第07話 シナリオ

 玉座の間にて、プレスチアはブライに事の経緯を報告していた。一先ず三人で情報を共有し、その後に広く伝達する。それがブライが国王になってからの恒例だった。これは、それほどまでにプレスチアとルノウを信頼していることを示唆している。



「――とのことで、ネロという人物の協力を得ることは出来なかったそうです」


「そうか。……一先ず、ギルドへ向かった三人を労っておいてくれ。それなりの重責を感じていただろうからな」


「分かりました。息子も喜ぶと思います」



 その様子を見守っていたルノウが口を開く。



「しかし予想外でしたな。パリス君たちによるギルドマスターの話では協力してくれそうなものでしたが……」


「何か事情があるのだろうな。大衆のために動けない何かが……」


「それに加えて我々が魔族に敗北しても構わない、という旨の発言もしたそうですな。場合によっては国への反抗ともとれる発言ですが――」



 そこまで言ったルノウに、ブライは釘を刺す。



「ルノウよ、その考えには何度も助けられてきたが、敵か味方かでしか判断しないのは感心せんな。聞けばネロという人物はギルドにも所属していないそうではないか。元より集団で行動するのが苦手なだけかもしれぬ」


「……これは失礼しました。次回からは気を付けることとします」



 ルノウが反論しなかったのは、国王であるブライや同程度の権力者であるプレスチアと自分の情報量が違うからである。ルノウは弟であるビトレイ・・・・によってギルドの詳細な状況を伝えられている。かなりの実力者であり、過去にないスキルを持ちながら、今まで表にその存在が出てこなかった。そして、ネロ達の身にまとっている何らかの効果が仕込まれたコート。少なくとも認識阻害とスキルを隠す効果が付与されている。高級品ではあるものの、それらの効果がある装飾品は存在する。しかし、作ることが出来る者が限られているうえに、犯罪者の手へと渡らないようにその手のものは王国が所有者を逐一確認している。考えれば考えるほど不気味な存在であり、万に一つ、魔族乃至ないしはその内通者という可能性も存在する。



「対象者が拒否しているのだから、これ以上この話を広げるのはやめることとする。それで、砦の方はどうなっている?」



 その質問に、プレスチアが手に持っていた書類に目を通しながら答える。



「砦の強化は順調のようです。ただ、全体の指揮・監督をしているルバルド兵士長からいくつか懸念事項があるとの報告を聞きました」


「懸念事項?」


「はい。以前にも報告した通り魔族は数こそ多いものの、個の実力は大したことありません。しかし、最近ではそれが変わってきているようです。懸念事項は二つで、一つは砦陥落以降の侵攻は少数で特攻してきているということ。もう一つは魔族一人一人の様子が変化してきているということです」


「実力が上がってきている、ということか?」


「その通りです。初めはどんな攻撃も回避するようなことはなかったそうです。その次は視認できた矢を盾で防ぐようになり、最近では単体の魔族は全ての矢を防ぎきるようになったそうです」


「単体、ということは集団では避けられないということか?」


「彼らは矢を避けるように行動しますが、地形が悪かったり近くに仲間がいたりしてもそれを避けることはしないそうです。それと、これはルバルド兵士長がただの勘違いかもしれないと言っていたことではありますが、まるで何かの実験をしているように思えるとのことです」



 そこまで黙って聞いていたルノウがようやく口を開く。



「実験、か……。確かにそう捉えるのが妥当かもしれませんな。しかし、命を消費する実験を行えるということは――」



 ルノウはそこで言葉を切ったが、ブライとプレスチアはその先を悟った。その場の三人は知っていたのだ。かつて生き物の体さえも作り出せてしまえる錬金術師が存在していたことを。



『魂を作り出さない限り、生き物を完成させることは不可能である』



 それはミラ・ルーレイシルが残した有名な言葉だ。有名と言っても、彼女の存在を知る者に限定されることではあるのだが。彼女は『魂』の代償となる素材は存在しないとも語っていたとされている。



「魔女の村が消えた件、地下に封印されていた彼女が原因だとすれば……」


「ミラ・ルーレイシルなら我々王国や人間に嫌悪感を抱いていてもおかしくないですね。私たちにとっては最悪の事態ではありますが、考慮の余地は――」



 その言葉に、ルノウは首を横に振った。



「私はあり得ないと愚考します」


「その理由を聞かせてもらえるか?」


「はい。まず、魔女の村が消滅した場所はその後パリス君たちがくまなく捜索したそうですが、村がないこと以外は何の問題もなかったそうです。彼女が封印されているのは地下一キロメートル付近です。そんな場所から出てきて何の痕跡もないのはおかしいとは思いませんか? それに、彼女が死なないように・・・・・・・するために地下へ人間以外の生き物によるエネルギーの供給はしていましたが、過剰供給を制限するために彼女のいる場所から地上まで何重にも多種多様なスキルによる結界が施されていました。少なくともパリス君たちが帰ってきた後に調査を行いましたが、報告によれば破壊はおろか綻びすらも確認できなかったとのことです」



 ルノウの言葉の指すことは、全ての結界を破壊でもしない限りはミラ・ルーレイシルがこの世界へと現れることは不可能ということである。まさか結界どころかミラ・ルーレイシルが封印されていた付近の土壌ごと消滅し、ミラ・ルーレイシルが自ら整地し、封印されているように見せかけるための仕込みをしたことなど彼らに知る由はない。

 少し間を置き、ルノウは言葉を続ける。



「何より、経年劣化がほぼなく、休む必要のない体を持ち、近くに生きている存在さえいれば永遠に戦い続けることのできる彼女が本気でこの国を壊そうと考えたと仮定してみてください。魔族の手を借りる必要があると思いますか?」



 その言葉にはブライもプレスチアも何も答えなかった。記録上でしか目にしたことのない存在とはいえ、そこからでもその異常性は読み取れる。他者の命を糧とし、力を発揮することのできる存在。それに加えて老いることも無く、疲れを感じることも無い。そして、彼女の作り出す魔道具は今現在でも重宝されるほどのレベルである。いくら相手が一人といえど、王国が勝てるという絶対の自信を持つことは不可能だった。何より、彼女を辺境の地の地下深くに抑え込んだ事自体が、当時の国王がどれだけ彼女の存在を恐れていたかを物語っている。

 そこまで考えて、ミラ・ルーレイシルが封印から解き放たれたという仮説がようやく崩れる。それと同時に、もう一つの最悪のシナリオが頭をよぎる。



「ルバルド兵士長の報告にあった『実験』という説は濃厚そうですな」


「それに加えて、ミラ・ルーレイシルではない。というのが今我々が出した結論です。つまりは――」



 ブライは生唾を一度飲み込んでから、その重たい口を開いた。



「魔族の中にそれを可能にするスキルを持つものがいるということか……」

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