第三章 意志

第01話 影響

 ネロと名乗る謎の人物とその仲間がトップクランの、それもリーダーと副リーダーを下した。そんな噂はすぐに広がり、ネロ宛ての難易度の高い依頼が舞い込むようになった。だが、当の本人たちはそう言った依頼を一切受けず、定期的に人気のない村や集落からの依頼しか受けなかった。やがてその話は周知され、ネロの元への依頼はそう言ったものがほとんどになり、ソラ達は当初の目的通りルークとフェミの力を借りずとも依頼を受けられるようになった。

 一方のルークとフェミは、ルークがその実力を公衆の面前で披露したことによって馬鹿にされるような事は無くなっていた。寧ろ、どこか尊敬のまなざしで見られることさえあった。



「こんにちは、ルークさん、フェミさん。またいつも通りの依頼ですか?」


「はい、お願いします」



 ルークがそう返すと、受付嬢は奥の部屋へと消えていった。

 いつもなら少ししてから十数枚の依頼書を持って帰って来るのだが、その日は何故かギルドマスターが二人の元へとやってきた。



「悪いが、少し付き合ってもらっていいか?」


「私たちがですか?」



 そうフェミが思ったのは、師であるソラやミラはよくそう言った話を裏で受けているのを知っているからだ。



「あぁ、ネロに会いたいって子供が来ててな。子供と言ってもお前らより少し小さいぐらいだが。お前らの師匠が何処に住んでいるかなんて誰も知らねぇし、ネロたちはあまり表に出たがらないだろう? だから取り敢えずお前らに会ってもらおうと思ってな」


「それなら今から師匠に聞いて――」



 提案しようとしたルークを、ギルドマスターは遮った。



「それがその嬢ちゃん、冒険者志望なんだ。そのくせ武器も防具も金も持ってないんだ。だからお前らの師匠が会いたがらなくても、初めの数か月はルークとフェミに面倒を見てもらえれば俺としては助かるんだが……」



 突然ギルドへやって来た少女の目的であるネロはギルドに来る間隔が不安定な上にどこに住んでいるのかもわからない。だが、ルークとフェミは定期的にギルドへと依頼を受けに来るし、どの依頼を受けているかをギルドは把握できている。さらに、二人は唯一ネロとギルドの両方とつながりのある人間である。だから二人にその少女を任せたい。というのがギルドマスターの弁だった。



「ルーク、どうする?」


「取り敢えず話だけでも聞いてみない? そこからどうするかは自由なわけだし」


「それは助かる。が、その師匠みたいにこっちの提案を断られても困るんだがな」


「「?」」


「立ち話ってのもあれだし、これ以上の話は奥でするか。くだんの嬢ちゃんを呼ぶのにも多少時間は掛かるだろうからな」





 ギルドの建物の中にある応接室へとルークとフェミは案内された。



「で、さっきの話だったな。俺たちギルドがお前らの師匠に何度か話を持ち掛けてるのは知ってるだろう?」


「ここに来る度に何か話してますよね?」


「私たちは聞かない方がいいと思って何も聞いていませんけど」


「そんな隠し立てするような話じゃない。俺たちがネロたちに頼んでいるのは二つだ。一つはギルドへの加入。スキルなどの情報開示をしないことを条件にしているし、望みがあるのなら出来る限りで優遇はするつもりなんだが、どこかに所属するつもりは無いの一点張りでな。もう一つは高難易度の魔物討伐だ。こっちは人的被害が想定される場合は受けてくれるらしい。だが人里にそんな魔物が出た時点で早急にここにいる面子で討伐メンバーを組むから、ここにある依頼はあくまで人里まで来る可能性が限りなくゼロに近いものしかない。だから受けてくれてねぇんだ」


「何というか……師匠らしいですね」


「後者はネロさんの意見ですよね。何となく想像できます」


「他の奴らはお前らの師匠をよく分からない強い奴、ぐらいにしか思っていないようだが、流石にお前らはよく分かってるみたいだな。まあ、受ける依頼の傾向からどんな性格をしてるかぐらいは想像できるが。今日もその余りを受けに来たんだろう?」


「はい」


「私たち以外に受ける人、いないんですよね?」


「それがそんなこともなくてな。ネロの影響か、実力者が気まぐれで受けてくれるようになったんだ。依頼自体が簡単なせいで報酬は低いし、場所によっては移動にかなりの労力を取られるから受けてくれるのはかなり余裕のあるやつだけだけどな。それでも自分の実力を上げるよりも人から感謝されることが嬉しい奴はいるみたいだ。そう言った奴は定期的にお前らと同じことをしてる」



 同じこと、というのは『ネロ』という名前宛てに来た依頼を尋ね、未達成の依頼を代わりに受けると言うものである。辺境の村や集落にとって、ギルドから依頼者が来ると言うのは稀である。たまに駆け出し冒険者が依頼を受けることはあるが、そこまでの道のりで頓挫することも珍しくない。そんな彼らにとって、大型の魔物を倒すことを本分としているトップクランの人間と同等以上の実力を持ちながら、自分たちの依頼に耳を傾けてくれるネロという存在はとても大きなものだった。だから当然、そう言った依頼の大半はネロ宛てに来る。だが、当の本人が依頼を受けるペースではそれを消化しきれない。それを弟子であるルークとフェミが受けていたのだ。だがギルドマスターの言うように、最近ではわざわざそれを受ける冒険者も現れ始めた。



「それとルーク、お前に聞きたいことがある」


「何ですか?」


「この間ネロと一緒に山賊を殲滅したとかで財宝持ってきたろ? 俺が聞いた話によれば集落を全滅させるだけでなく、子供を部下に育て上げようとするような悪質な山賊だったらしいんだがこれは事実か?」


「……」


「その顔はどうやら図星みたいだな。殲滅したと言うのなら別に言いがかりをつけるつもりは無いが、なんで隠す必要があるんだ?」


「……多分ですけど、師匠は矛先が集落に向かないようにしたかったんだと思います」


「どういうことだ?」


「実はその山賊の一件、集落の長は知った上で隠して依頼を出していたみたいなんです。簡単な魔物討伐と称して……」



 それを聞いてギルドマスターは溜息を吐きながら額に手をやった。



「依頼の難易度を偽装する時点で俺たちギルドとしては問題視せざるを得んからな。だが話を聞いてみれば依頼をする金銭も奪われていたようだし、この件は追及するつもりは無いんだが……。寧ろ金でしか動かないと思われているギルドの責任が大きそうだ」



 そんな会話を隣で聞いていたフェミが首を傾げる。



「ギルドマスターがなぜそんな話を知っているんですか?」


「聞いたんだ。実際にその集落でネロに助けられたって言う――」



 丁度その時扉がノックされ、副ギルドマスターであるヴィレッサの声が響いた。



「ギルドマスター、連れてきました」


「ヴィレッサか。入ってくれ」


「はい」



 ヴィレッサと共に入ってきたのは、ルークとフェミよりも二つか三つ年下の女の子だった。その子を見て、ルークは驚いた。



「君は確か……」


「クラリィと言います。その節はお世話になりました」



 クラリィと名乗る少女はそう言ってぺこりと頭を下げた。

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