第11話 帰り道

 ソラとティアが目も開けていられないほどの風が吹いていたが、それもやがてやんだ。二人が目を開けるとそこは森の中で、どの方向を見ても木々が生えているばかりだった。気を抜けば方向が分からなくなる程だ。



「これだけ離れればよかろう」



 そう言いながら膝を曲げたハシクの背中からソラとティアは降りた。それを確認したハシクは再び老人の姿へと戻る。

 辺りを見渡したソラは徐に口を開く。



「……どこ?」



 そんなソラに、ハシクは指である方向を示しながら説明をする。



「向こうに我らが通っていた道がある。あちらから来たから、道に出てその反対方向に向かえば目的地に着くのではないか? もう少し進んでもよかったが、同じような道で何か目印がある場所で止まらなければ分からなくなりそうだったからな」


「目印?」


「丁度道に出た所に道標が……む、まさか違う道に――」


「あぁ、いや。そう言う訳じゃなくて――」



 ソラの反応に思わず道を間違えたと思ったハシクだったが、ソラの反応には別の理由があった。ソラの生まれ育った魔女の村から王都までは馬車を使ったとしても一週間前後かかる。もしここがハシクの言う通りの場所だとしたら、その道の4分の3を既に進んでいることになる。木々に遮られて太陽は見えないが、体感的にまだ正午にもなっていない。

 それをソラは二人に説明した。



「すごいですね、ハシク様は」


「そもそも我と人間の乗り物とを比べること自体がおかしいのだがな。それで、後どのぐらいで着くのだ?」


「普通に歩けば四日か五日かな、多分」


「まだそれだけかかるのか。まあ、お主には聞きたいこともあるし後はのんびりくとしよう」



 その後、ソラ達は徒歩で道へと出た。道と言っても、ただ周りと違って草木が生えていない場所なだけである。そこには馬車のものらしき轍があり、その影響によって多少の凹凸が見られる。周囲の草木は王都周辺とは違い、ソラの腰ほどの高さしかない。

 そこから数時間歩いて太陽が頂点に達したころ、昼休憩として近くの木陰に腰を下ろした。



「ハシク、人間の食べ物って食べられる?」


「食べられるぞ。そもそも我は食事を必要とせんのだが、味覚はあるからな。ありがたく貰うとしよう」



 そう言いながらハシクはソラが王都で買ったマジックバッグから取り出したサンドウィッチに手を伸ばした。ソラはそれをティアにも渡した後、自分も手に取る。

 ひと段落付いたところで、ハシクが口を開いた。



「してソラよ、お主の頼みとやらを聞いておこうか」


「……ハシクが魔族と会ったのっていつぐらい?」


「あまり正確には覚えていないが、三月みつきほど前だったと思うぞ」


「多分だけど、2か月ぐらい前に僕の村が襲われたのがその影響だと思うんだ。だからハシクには、この間魔物の統率を取ったように、僕の村周辺にいる魔物を抑えて欲しいんだ」



 ソラのそんな言葉に、ティアは思わず顔をそむけた。そもそもソラが王都へと来た原因がそれであり、それは父親を失った原因でもある。だが、ソラはあまりそのことについて気を病んだ様子は無かった。



「む。それなら急いだほうがよいではないか?」


「王都から何人か兵士が送られているから、人間の方は大丈夫だと思う。でも急がないとハシクの仲間が……」


「そうだな。既に道を半分以上進んでおるのだろう? 我が急げば夕日が見える前には着く」



 その後、昼食もほどほどに再び森の中に入り込み、ハシクに乗ってから移動した。

 一時間も経たないうちにハシクは止まり、一つ遠吠えをした。



「これで問題は無いはずだ」



 そう言いながらソラとティアを下ろし、ハシクは再び老人の姿へと戻った。



「ありがとう、ハシク」


「気にするな。そもそもこんなところまで我の仲間が来ているとは思わなかったな。ソラ、悪いが村に着いたら少し離れる。他にも同じことをしている仲間がおるかもしれんからな」



 そんなハシクに、ソラは申し訳なさそうに言葉を掛けた。



「それと……ごめん。僕、ハシクの仲間を――」



 ハシクはそんなソラの言葉を遮った。



「そんなことは気にする必要はない。話から察するにお主の知り合いも何人か殺されたのだろう?」



 それにソラは答えなかった。いや、答えられなかった。それを肯定することはハシクを責めているようだったから。



「生きとし生けるものが命の危機に瀕すれば、その原因を排除しようとするのは当たり前のことだ。それに、生きるために他者を喰らうことも当たり前のことで、それを間違っているなどと我は思わぬ。ただ、そこに恨みや憎しみが加わればお主ら人間や魔族の様ないざこざが起こる。それが原因で命を奪うのを我は好かん。だが、お主は違うだろう? 我が初めて近づいた時だって我から攻撃する気配がなかったから何もしなかった。自分を襲おうとしていた者だけを殺した。我はそれを咎めたりはせん」



 その言葉にはやけに説得力があり、ソラは考え込んだ。ハシクの言葉は捉え方によっては命を失うのも、命を奪うのも当たり前のことだと言っているようなものだ。ソラにはそれを間違っていると言えるほどの経験がなかった。だが、どこかでそうではないと思う所もあった。

 そんなソラに、ハシクが再び声を掛ける。



「ただ、恨みや憎しみと言った感情を強く持てるお主ら人間や魔族は納得できんのも無理はない。お主ら人間は同族を殺すことを罪としているくせに、”大義名分”さえあれば許されるからな。その感覚は自然の中で生きている我には分からぬ」



 大義名分。それは何かの行動を起こした時にその正当性を証明する道理や根拠。人間の世界では同族である人間を殺せばそれは罪に当たる。だが、それを罪としない大義名分はある。正当防衛の場合や、囚人に下される死刑、自国を守るための戦争……。それらの判断は場合によって異なり、判断を下すのも人間。そのため、十人十色とも言うように人によって意見が分かれることだってある。

 ハシクにとって、そんな不確かなルールで縛られる人間を理解することは出来なかった。自然の世界においての殺生は自分が生きるためのものであり、それ以外の目的でするものではないのだから当然である。



「ご主人様はそんなに考え込む必要は無いと思います」



 一人考え込んでいたソラは、そんなティアの言葉に顔をあげた。



「ご主人様は人ではなく魔物と戦うために努力してきたのですから、そんなことにはならないのではないですか?」



 ティアの言葉通り、そもそもソラの目的には対人戦が含まれていない。



「それ以上は後で考えるがよい。お主の言う村まで後一時間も歩けば辿り着く」



 そう言われて、ソラは辺りを見渡す。その場所は村からさほど離れておらず、ソラも何度か通ったことのある懐かしい景色だった。

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