第12話 帰郷

 ソラが懐かしい景色を眺めながらそのまま進もうとしたとき、ハシクの足が止まった。



「ハシク?」


「ハシク様?」



 二人がハシクの方を見ると、地面をただただ睨みつけていた。その視線は地面ではなくさらにその奥の不可解な空間へと向いているのだが、ソラとティアはそれには気付けなかった。



「ソラよ、村を魔物が襲ったと言っていたな。普段、お主の村には魔物は入ってきておったのか?」


「いや、何故か僕の村には魔物は寄り付かなかったんだよ。そのせいで何の対策もしてなくて、魔物が入ってきたときはみんな混乱してたんだ」


「そうか」



 ハシクはそれだけ言って踵を翻した。



「我は森の中にいることにする。お主ら人間には害はないようだが、我は出来れば近づきたくはない」


「それってどういう……」


「それは次会った時に説明するとしよう。我はこの辺りの森に留まることにする。落ち着いたら適当に探しに来てくれ。まだお主のスキルの話も聞いておらんしな。それよりもようやく帰れた故郷なのだろう? 今はそちらを優先するがよい」


「……ありがとう。そうさせてもらうよ」



 それを聞いたハシクは近くの木々の間へと姿を消していった。

 ソラとティアは道なりに進み、村へと向かって行った。





 ソラが村に入ると同時に、それを見つけた村人が次々と寄って来る。そんな人々に挨拶をしながら、まだ修復しきっていない村を横目にソラの過ごしてきた家へと辿り着いた。



「ここがご主人様の?」


「うん。僕が村を出るときはちょっと壊れてたんだけどね」



 ソラの言っているのは村で男たちが魔物と戦った痕跡。村が襲われた当日やその翌日辺りまでは村の近くに無残な姿となった遺体や血痕が残されていたが、幸か不幸か気を失っていたソラが知っているのは村の住居が多少壊れていたという事だけである。

 ソラが自宅の扉を開けるとそこには見慣れた台所、見慣れたテーブル、そして見慣れたキッチンには懐かしい後ろ姿があった。



「ソラ⁉」


「ただいま、母さん」



 ソラの母親は目に涙を浮かべながらソラへ近づき、優しく、しかし力強く抱きしめた。



「おかえり、ソラ……。よく戻って来たね……」


「約束だからね」



 そんなやり取りを見て、ティアは少し羨ましく思っていた。その親子の関係は、ティアには届かないものだったから。

 二人を眺めていたティアに、やがてソラの母親も気が付く。



「ソラ、この子は?」


「話すと長くなるんだけど……」


「ならお茶を出さないとね。えっと――」


「私はティアと言います」


「ティアちゃんね。私はソラの母親のララよ。ティアちゃんもそこに座っていて頂戴。すぐにお茶を出すから」



 そんなララを手伝おうとティアはすぐに動いたが、それをソラが止めた。



「見ての通り僕の家の台所、一人が限界なんだ。そういうのは助かるけど、もう少ししてからでいいよ」



 そう言われてティアは納得する。その建物は木造で2階建てではあるものの、決して広いとは言えなかった。数人で生活するための必要最低限のスペースがあるだけである。

 ソラとティアが椅子に座っていると、ララがシンプルなコースターと湯気の立ったお茶を入れたコップを3つずつ載せたお盆をもって来た。それを配り終えると、お茶を啜りながらソラは楽し気に村を出てからの事を話し、ララはその話を同じく楽し気に聞いていた。

 それは横から見ていたティアも思わず頬が緩むような、そんな和やかな雰囲気だった。ティアはそんな輪にぎこちなくも解け込めていることに不思議な嬉しさを感じていた。家族の温かみを知らないティアにとって、それは初めての体験であり、感覚だった。



(家族っていいものですね……)



 ティアは一人そんなことを考えながら、ソラとララのやり取りを眺めていた。





 日が落ちはじめ、寝床の準備をしている中、バジルは数人の部下を呼び出していた。



「本当なんですって、バジルの兄貴!」


「突然姿が消えたんです!」


「あれは見間違いなんかじゃないっす!」



 いい訳でもするかのようにそう答える部下に、落ち着いた声でバジルは返答する。



「いや、別にお前らを疑っているわけじゃねぇ。少し確認をしたかっただけだ」



 そう言いながらバジルは腕を組んで考え込んだ。一瞬で長距離を移動するスキル。もしくは一瞬で転移するようなスキル。後者はまず聞いたことも無ければ、その可能性は低かった。そんなスキルが使えるのならば途中まで徒歩で移動する意味が分からない。

 となると、前者の線が濃厚だ。有名どころで言えばディルバール家の現当主、プレスチアの『縮地』。これは現在ではプレスチアしか使える者はいないと言われているが、過去には同じスキルを所有する者もいた。その珍しさと強力さゆえに、かなり有名なスキルだ。そしてそれは障害物が無い、且つ移動先に自分が存在できる空間が無ければ使用できない。

 だが、ソラが『縮地』を使った可能性はほぼゼロに等しかった。バジルの部下は一様に三人が同時・・・・・に消えたと言っている。『縮地』は複数人を同時に移動させられるようなスキルではない。何より、王都に辿り着いてスキルを確認した時点で、『属性(黒)』というスキルしか持っていないことは確認済みだ。



「間違いないのは移動系の効果も持ち合わせているスキルってことか。ルノウ大臣から聞いていたスキルとはずいぶんかけ離れているようだが……」



 姿を消すことのできるスキルと言う可能性もあった。だが、その可能性はほぼ有り得なかった。その場には優れた『感知』スキルを持った者もいた。『感知』スキルは最大でも数十メートルが限界と言うのが世間での常識だった。姿を消してからその距離を一瞬で移動するのはほぼ不可能。となると、感知距離から一瞬で離脱できるほどの距離を移動できるスキルである可能性が最も高い。



(見失ってから日が落ちるまで全力で進んでも追いつけないとなると、移動距離はかなりのもの……いや、連続で使用した可能性もある、か……。何より、あのジジィの可能性もあるが……)



 そう、その場には彼らの感知スキルに一切引っかからずに突然ソラとティアの前に現れたハシクがいた。それを警戒するなと言うのも無理な話である。ティアに関してはルノウから一切スキルを持っていないと言う話を聞いていたため、警戒の範囲からは除外していた。

 バジルは俯いていた顔を上げ、部下に指示を飛ばす。



「お前ら、日が昇ったらすぐに出るぞ! 今日はさっさと寝ろ!」



 それだけ言うと、バジルも寝床の準備を始めた。姿が消えたとはいえ、スキルの連続使用で移動できる距離などたかが知れている。そう判断した。何より、バジルは早くソラ達に追いついて観察し、スキルの情報を集めたかった。



(可能性としては移動系のスキルと、ルノウ大臣から聞いた触れたものを消すスキルか……。もし両方使えるならかなり脅威だな。戦闘時は常にカバーできる仲間がいるようにする必要があるか……)



 そんなことを考えながら、バジルは翌日に備えて横になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る