第11話 始まり

 クラリィは午前中はミラの元で魔法の練習を、午後はソラの元で剣術の練習をしていた。しかし半月ほど経過した時、ミラはこれ以上の魔法の練習は不要だと判断した。



「もともと魔法は感覚によるものが大きい。実戦で使って体で慣れた方が早かろう。ソラも心当たりがあるのではないか?」


「そういえば、ネロ様は剣術も独学だと言っていましたよね?」


「自分の思うようにやってみただけだよ」


「まあ、そういうことじゃからクラリィはソラ相手に戦い方をいろいろ試してみるがよい。魔法も自分で思うように使えばよかろう。分かっておるじゃろうが、手加減など必要ない」


「そうじゃないと練習にならないしね」



 そう言いながらソラは短剣を構え、クラリィは小太刀と短剣を構える。実戦に備えてどちらも真剣だ。

 その後、数時間に及び辺りに金属音が響き続けた。クラリィは魔法を使って時に自分を補助し、時にソラに直接攻撃を仕掛けたりしながらそれに合わせて剣を振るった。



「大丈夫、クラリィ?」


「あ、ありがとうございます……」



 クラリィは差し出されたソラの手を取って体を起こした。



「戦い方は様になっておるのではないか?」


「でも、ネロ様には手も足も出ませんでした」



 そうは言いつつ、クラリィはさほど悔しいとは思わなかった。クラリィはソラが本気で人を殺そうとしているところをその目で見ている。だから分かっていた。ついさっき戦っていたソラの刃には、一切の殺意が乗っていなかったことを。



「それは別に気にしなくていいんじゃない? 冒険者として生活するなら基本的に魔物が相手になるだろうから。寧ろ、魔物相手に戦った経験まだ浅いってことを考えた方がいいんじゃない?」


「ソラの言う通りじゃな。幸い才能には恵まれておるようじゃし、ルークとフェミと共に行動するのならば問題ないじゃろう。実力の分からないモノに手を出したりしない限りは、じゃがな」


「心に留めておきます」


「とは言っても今はこれ以外に出来る事など無いのじゃがな。後はギルドに戻ってから、ルークとフェミに聞きながら経験を積むのが良かろう」


「それまでは俺が相手をするよ」


「よろしくお願いします」



 そんな話をしていた時、ティアが家のある方向からこちらへと向かってきた。



「お料理の準備が出来ました」


「分かった、すぐに行くよ。クラリィ、動けそう?」


「はい、そのぐらいなら……」



 そうは言ったが、クラリィの足元はおぼつかない状態だった。それを見たティアが近づき、肩を貸した。



「すみません、ティアさん……」


「別に気にしなくていいですよ。ご主人様たちは先に行っていてください。身長的にも私の方がクラリィさんも楽でしょうから」


「俺がスキルで移動させてもいいけど……」


「いえ、このぐらい大丈夫です」


「そっか……。あんまり無理はしないようにね?」


「はい。ありがとうございます」



 その後、宿の空きが出来るまでの間クラリィはソラ達の元で鍛錬を重ねた。





 宿に空きが出来ると言われていたその日の朝、クラリィは腰にミラが作った武器を提げ、ソラ達に頭を下げていた。武器と言うのはフェミが修理できるように、そして変に強力なものにして目立たないようにした至って一般的な素材で作られた短剣と小太刀だ。



「今までありがとうございました」


「別に気にしなくていいよ。それに、またその内会うことになるだろうし」


「妾たちも時々ではあるが、ギルドへは顔を出しておるからな」


「次来た時には、またお料理をご馳走しますね」


「……次来るまでにはお代を必ず――」


「いえ、そう言う意味で言ったのではなく……」


「クラリィ、それは本当に気にしなくていいから。兎に角気を付けてね。ルークとフェミが付いていたって、必ず安全って訳ではないだろうし」


「分かっています。せめて足を引っ張らないようには――」


「それだけの実力があればその心配は必要ないじゃろう。妾としてはルークが悔しがって、おかしなやる気を出さないかの方が心配じゃがな」



 そんなソラ達の見送りを背に、クラリィはギルドへと一人歩み始めた。森を抜けるまでは辺りを警戒しながら進んだが、やはり魔物の類は一切現れない。その理由を不思議に思いつつ、クラリィは森を抜けて辿り着いた道をまっすぐと進む。門番にギルドカードを見せ、中へと入るとすぐフェミに声を掛けられた。



「久しぶり、クラリィ。師匠たちとの生活はどうだった?」


「とても有意義でした。ネロ様たちには手も足も出ませんでしたけど、それでも前よりはマシになったと思います」


「基準が僕たちじゃなくて師匠達だから、そのマシになったって言うのがどの程度かが怪しいところだけど……」


「才能があるとは言われましたけど、私にはとても……」


「取り敢えず明日にでも一緒に依頼を受けてみようよ。私たちなら他の人の実力を見る機会もあったから判断できるだろうし」


「じゃあ後の話は明日ってことで、一先ず宿に向かおうか」



 ルークはそう言うと歩き出し、フェミとクラリィはそれに続いた。





 少し歩いて宿に辿り着くと、三人はその中にある部屋へと向かった。古いせいか、扉を開けるとキィと軋む音がする。



「ここがクラリィの部屋だよ」


「後必要なのはギルドの案内とかかな? クラリィが良ければ私たちで案内するけど、どうする?」


「是非お願いします」


「僕らは特に急ぎの用事もないから疲れてるなら明日でもいいんだけど、どうする?」


「今日でお願いします。明日からはきちんと依頼を受けたいので」


「そっか。じゃあ僕らは建物の外で待ってるから」


「荷物の片づけとかあるだろうしね。あ、何かあるといけないから一応武器は持ってきてね」


「分かりました」



 それを聞くと、ルークとフェミはその場を離れた。

 クラリィはおもむろに部屋を見渡した。年季の入ったベッドが一つ、外側に格子が付いた窓が一つあるだけの小さな部屋。いつまでかは分からないが、これから暫くの間生活する場所だ。クラリィは今までとは大きく異なる環境に改めて冒険者となったことを実感した。

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