」



 ギルドマスターは、その言葉に何かを思い出すようなそぶりを見せながら答えた。



「あいつが強いことは皆が知っている。だが、来たばかりの頃は誰も知らなかった。その時からずっと力を誇示するような事もしないし、いじめられている人間がいればその背景も考えずに助ける。さらに言えば名誉も地位も金も求めることなく、低報酬で人気のない、人助けになる依頼しか受けない。周りの目を気にせずにずっとこんなことしてれば信頼も生まれるってもんだ」



 その言葉はスフレアの警告のせいもあり、必要以上に警戒していたパリスたちを安心させた。そんな人物が人間全体の危機に手を貸してくれないはずが無い。きっと自分たちの言葉を受け入れ、協力してくれる。根拠はなかったが、そういった自信を持つことが出来たから。

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