第13話 危機

 洞穴の中での様子を一人把握していたソラは、自分の提案ではないと言えど少なくない罪悪感を感じていた。死線をくぐった者がスキルを得ることがあるのは、自分の生命が危機にある状況で、文字通り必死の覚悟で生きようとするからである。そうすることによって生き延びるためのスキルが手に入ることがある。危険を事前に察知できる感知スキルがそう言った場合に習得しやすいのは、必要となる状況が多いことが理由だ。そして、それを効率的に行うにはどうすればいいか。それは至極簡単で、命を危機に晒せばいい。現在のルークとフェミの状況がそれである。そんな状況において、本当に命を落としかけた時にソラが最初の場所まで強制的に移動させる。そうすることによって、常に身を守るために気を張らねばならず、且つ失敗したとしても最初からやり直せる。確かにスキルを得るには良い方法なのかもしれない。だが――。



「本当に全滅させるまでやるの?」


「そうするべきじゃと思うがの、妾は。最も、スキルを習得できたのならそこまでする必要もないかもしれぬが。何はともあれ、今妾たちに出来るのはルークとフェミが戻ってきたときのために簡単な食事でも用意するぐらいじゃ。もしかしたら二、三日かかるかもしれぬがな」


「……それってもしかして、俺寝れな――」


「心配するな、妾も付き合う。もとはと言えば妾が提案したことじゃしな」


「いや、ミラは体質的に寝なくても大丈夫じゃん」


「む。ならばティアでどうじゃ?」


「私は元からそのつもりでしたけど……」


「そう言う問題じゃ――」



 地上でソラ達がそんな会話をしている時、ルークとフェミは一度死にかけたことでより慎重に洞穴の奥へと進んでいた。暗闇の中でも出来るだけ襲撃を受けないようにするために目を凝らし、耳を澄ます。そんな二人の元にコツン、コツンと足音が響いて来る。



「ルーク……」


「さっき僕らが二匹殺したからかな。五、六匹はいると思う……」



 それは明らかに二人の手に余る数。それでも退路が断たれている時点でやるしかないのだ。壁の凹凸やカーブなどの構造を利用して身を隠しつつ、二人はゴブリンたちの様子を窺った。暫く経った時、二匹のゴブリンが群れから離れてルークたちの方へ来た。

 最初の二匹と同じ要領でルークとフェミはゴブリンへと襲い掛かる。目が慣れているせいか、それとも二度目のシチュエーションだからかは定かではないが、見事にゴブリンの急所を貫いた。音をたてないようにゴブリンの体からナイフを引き抜いた。その時――。



「――っ!」



 ルークは何かを感じ取り、咄嗟に引き抜いたナイフを振り抜いた。それと同時に金属同士がぶつかるような甲高い音が鳴った。カランッと何かが足元に落ちたのに気が付いたルークとフェミが目を凝らすと、そこには一本の矢が落ちていた。



「ルーク、これって――」


「フェミ、こっち!」



 ルークはフェミの手を掴み、自分の方に寄せると同時に剣を抜いて数本の矢を落とした。ルークがそれをどうにか躱しきれたのは相手がゴブリンだから。矢の精度はお世辞にも上手いとは言えず、直撃する角度で飛んできたものはルークがさばき切れるだけの数だった。最も、この視界の悪い状況で飛んできた矢の位置を正確に把握できたのはスキル・・・の影響なのだが。



「フェミ、ここじゃ逃げても行き止まりだ。だから……!」



 その言葉に状況を察したのか、フェミは一つ頷いた。



「フェミ、僕の後ろから付いて来て!」


「うんっ!」



 フェミの返事を聞くなり、ルークは視界の悪い中前へと走り出した。ルークはスキルによってある程度周りの状況を把握できているが、フェミはルークの通った場所を頼りに走るのでやっとだ。

 ゴブリンたちはそんな二人に気が付いたのか、前方からは再び矢が数本飛ばしてきた。



「フェミ、左に避けて!」


「っ!」



 フェミはどうにか左へと移動した。それと同時に頬をかすめて矢が背後へと消えていった。フェミはこんな状況で考えることではないと分かりつつも、前を走るルークの姿に見惚れていた。それは今までの物怖じしないルークよりも遥かに頼もしい後ろ姿だった。



「フェミ、左の一体をお願い! 僕は右の二体をやる!」



 そんな言葉と共にフェミは左側へとナイフを手に走り出した。そこにいたのはルークの指示通り一匹のゴブリン。その手に持っているのは弓矢だけだ。先に目に入ったルークの方に気を取られ、そちらに向かって今まさに矢を構えて放とうとしていた。そんなゴブリンの胸にフェミはナイフを突き立てた。それと同時に構えられていた矢は明後日の方向へと飛んでいく。



「フェミ、大丈夫?」


「うん、私はどうにか……」



 ルークはどうか。そう聞こうとしてフェミはやめた。ルークの向こう側には倒れている二匹のゴブリンの姿があったからだ。



「それよりルーク、何で矢が飛んで来たって気が付いたの?」


「それは……あれ、なんでだろう?」



 そう首を傾げるルークの耳に、今度はゴブリンよりも重々しい足音が入った。それと同時に、再び矢が飛来する。だが、今までと違ってその矢は狙ったように数本が同じタイミングで飛んできた。今までのそれは連携が全く取れておらず、飛来するタイミングも方向もばらばらだった。だからこそルークでも捌ききれた。



「っ!」


「ルーク⁉」



 ルークは避けきれないと判断して咄嗟にフェミに覆いかぶさった。

 だがルークの体に衝撃は訪れず、それどころかルークの感知範囲の矢は一瞬にしてその存在を消した。それと同時に二人の元にソラ達が現れる。



パチンッ



 ミラが指を鳴らすと同時に左右の壁に等間隔で火の玉が現れ、辺りを照らす。ルークとフェミが目を開けるとソラ達の姿が映るとともに、その奥に一回り大きいゴブリンが映った。それと同時にルークが独り言のように呟く。



「ゴブリン……リーダー……?」



 その言葉にミラが真っ先に反応する。



「ソラよ、妾の言った通りではないか。お主、ゴブリンしかおらぬと言っておらんかったか?」


「いやいやいや、ゴブリンとか知らないし。というか見た目だって他のゴブリンとさほど変わらないと思うんだけど」



 そんな会話をしつつも、ミラはルークとフェミの方に視線を向けた。



「ふむ、ルークの方はどうにかなったようじゃな。今回のところ・・・・・・はこの辺でよいじゃろう」



 まるで次があるかのようにそんな不気味な発言をするミラに、ソラとティアは信じられないと言った視線を向けた。



「ま、まあ後は俺たちがやっておくよ」


「運動代わりにはなるじゃろうしな。ティアはついて来ると思うが……」


「はい、お邪魔でなければ」


「特に問題はないじゃろうな。それで、うぬらはどうするのじゃ?」



 そんなミラの問いにルークとフェミは頷いた。

 それから数分後にゴブリンは殲滅され、洞穴はミラの錬金術によって埋められた。

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