第02話 心情

 ソラが覗こうとしたのはミラの性格を形成するような重大な事柄。一度全力でスキルを使ったせいか、前回よりもすんなりと目的のそれは見つかった。

 ゆっくりと目を開けたソラは口を開いた。



「ミラ、一つ頼みがあるんだけど」


「なんじゃ?」


「国を亡ぼすのはもう少し考えて欲しい」



 そんな言葉にミラは目を見開く。まるで自分の事を知っているような言い方に驚いたからだ。それと同時に、ミラの中で一つの仮説が浮かぶ。



「その珍妙なスキルの効果じゃな?」



 それはミラが『鑑定』のスキルを持っていたからこそ分かったこと。今のソラはそれさえも知ったために、ミラのその言葉に驚きはしなかった。

 ソラは首を縦に振り、自分のスキルを素直に話した。



「なるほどな。それで妾の記憶を覗いたと。まあよい。取り敢えず理由を聞こうか」


「僕の知り合いがいるんだ。多分、今は兵士として働いている」


「妾が聞きたかったのはそちらではない。なぜ止めて欲しいと言わぬ」



 ソラはその言葉の意図が掴み切れずに、首を傾げた。



復讐・・を止めて欲しいならそう言えばよかろう。なぜ『考えて欲しい』と言ったのじゃ? それではまるで、考えた上での行動なら許容すると言っておるように聞こえるが」



 そう言われてソラは初めて気が付く。心のどこかで、少なからずそれを望んでいることに。

 ティアはそのやり取りを見て表情を曇らせていた。ティアはソラが変わっていないことを期待していた。目が覚めたソラを見て多少の衝撃を受けている様子はありつつも、ティアが接した感じは今まで通りのソラだった。だが、今の言葉で気が付いた。ソラが変わっていることに。



「多分……ミラと同じように恨みを持っているからだと思う」


「随分曖昧じゃな」



 それもそのはず、つい先ほど目覚めたばかりで頭の整理がついてるはずがなかった。目を瞑れば思い出したくない景色が頭をよぎり、自分の抱いている感情さえよく理解できていない。さらに言えば、今現在、ソラはその感情を無理やり抑え込んでいる。そんな混乱した状態で自分の心情が把握することなど不可能だ。

 そこまでの会話を黙って聞いていた、ハシクがしびれを切らしたように口を開く。



「それで、お前は何者なんだ?」


「ハシクたちは聞いてないの?」


「何度も説明するのが面倒だからと、ご主人様が目を覚ましてからにしようと言う話になっていたのです」



 ミラは一つコホンと咳払いをしてから口を開いた。



「先も言ったが、妾の名はミラ・ルーレイシラ。錬金術師じゃ」



 ミラはそう言いながら手を向けると、その先にあった壁が変形して扉が出来上がった。



「この通り、この家も妾がそこら辺から素材を集めてつなぎわせて作った。ソラはもう知っているかもしれんが、妾のスキルは『属性(火・水・風・土・雷・光・闇)』、『錬金術』、『呪術』、『鑑定』、『感知』。有名どころはこれぐらいじゃな。基本的には錬金術に関したことしかせぬから、錬金術師と思っていてくれればよい」



 五大属性に加えて、光と闇の属性。そんな反則的なスキルの数にティアだけでなくハシクも驚いた。そんな中、一人真面目な顔をしていたソラに、ミラは話しかける。



「もし妾のスキルを消そうと思っておるのなら余計なお世話じゃ。この世界を知るには人間の寿命では不可能であろう? 妾は自分がこんなスキルを持ったことを寧ろ幸運とさえ思っておる」



 話について行けずに首を傾げるティアとハシクに、ミラは質問を投げかける。



「これ以上の話はそっちの話を聞いてからじゃ。妾だけ話すのでは意味がないからの。勿論、お主達の今の状況もな。そうじゃな……まずはソラから話すがよい」



 そんな言い草に、ハシクは不満げな表情を浮かべた。



「……随分上からものを見るな」


「そうは言っても、お主を見る限りこの世界に生を受けたのは妾の方が先だと思うのじゃが?」



 神獣の寿命は人と言う存在から見れば永遠に等しいものだった。その中でハシクは比較的新参者である。だが、それでも人間から見ればそれ相応の年月は重ねていた。しかしミラの声色と表情からは、その言葉が虚偽だといった感じは見受けられなかった。ハシクはそんなミラをまじまじと見て、初めて気が付く。



「なんだその体は……。本当に人間か?」


「それは見る者によって異なると思うぞ? 生き物の定義なんてあやふやなものじゃからな。そうは言っても、この体は人間のものではないのじゃがな。妾にとっては死を経験することが無くなって嬉しい限りじゃ」


「ハシク、その話は僕らの話をしてからにしよう。ミラも僕らの話を聞いたら、自分の話をちゃんとして欲しい」


「良かろう。出会ったのも何かの縁じゃろうしな。妾も今この世界がどうなっているかは聞いておきたいしの」



 その言葉を聞いてソラ達はミラに自分たちの状況を話した。ソラが村を出た経緯、ティアとの出会い、王都での出来事、ハシクと知り合った事、そして村がどうなったのかを。



「僕らの話はこんなものかな。何か聞きたいことはある?」



 そんなソラの質問に、ミラは間を置かずに気になったことを答えた。



「王都へは戻らぬのか?」



 その言葉にソラは一瞬固まった。現時点で、これからの事を全く考えていなかったからだ。だが、ミラの問いに対する答えを出すのにそう時間は掛からなかった。



「戻るつもりは無いよ。僕が戻ってもまた同じことの繰り返しになるだけだろうから」



 ソラは躊躇うことなくそう言い切った。だが、ミラの聞いた理由はソラの思っていたこととは違っていた。



「そうではなくじゃよ。復讐はせんのか? ソラのスキルがあればさほど難しいことでもなかろう?」


「するつもりはないよ。でも――」



 ソラはそこで一旦言葉を切る。復讐は何も生まない。それぐらいはソラにも分かっていた。だが、ソラは決めていた。もう躊躇わないと。



「次は容赦なんてしない」



 そう言ったソラの瞳は鋭く、力強いものが籠っていた。それは怒りや復讐心から来るものではなく、これ以上はなにも失いたくないと言う純粋で強い思い。目的としては今までとそう変わらない。だが、一度失ったがゆえにその思いは一層強いものになっていた。



「そうか……。さて、次は妾の番じゃな。妾の話は……そうじゃな、昔の話と思ってくれればよい。妾はあの場所に封印されるまで、表には出ることのない国に仕える錬金術師じゃった――」



 そんな言葉から始まったミラの語る過去に、3人は耳を傾けた。

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