第二章 拠点

第01話 挑発

 ソラ達が報酬を受け取るべくギルドの建物へと入ると同時に、目の前に一人の男が立ちはだかった。小奇麗な鎧と直剣だけを腰に提げた身軽そうな装備をしていて、ソラ達に向かってどこか馬鹿にするような視線を向けていた。背後にはランドンを含め、彼の仲間と思われる連中が十数人ほどいる。



「君たちかな? うちのランドンをいじめたってのは?」



 そんな名前に聞き覚えのなかったソラ達は首を傾げた。それに気が付いたルークが耳打ちをする。



「師匠、ランドンって言うのは――」



 ルークの説明により、ソラはランドンと言う名前の人物がミラによって平伏せられた少年だと知る。ソラは少し面倒くさそうな表情を浮かべた後、ため息を吐きながら小声でミラに声を掛けた。



「ミラ」


「まさか妾のせいにするつもりか? あれはあのガキが悪いじゃろう?」


「そうなんだけどさ。でもほら、謝ったら済む話かもしれないし」


「ソラも知っての通り、妾はこやつらのように力を使って搾取する人間は嫌いじゃ。頭を下げる気にもなれぬ」



 そんなやり取りを見てしびれを切らしたのか、男はいら立ちを隠すこともせずに口を開く。



「僕たちとしても困るんだよ、君たちの様な得体のしれない人間に仲間をいじめられると」



 それは彼らが二つあるトップギルドの一角だからと言う理由が大きい。実力主義の下集められた彼らは素行こそ褒められたものではなかったが、その折り紙付きの実力で依頼者からの信頼は厚かった。そんな彼らのメンバーであるランドンが素性のよく分からない女に一方的に平伏させられたと言うのは、ギルド全体にとって大きなニュースだった。その噂は一晩で広がり、今もなお広がり続けている。その噂がたまたまギルドに滞在していたギルドリーダーであるウィスリムの耳に入った。



「それで、妾たちにどうしろと?」


「公衆の面前で戦ってくれればいい。それを僕らが問答無用で叩き伏せる。それで僕らの名誉は晴れ、君たちが僕たちに勝てないと言う事実を皆が知ることになる」



 そんな言葉を聞いて、ミラはため息交じりにソラの方に視線を向けた。



「ソラ、お主ならどうする?」


「普通に断るけど。受ける義理もないし」


「それもそうじゃな。済まぬがそう言う訳じゃから――」



 その場を去ろうとするソラ達に、ウィスリムは焦り気味に声を掛ける。



「待て、君たちにとっても悪い話ではないはずだ。トップギルドである僕らにもし勝てればギルドからの依頼も増えるだろう。そこの孤児院上がり以外はギルドに登録していないと聞いている。大した依頼も受けられていないんじゃないか?」



 その言葉を聞いて真っ先に反応したのはルークだった。孤児院上がり。その言葉は常日頃からルークやフェミが馬鹿にされる際に使われ、過去の孤児院出身の冒険者をも含めた言葉。孤児院にいる、もしくはいた人間に対して仲間意識を持っているルークとしては許容しがたい言葉だ。

 明らかに怒りの表情を浮かべるルークを横目に、ミラはソラに耳打ちをする。



「ソラよ、あやつ今面白いことを言ったように聞こえたのじゃが」


「何というか……ミラが何しようとしてるかは悟ったけどさ、今の状態じゃ無理なんじゃないかな?」


「それは問題なかろう? 向こうから提示してきた対戦じゃ。こちらも一つや二つ条件を付けても問題なかろう」



 そう言いながらやや挑発的な言い方をするミラを見て、ソラはそれ以上抵抗するのを諦めた。ルークやフェミにとって、孤児院上がりを馬鹿にされることがどれほど屈辱かを理解していたから。



「ミラ、取り敢えずルークの意思の確認はしておこう」


「そうじゃな。ルーク、ちょっと耳を貸せ」


「なんですか?」



 ミラから話を聞いてルークは反対しなかったものの、不安げな表情を浮かべた。



「でも師匠、僕には――」


「それは心配するな、妾たちが出来る限りのことをしてやる」


「とは言ってもやるのはルークだから、ルークが頑張るかどうかの話なんだけどね」



 そんな二人の言葉にルークは笑みを浮かべた。



「はい、是非やらせてくださいっ!」



 そんなやり取りを少し離れた所から見ていたウィスリムが話がひと段落付いたのを確認してから声を掛けた。



「話は終わったかい?」


「あぁ、問題ない。じゃが、一つ条件がある」


「こちらからの要求だ。受けてくれるのならば多少の条件は飲もう」


「ならば二つ。一つは日にちを一か月後にして欲しいということ。もう一つは――」



 そこまで言うと、ミラはルークの方に視線を向けた。その視線を受けてルークは力強く頷く。



「そこのランドンとやらと、ルークこやつとの一対一の戦いの場を設けて欲しいということじゃ」



 その言葉にランドンはぎょっとする。と同時に、ウィスリムやその場にいる同じギルドのメンバーと共に笑みを零した。



「ランドン、勝てるかい?」


「勿論です、リーダー。ですが、孤児院上がりの人間に勝ったところで僕らの名誉は戻らないのではないですか?」



 ランドンの言葉に反抗しようとするルークを抑えつつ、ミラが答えた。



「妾が戦えばよいのじゃろう?」


「あぁ、君が出て来てくれなければ意味がないからな。ランドンと直接戦わずとも、僕らよりも格下だという事が証明できれば問題ない。僕らが問題視しているのは君の事を過大評価している人間だからね。でもそれだとゼロに近い確率でドローという結果があり得るから、出来れば三人出して欲しいものだが……」



 ウィスリムはそう言いながらソラの方に視線を向けた。ルークとミラを除けば、まともに戦えそうな装備をしているのがソラしかいなかったからだ。フェミが持っている短剣はルークの片手剣と同じく刃こぼれしているし、ティアとミラに関しては武器すら持っていない。



「いいよ、俺も戦う。それで、そっちはあと一人足りないみたいだけど……」


「それなら心配はいらない。こちらで準備する」



 そう言いながらウィスリムは後ろを向いた。ウィスリムのギルドはトップギルドなだけあって、人員は山ほどいる。



「まあ、君たちの実力を見込んで出来る限り力のある者を選んでおこう」


「それで、場所はどうするのじゃ?」


「一か月後にギルドここへ来てくれ。僕らが案内しよう」



 それで話はまとまり、その場は解散となった。

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