第四章 交錯

第01話 噂

 ライリス王国は前例のない魔族の侵攻により、多少混乱はしたもののどうにか立て直していた。幸いなことに敵の個人ごとの能力が低いため、被害は当時の想定よりも抑えられていた。だが、もしものことを考えれば王国の人間だけではどうにもならない状況になるかもしれない。そうなった時は頼ることになる。



「――という連絡をギルドの方へして欲しいのです」



 三人にスフレアはそう言った。パリスはその言葉に首を傾げる。



「……なぜ僕らに白羽の矢が立ったのですか?」


「パリスとレシアの父親がプレスチア大臣だからです。こういった連絡をする際は相応の身分の人間が向かうのが常です。ですが、三人も知っての通り王国はまだ混乱していて、上層部の人間は手を放せる状況ではありません」


「それでまだ新兵で、仕事も比較的少ない私たちなんですね」


「そうです。道中魔物も出ると言う話です。三人の実力なら問題ないとは思いますが、十二分に気を付けてください」


「分かりました。ライムとレシアは他に聞きたい事は無い?」


「僕は無いよ」


「私もありません、お兄様」



 そこで話が一区切りし、その場を離れようとした三人をスフレアは呼び止めた。



「すみません、もう一つだけ。ギルドであって欲しい人物が一人いるのです」



 ギルドへ要請をするのならば、統括者であるギルドマスターに会うだけでいいはずだ。それ以外に会う人物がいるのならば、十中八九ギルドとは関係のない人間である。



「今回の件とは関係のない方ですか?」


「いえ、そんなことはありません。最近、ギルドの方を賑わせているネロという人物がいるらしいのです」


「「「ネロ?」」」


「ギルドでトップの実力者をいとも簡単に平伏せたそうです」



 その言葉に、ライムは疑問を抱く。



「それだけの実力があるのなら、ギルドに所属しているんじゃないんですか?」



 ギルドは実力主義の傾向が強いことは周知の事実である。そのためライムの疑問はもっともなものであり、他の二人も同じことを考えていた。

 しかし、スフレアはライムの言葉に首を横に振る。



「それが所属していないそうなのです。数か月前にネロと言う人物を含めた三人組は突然現れたと聞いています。後に三対三で個人戦をしてトップクランのメンバーに勝利したとか。内容を聞いても信じられないようなものばかりなので、話が独り歩きしている可能性もあります。それでも実力者であることには違いなさそうなので今回の応援要請に協力してもらいたい、というのが王国の考えです」


「……もし不在の場合はどうすればいいのですか? 忙しいのは父上達だけではないはずですし、あまり時間をかけるべきではないと思いますが……」


「彼らはギルドに依頼を受けに来るのもまばらな上に、ギルドの中に住居がある訳ではないそうです。なので、ほぼ確実に不在でしょう。その場合はギルドに現れるまで待機してください」



 その言葉に三人は驚いた。パリスの言葉通り、落ち着いてきたとは言ったもののそれは当初と比べた話であり、王国は目下混乱中である。さらに、現在進行中の簡易砦のさらなる強化・補強に少しでも人手が欲しい状況だ。そんな中、出自のしれない人物のために時間を割くのは愚策であるとしか考えられなかった。

 三人の表情を見て察したスフレアは、さらに言葉を付け加える。



「これだけ重要視しているのには彼らの負かした相手がかなりの強者だからです。一人は数秒先の未来を見ることが出来るスキルを持った人物。彼の剣術は知っている人間の間ではかなり噂になっています。その剣術の上にそのスキルですから、対人でも対魔物でも彼相手に敵う者は数少ないでしょう。もう一人はギルド一の魔法使いと言われている人物です。相手の消費した半分の労力で魔法を跳ね返すことが出来るスキルを持っているそうです。その上に複数の属性を使いこなせるとのことです。魔法に関していえば、彼女に匹敵する人物は今の王都にはいないと断言できます」



 その話に、ライムは思わず口を開く。



「そんなのにどうやって……」



 どうすれば勝てるのか。話を聞いただけでもそれを想像するのは困難だった。だが、パリスの頭の中には一つの仮説が立っていた。



「相手の不利な状況に持ち込んだんじゃないかな。前者の剣士は遠距離から、後者の魔法使いは近距離で戦えば勝機も――」



 その仮説に、スフレアは首を横に振る。



「そこが上層部が重要視している理由なのです。二人とも自分の得意分野での勝負で敗北したそうです。この混乱状況ですから、ギルドから流れてくる噂はあまり大きくなりません。それでも、一部界隈ではかなり有名な話になっているそうです」



 三人はそこまで聞いて、ようやく時間を掛けてまでネロという人物に接触したい理由を理解した。聞いただけでも反則だと思えるスキルを持ち合わせる二人に、正面から戦って勝利した。そこから想像できるのは彼ら以上のスキル、もしくはスキルを超えられるほどの実力を持ち合わせているという事である。

 パリスたちが理解したのを察したスフレアは一つ注意を付け足す。



「ネロと言う人物とその仲間はどこにも所属していません。故に王国であろうとギルドであろうと、命令と言う形で動かすことは不可能です。正直、あなた達の責任はかなり大きいです。ですが、あまり深追いはしないで下さい。詳細が分からないので、三人の身が絶対に安全とは言い切れませんから」



 その言葉を受け、パリスたちはごくりと生唾を飲んだ。どこにも属すことなく、ただ実力がある人物。つまり、彼らが何をしようと誰も裁くことが出来ず、彼らを抑えることは物理的に困難。この状況でもし、ネロという人物の気に障るようなことをして反感を買おうものなら、間違いなくタダでは済まない。



「この話はギルドマスターにもして協力を仰いでください。彼ならきっと協力してくれるはずです」


「分かりました。国のために全力を尽くします」



 パリスのその言葉とともに三人はギルドへ向かうための準備に取り掛かった。

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