第一章 変化
第01話 生き残り
ソラが目を覚ますと、そこには見知らぬ天井があった。体を起こすと同時に、窓から差し込まれた光に思わず目を細める。窓の外に目をやると、木々がうっそうと生い茂っている間から太陽が見え隠れしていた。部屋の中を見渡して、ソラのいた場所が木製の建物であろうことが予想できた。木製だと判断できなかったのは見た目や感触が木であるにも拘わらず、つなぎ目が全くないからである。
状況を把握できていないソラはベッドに腰かけた状態で、目を瞑ってから頭の中を整理する。それと同時に思い出したくもない記憶がよみがえり、思わず目を開ける。ただ少し記憶を辿っただけ。にも拘らず、ソラの頬を脂汗が流れていた。再び体を大の字に倒すと、目を瞑ってから一つ深呼吸をする。今にも溢れ出しそうな感情を無理やり抑え、自分を落ち着かせる。そしてあることを決めて、再び起き上がった。
丁度その時、キィという音と共に扉が開かれる。
「ご主人様、大丈夫ですか⁉」
そんな言葉と共に、ティアはソラに駆け寄った。
「……うん、僕は大丈夫」
笑顔を浮かべながらそう答えたソラだったが、それが作り笑いであることぐらいはティアにも分かった。だが、ティアは何も言わなかった。いや、言えなかった。ティアはソラの目の前で何が起こったかを知っていた。そして、自分がそれを励ます言葉を知らないことも知っていた。だから何も言えなかった。
それからしばらく続いた沈黙を破ったのはソラだった。
「ティア、ここは? あれからどうなって……」
そんなソラに、ティアは思い出しながらゆっくりと話した。ソラと高台で別れてからの事を。
☆
ティアは一人村へ向かって木々の生い茂った場所を走っていた。自分に出来る事は無いと分かっていても、行かなければいけない気がしたから。木々を抜け、大きな火柱をが見え始めたところでぞくりと何か冷たいものが背中を走った。それとほぼ同時に振り返ると、既に刃が目の前まで迫っていた。
「っ!」
思わず腕で身を守るようにして目を瞑った。だが次にティアの五感へと伝わってきたのは痛みではなく何かが引きちぎられ、どさりと倒れこむような音だった。
「ティア、この状況はなんだ」
ティアが恐る恐る目を開けると、目の前にはハシクの姿があった。先ほど音がした方へと目をやると、喉元が食いちぎられている人間の死体が転がっていた。
「ハシク様、それよりも早くソラ様の元に行ってください!」
そう言われてハシクは村の方へと目をやった。ハシクの目ならそこからでも見ようとすれば十分に見える。そうしてハシクが見たのは無残に殺された人間と、武装した人間。そして、胸から血を流している母親を腕に涙を流すソラの姿だった。それを見てハシクはすぐに動こうとしたが、一歩を踏み出す前にピクリと止まった。
「ハシク様、早――」
ティアは言い留まった。ハシクの方を見ると、明らかに恐怖を感じているように思えたから。不幸にも、ティアのその考えはおおむね当たっていた。ふらりと立ち上がったソラを見て、ハシクは言葉では表現できないような感覚に襲われる。ハシクの中の本能が、今までにないほどの警鐘を鳴らしていた。
”今近づいてはいけない”
ソラからは全くの殺気を感じないにも拘らずそう感じた。だが、それはだからこそと言えることだった。人を殺す気がない。にも拘らず人を殺すことを厭わない状態。その時のソラはそんな状態だった。それをハシクは本能的に察し、赤信号を発した。
そんなソラをハシクはその場所から見ていた。男の右腕を、左腕を、右足を、左足を消したソラは足でその体を押さえつける。やがて男の額に手を置き、そして嗤った。まるで何かを嘲笑うかのように。次の瞬間、ハシクの本能はより大きな警鐘を鳴らした。それと同時にハシクはティアの服を口で咥え、自分の背中へと放った。
「ハ、ハシク様⁉」
「掴まれ!」
ティアはそんなハシクに戸惑いながらも言われた通りに掴まった。それと同時にハシクは村とは反対方向へと走った。
直ぐにハシクは地面をえぐりながらスピードを無理やり殺して止まった。状況を確認するために後ろを振り向くと同時に、その景色にただただ呆気にとられた。ハシクが急に足を止めたことによって掛かった重力で怯んでいたティアもやがてそちらに視線を移す。そこにあったのは見たことのない規模のクレータ―。その淵はまるで意図して切り取られたかのような、そんな奇麗な切り口だった。
「ハシク様、ご主人様があそこに――」
そう言おうとして、ティアはまたしても言葉を飲み込んだ。ソラの体は途中で落下をやめ、やがて空中で止まった。そんなソラを見下ろすような位置には誰かが
☆
丁度ティアがそこまで話した時、扉が開かれて一人の女性と老人の姿となったハシクが現れた。
「ようやく目を覚ましたようじゃな」
その声と姿にソラは見覚えがあった。意識を失う寸前に現れた人間。その時は暗くてあまりよくは見えていなかったが、改めてみるとまた違った印象を受ける。見た感じの歳は20代前半と言ったところだった。身長は15歳のソラよりも少し高い。
「ソラ、無事か?」
「ありがとう、ハシク。大丈夫だよ。それと――」
「妾の名前はミラ・ルーレイシルじゃ。ミラでよいぞ」
「ミラさんもありがとうございます、助かりました」
「ミラでよい、あまりかしこまらないでくれ。そもそも、礼を言うべきはこっちの方じゃよ。っと、その前に――」
そこまで言うと、ミラはハシクの方に視線を向けた。
「この神獣が妾の警戒を解いてくれんのじゃが、どうにかしてくれんか?」
「あんな悪趣味な陣を書いておきながら警戒するなと言うのは無理な話だ」
「悪趣味かどうかはさておいて、あれは作りたくて作ったのではないと何度も言っておろう」
そんなミラにソラは手を差し伸べた。
「なんじゃ?」
「ただの握手ですよ」
ティアとハシクはソラが何をしようとしていたのか察し、何も言わなかった。言わなかったが、驚いていた。スキルを使うのが――記憶さえ消してしまえるのが怖いと言っていた人間が自分からスキルを使おうとしているのだから、当たり前の反応である。
そんなソラを、ティアが心配そうな声で呼ぶ。
「ご主人様……」
そんなティアに、ソラは笑みを浮かべながら答える。その瞳にはどこか覚悟を決めたようなものが見て取れる。
「大丈夫だよ。それに――」
ソラは少し間を開けてから答えた。
「力があっても使えないと意味がないから」
ソラは王都で戦う術を身に着けた。結果としてそれは意味を成すことなく大切なものを失った。だが、もしスキルをきちんと使いこなせていればどうなっていたか。母親が殺される前に間に合ったかもしれない。周りに潜んでいた敵に気付けたかもしれない。そもそも、村への帰り道で彼らを見逃さなければ――。
そんな後悔がソラに重圧としてのしかかっていた。守れると思っていたのに守れなかった。守れたはずなのに守れなかった。だが、それは結果論でしかない。どんなに守りたくとも守れないものはある。そう理解した。だからせめて、守るれるものは守れるように――。
そんなソラの想いなんて勿論知らないミラは、首を傾げながらソラの手を握った。
「これでよいか?」
「すみません、ちょっとだけ離さないで下さい」
そう言うと、ソラは記憶を覗いてミラの事を知るために目を瞑り、集中する。それは今までのソラなら絶対にしないようなこと。だが、ソラはもう決めていた。ソラは人を相手に力を振るうことを躊躇ってきた。自分のスキルが怖いというのもあったが、それ以上に人を傷つけるのが怖かった。だが、それをしなかったがゆえに守れなかった。そして、彼らは戦う術を持たない村人相手でも躊躇わなかった。力を以ってして村を壊し、人を殺した。それならば――。
”守るためなら相手が何であろうと躊躇わない”
ソラは心の中でそう誓うと共に、ミラの記憶を読み取った。
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