第09話 宿泊

「――と言う訳なので、一か月ほどここに泊めてもらえないでしょうか?」



 クラリィの言葉を受け、ソラはミラとティア、ハシクに目線一旦送った。



「いいよ。それで、そっちの二人はどうするの?」


「僕らは二、三日泊めてもらったらまた依頼を受けに行ってきます」


「ティアさん。これ、今回の分です」



 その様子を横から眺めていたクラリィは首を傾げる。



「それは何ですか?」


「私たちは泊まる度にご飯代だけ払ってるんだよ。師匠たちがお金を稼いでるのは食料のためだから、そのぐらいはと思って」



 その言葉に気まずそうな顔をしたクラリィが口を開く前に、ソラが口を開いた。



「クラリィは気にしなくていいよ。というか、そもそも俺たちは要らないって言ってる訳だし」


「ソラのスキルを使えば大抵の依頼は一瞬で終わる訳じゃしな。やろうと思えば高報酬の依頼だって妾たちならこなせる。要は妾たちは金には不自由しておらぬ。気にするな」



 それでも申し訳なさで心がいっぱいなったクラリィは手元にお金があることを思い出すが、それを出そうとしたところをティアに止められる。



「お話を聞く限り、それを使うと宿に泊まるお金が無くなるんじゃないですか?」


「…………その内きちんと払います。いえ、払わせてください!」


「そこまで言うなら貰ってはおくけど、本当に余裕が出来てからでいいからね? 自立できるところまでは俺たちも手伝いはするからさ」



 本を片手にそれを見ていたミラは、あること気が付く。



「ところでクラリィよ。お主、依頼の中で身を潜めたりはしたのかや?」


「魔物のそばを移動するときにしましたけど……。それがどうかしたんですか?」



 ミラが気が付いたのはクラリィのスキルが増えていることだ。『属性(風・光)』と『真実の瞳』。そしてソラとミラの模擬戦を注視するだけで見に付いた『感知』が前回ミラが見たクラリィのスキルだ。だが、現在は『隠密』というスキルが加わっていた。それがどれほどのレベルにあるのかは分からないが、この短期間でスキルを身に着けたのが異常という事は分かる。



「いや、何でもない。別に大したことではなさそうじゃしな」



 大したことがない。それはクラリィがスキルを身に着けたことに対してではなく、クラリィの身のことである。以前、ギルドマスターから受けたルークとフェミを保護すると言う依頼。現在はソラとミラの影響もあり、二人に手を出そうとする者は誰もいない。その輪にクラリィが入っていることは、ともに依頼を受けた時点でギルドでは周知されているはずである。身内のいない人間の消失。愉快犯でもない限り、その目的は人材の確保だろう。幼く、精神力の弱い人間ならば呪術で縛ることもさほど難しくない。もしミラの想定通りだとすれば、そういったやからにとってクラリィは喉から手が出るほどに欲しい人材のはずである。



「ソラ、二人は任せたぞ。フェミ、始めるのならさっさと始めるとしよう」


「は、はい!」



 ミラはフェミを連れ、奥の部屋へと向かって行った。



「さてと。いつも通りルークの相手をするのはいいとして、クラリィはどうしようか?」


「私もルークさんと同じようにして欲しいです」


「了解。とは言っても、俺はそれしか出来ないんだけどね」


「後……出来ればルークさんとも戦ってみたいです」


「……もしかしなくても、仕込み武器有りでってことだよね?」


「出来ればそれでお願いしたいです」



 そんな言葉を受け、ルークはソラの方へと視線を送る。



「俺がいるところでだったらいいよ。危なくなったら助けるから」



 ルークはその言い様にそれなら大丈夫かと安心しつつも、ソラにとって自分の実力がその程度のものだと改めて実感する。遠すぎる師の背中にいつかは届きたい。そんなことを考えながら、ルークは武器を手に取った。





 ルークとクラリィが向かい合い、ルークは片手剣と盾を、クラリィは短剣と小太刀を構える。

 最初に動き出したのはクラリィだった。初めてにも拘らず器用に風魔法を使いこなし、ミラほどではないものの通常ではありえない初速でルークへと突進する。



「っ――!」



 どうにか反応できたルークは振り下ろされた小太刀を盾で受け流し、片手剣を横なぎに払う。しかし、それはクラリィの短剣によって斜め上方へと流される。

 さらに追撃に出ようと思ったクラリィだったが、警鐘を鳴らした感知スキルに従って後ろへと飛んだ。と同時に頬を刃物が掠める。ルークが靴底に仕込んでおいたものだ。つま先からクラリィに向かって飛ばしたものだ。



「危なかったです……」


「あれ躱されると自信無くなって来るな……」



 クラリィは少し考える。仕込み武器を警戒して一々後ろへと飛んでいたら、ルークに攻撃が届かない。かと言ってルークの仕込み武器が何処にあるのかを感知することは出来ない。そしてクラリィには自分にそれを防ぐ手段があることを思い出す。



「もう一度行きます」


「次は確実に当てる……」



 クラリィは先ほどと同じように飛び出した。そこから何度か剣を交え、クラリィの感知スキルが再び警鐘を鳴らした。クラリィはそれを避けることをせず、そのまま剣で追撃をする。ルークの裾から飛び出した刃はクラリィの狙い通り風魔法によって防がれる。だが――。



「――っ!」



 クラリィが躱す素振りすら見せなかったことを警戒し、ルークは最初に放った仕込み武器とは反対の靴から刃を飛ばしていた。反応は出来たものの、今のクラリィにそれを防ぐ余裕は無かった。だが、クラリィに当たる直前で刃はその姿を消した。



「これはルークの勝ちかな?」



 そう言うソラの手元には、先程クラリィへと飛んで行った刃があった。



「……参りました」


「こんな接戦になるとは思わなかったよ。僕の方が年上のはずなんだけど……」



 と、言いつつもルークにはそれよりも気がかりなことが一つあった。ソラ達と出会ったその日、知らぬ間にランドンに強奪されたお金を回収していたソラ。その時はそれがスキルがどうかなど分からなかったが、今のソラの動きでそれは確信に変わる。



「師匠、もしかして時々仕込み武器が当たりそうになってるのってわざとやってます?」


「え? あ、いや、そんなことはない……けど……。それよりクラリィ、その頬の傷自分で治せる? 光属性の魔法を使えたはずだけど……」



 ルークはソラの白々しい言葉に悔しさをにじましつつ、クラリィの方へと視線を向けた。



「は、はい。やってみます」



 クラリィが擦り傷のできた頬へと手を近づけると、柔らかい光が傷を包み込んだ。それが収まった時には、そこにあったはずの傷が無くなっていた。



「で、出来た……」



 他の属性のように何かを具現化するわけではない光魔法は、小さな傷であっても治せるようになるまでに時間がかかる。傷の種類、深さによってその都度調整が必要だからだ。そんな話と共に、クラリィなら初めから出来るかもしれないと言う話をソラはミラから聞いていた。



「僕、光魔法初めて見た……」


「俺は二回目かな。傷の治癒に関しては、だけど」



 王都に初めてついた時、ルノウに殴られた。その治療に使われたのが光魔法である。

 そんな会話の中、クラリィはハッとする。光属性には治癒だけでなく、もう一つの使い道が存在する。そして、それを自分に教えることのできる存在がここにいる。



「……ネロ様、ミラさんは複合魔法を使えるんですよね?」



 そう言うクラリィの瞳は、まるで出来ることが増えたことを喜ぶ子供の様だった。

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