第10話 覚悟

 ルークとフェミがいる間、クラリィはソラとルークと互い違いに戦っていた。そんな日を数日過ごして二人が依頼を受けにギルドへと戻った頃、クラリィはソラとミラの二人に教えを乞うていた。



「少し風属性が強すぎじゃ。もう少し弱めるか、光属性を強めるかしなければ暴発することもあり得る。まあ、ここでなら暴発しても問題は無いのじゃが……」



 そう言いながら、ミラはソラの方へと視線を移した。

 クラリィはミラの言葉を受け、どうにかコントロールしようと試みる。光属性を用いた複合魔法。それは単に混ぜ合わせるだけで成せる業ではなく、混ぜ合わせる二つの属性の割合を上手く調整する必要があった。クラリィが両手で囲っている中では木々を簡単に切り裂けるほどの鋭い風の刃が巻き起こっていた。もっとも、それを暴発させずに手元に収めることが出来ているのはクラリィの才能ありきなのだが。



「……そのぐらいでよかろう。次は前方に、放射状に開放すればよい」



 ぎこちない動きで手を前へと突き出し、手の中に押さえ込んでいる風を少しずつ緩めていく。次の瞬間、クラリィの前方にあった数本の木々が中腹のあたりを何度か切り裂かれて倒れていく。



「……ミラさん、これどうやって実戦で使うんですか?」


「そもそも実戦で複合魔法を使うのは無理があると思うのじゃが……。集中する時間が必要じゃし、あの様子じゃ人がおるところでは使えぬからな」



 クラリィが複合魔法を手元で作り出し始めてから、今の状態にするまでにかかった時間は三十分ほど。そしてクラリィの魔法を受けた木々は真っ二つに分かれた訳ではなく、不規則な向きの風の刃によって大半のものが五、六等分にされている。



「ですがミラさんは実戦で複合魔法を使ったと……」



 その問いに言葉で返さず、ミラはおもむろに手を正面へと向けた。それとほぼ同時に風と光の混合魔法が放たれる。その風は木々を躱し、伸びきった地面の雑草のみを奇麗に刈り取った。



「そんな……」


「実戦で仲間と戦いながら使うのならばこれぐらいの技術は必要じゃろうな。じゃが、今のままでも使い道が無い訳ではなかろう? それだけの威力があれば多少のものならば破壊できるじゃろうしな」


「私ではミラさんのように使いこなすことは出来ないのでしょうか?」


「どうじゃろうな。練習量と才能にもよるが、クラリィならば三年もあれば出来るかもしれんな。そもそも、最初から混合魔法に成功しておる時点で才能はある方じゃ」


「ミラさんを見ている限りそうは思えないんですけれど……」


「ルークとフェミには言っておることじゃが、妾たちを基準に考えるのは見当違いじゃ」


「それは分かっているのですが……。それでも、これを完成させれば少しはネロ様に近づけ――」



 その言葉にため息を吐きつつ、ミラは近くで様子を見守っていたソラの方へと手を伸ばした。次の瞬間、クラリィでも分かるほど高威力な風と光の混合魔法がソラに向かって放たれる。が、途中でそれは消滅してしまう。



「……ミラ?」



 怪訝な表情を浮かべるソラに対し、ミラは何事もなかったかのように話を続ける。



「まあ、この通りじゃ。混合魔法程度ではソラには及ばぬし、クラリィがこの威力の混合魔法を放てる日が来るかどうかは怪しい」


「そのためだけに俺を危険に晒すのは止めて欲しいんだけど」


「危険と言う割には焦った素振りすら見せなかったではないか。妾の記憶をたどってもおらんぞ、この威力の魔法を抑えられる者は」


「いや、そう言う問題じゃ――」



 そんな二人のやり取りを見てクラリィは敵わないことを理解した。風魔法を扱えるようになり、光魔法を扱えるようになり、混合魔法の行使を成功させたクラリィにはミラがソラに向かって放った魔法の威力がどれほど異常なものかがよく理解できた。言わずもがな、それを簡単に防いだソラのスキルの特殊さも――。





 その日の夜、クラリィは中々眠りにつくことが出来なかった。ソラの凄さが分かるにつれて、なぜこんな場所にいるのかと言う疑問が頭の中をくるくると回る。夜が深まった頃、クラリィは水分を取るためにミラお手製の自室を出た。



「ハシク……さん?」


「クラリィか。何故こんな所におるのだ?」


「いえ、少しネロさんの事で考え事をしていまして……。それでなかなか寝付けず……」



 ハシクはその言葉に一つ頷くと、口を開いた。



「それならば本人に直接聞いてくればよいのではないか?」


「こんな時間ですし、ネロ様の迷惑に――」


「ソラなら起きておるぞ」


「え?」


「あやつも色々あるからな、眠れぬ夜の一つや二つある。……そうだな、この家を出て向こうへと真っ直ぐと歩いて行けば会える」


「あ、ありがとうございます。行ってみます」



 クラリィは念のために装備を身に着けてから家を出た。木々の間から微かに差し込んでいる月明かりを頼りに、ハシクに示された方向へと真っ直ぐと進んでいった。暫く進んだその時、突如目の前に人影が現れる。



「こんな時間にどうかしたの?」


「その……ネロ様に聞きたいことがあって……。ネロ様はどこに行っていたのですか?」


「クラリィも行ってみる?」



 その言葉にクラリィは首を縦に振った。





 ソラのスキルで移動した先にあったのは、森の中でもソラ達の住居からかなり離れた場所にある大岩だった。ソラがスキルの練習をしている時に偶然見つけた場所である。ソラの手を借りてクラリィがよじ登ると、目下には月明かりに照らされた森が広がっていた。心地の良い風が吹く度に、目下の木々が波打っている。



「……ここは?」


「少し前に見つけたんだ。俺の村にも奇麗な月が見える場所があったから、なんか懐かしくてさ……」



 夜の森を眺める二人の間にしばらくの沈黙が降りた後、ソラが口を開いた。



「それで、聞きたいことって?」



「答えたくなければ無視してもらっても構わないのですが――」



 そう前置きをしてから、クラリィは話を続けた。



「ネロ様はとてもお強いです。やろうと思えば、地位も名誉もお金も手に入ると思います。それに、ギルドに来ている依頼だってやろうと思えば全て出来るのではないですか? ネロ様が人助けになる依頼を受けているのは知っていますが、なぜ必要最低限のものしか受けないのですか?」



 ソラは少し間を開けてから答えた。



「クラリィは俺のいた村が無くなったのは知ってる?」


「はい、村長と話していたのが聞こえていたので……。人の手によるものだと話していたのは聞きました」


「何となくわかってるかもしれないけど、俺は自分の村を、仲間を、家族を守れなかった。その時は今ほどの力は無かったけど、今でも守り切れたとは思えない。少なくとも俺には守りたいものを全て守ることなんて出来ない。でも、少しぐらいは守れるものがある。それを取りこぼすようなことは絶対にしたくない。だから無理に赤の他人を助けようとなんてしない。それが理由かな」



 ソラは守れないものがある事を知った。それならば全てを守ろうとせず、守れるものを確実に守りたい。それがソラが出した結論だった。家族を、居場所を失って尚ソラには守りたいものが残っていた。それはギルドに来てから増え続けている。今のソラにとって、それらを守ることは最優先事項だ。例え、その他大勢を犠牲にしたとしても――。


「そうだったんですね……」


「クラリィは何で冒険者に?」


「私は……襲われた時に何も抵抗できなかったのが悔しかったからです」


「……これは俺が昔ある人から教えて貰った事なんだけど、そう言うのって将来変わることもあるらしいんだ。その時はもう一度自分で考えてみるのがいいらしいよ」


「ネロ様は……村が無くなって変わったのですか?」


「変わったんじゃないかな、多分。自分のことは客観的に見れないからよく分からないけど……。少なくとも、今は昔みたいに他人を絶対に守り切れる自信なんて持ってない」



 母親を絶対に守りたい。その思いで村を出て、再び村へと戻ってきたとき、ソラには不思議と村を守れるという自信があった。なぜそんな自信を持てたのかは今でも分からない。基準が村を襲ってきた魔物だったからなのか、村を出る前よりも強くなれたからなのか、王都で同期に負けなかったからなのか、あるいはその全てなのか――。いずれにせよ、その自信はバジルという男が率いる集団によって瓦解した。



「他には何かある? 全部を答えられるわけじゃないけど、出来る範囲でなら答えるよ」



 ソラとクラリィはその後一時間にわたり、くだらない話から真面目な話までいろいろな話をした。それが一区切りした時、ソラはすくっと立ち上がった。



「そろそろ帰ろうか。混合魔法は集中力がいるってミラも言ってたし、あんまり夜更かしはしない方がいいんじゃない?」


「そうですね。……あの、またここに連れて来てもらってもいいですか?」


「寝られないときに声を掛けてくれたら連れて来てあげるよ」


「ありがとうございます」



 二人はソラのスキルによって住居へと移動した。

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