第10話 帰路

 ソラとティアはパリス達と別れた後、関所を抜けて道なりに歩いていた。だが、途中でソラの表情が険しくなる。



「ご主人様、どうかなされたのですか?」


「別に何でもないよ」



 そうは言うものの、ソラは感知していた人影を気にせずにはいられなかった。明らかに自分たちを付けてくるような動きに加え、完全に戦闘態勢の装備。その中でひときわ目立っているのが、鉤爪状の武器を両手に身に着けた異様な雰囲気を纏った人間。

 それを警戒していたソラの前に、一人の老人が現れた。



「遅かったな、ソラ」



 別に遅れた訳でもないし、時間を決めていたわけでもないのにその言い草はどうなのだろう。そんな事を考えながら少し不満そうな表情を浮かべるソラとは対照的に、ティアは緊張の面持ちで頭を下げた。



「おはようございます、ハシク様」


「うむ。してソラよ」



 ハシクは声のボリュームを落としてから口を開く。



「あ奴らはお主らの仲間か?」



 その言葉にティアは首を傾げるが、ソラは察してその問いに対して首を横に振る。



「お主らを狙っておるようじゃが、何なら我が――」



 そう言いかけたハシクの言葉をソラが遮る。



「そこまでしなくていいよ。ただの盗賊かもしれないし。それに――」



 それに、人を殺すことはしたくない。ソラはその言葉を飲み込んだ。ティアがソラやカリアと生まれ育った環境によって異なる感性を持っているように、ハシクもまたソラとは違う。ましてや神獣とさえ呼ばれているハシクとなれば、それはソラが共感できるような事の方が少ないことだって考えられる。



「まあ、とにかく別に何もしなくていいよ」


「お主がそう言うなら何もしないでおこう。じゃが、襲い掛かってきたときは――」


「その時はもう何も言わないよ」



 そうは言いつつも、今のソラには人がむざむざと殺される様子を傍観できる自信は無かった。魔物相手ならもう既に経験したが、人となると話は別だ。それを想像すると、真っ先にソラの頭をよぎるのが自分を守ろうとしていた時の母親の表情だった。それは自分が死ぬことへの恐怖に耐え、誰かのためにその身を投げうてる程の意思を持った人間の表情。それでも、死への恐怖と言うものはそう簡単には拭えない。その顔から見られるのは人が死と直面した時の恐怖。その恐怖から守るために努力をしていたソラにとって、その恐怖を与える側に回ることは論外だった。



「ご主人様、誰かに付けられているのですか?」


「大丈夫だよ、気にしなくて」



 ソラは自信をもってそう言った。今の自分には誰かを守れるだけの力があると思っていた。そのために王都へ行っていたのだから。それに加え、今はハシクもいる。見た目は白髪白髭の老人であっても、その中身は神とあがめられる神獣だ。この状況でティアを守り切れない事態に陥る事など、ほぼ有り得ない。ソラはそう思い込んでいた。



「それはさておきだ。我はあまり人の視線を受けるのを好かん。何か策は無いのか?」



 そう言われて、ソラは一考したがこれと言った策は思いつかない。



「僕のスキルで移動すれば目くらましぐらいにはなるけど、そこから先普通に移動していたらその内見つかるんじゃないかな。暫くは一本道だから」



 その言葉を聞いて、ハシクはにやりと笑った。



「要はあ奴らの視界から外れた後、追いつかれん速さで移動すればよいのだろう?」


「……どうするの?」


「我がお主らを乗せて走ってやる。人間では到底追いつけん速さでな」



 ソラとティア、ハシクは三人で一度状況を共有し、リーダー格らしき男が離れてからそれを実行することにした。統率が取れなければ、緊急事に後手に回るだろうと言う判断の元だった。ソラが感知によってリーダー格の男が離れたと判断した瞬間、ソラはスキルを連続で使って三人を斜め前方の茂みの中へと移動した。ソラのスキルの性質上、傍から見ていた者からすれば一瞬で姿が消えたようにしか見えない。

 初めて連続でそんなスキルの使い方をしたソラは、地面に両手と膝をついて肩で息をしていた。



「ご主人様、大丈夫ですか⁉」


「うん、……ちょっと……疲れただけだから」



 そう心配するティアとは違い、ハシクはソラのスキルを見て楽し気にしていた。



「本当にお主のスキルは面白いな。さあ、ここからは我の番だな。ここまで来れば我の姿も見えなかろう」



 そう言うと、ハシクは本来の姿へと戻った。

 ソラが一度で移動できる限界がせいぜい100メートル前後。移動先の安全を考慮して80メートルほどの移動を十数回ほど繰り返した。そのため、既にバジルたちとは一キロほどの距離があった。



「乗れ。しっかり掴まっておれよ」



 そう言ってハシクは膝を曲げるが、その大きさ故にソラ達はどう乗るべきか迷う。



「我の体毛は人間て移動の体重を掛けられた程度では痛みすら感じぬ。遠慮せずによじ登るがよい」



 そう言われて、ソラはハシクの体毛を掴みながらなんとか上る。その後、途中まで登っていたティアに手を貸し、自分の前へと座らせた。

 それを確認したハシクがゆっくり立ち上がる。それと同時にティアはハシクの背中にしがみつき、ソラはそれに覆いかぶさるようにしてハシクにしがみついた。



「ではくとしよう」



 直後、ハシクが移動したことによってソラとティアを前方からの暴風が襲った。





 バジルはソラ達の後を付けていた。スキルの情報を少しでも得ようと、道中から観察することにしたからだ。だが、そんなバジルの元にイレギュラーが現れた。



(あのジジィ、一体どこから現れやがった。この一帯には誰も居なかったはずなんだが……)



 それもそのはず、神獣の使う隠密系統のスキルを見抜ける人間などそうそういるはずもない。それは対人戦に特化したバジル率いる集団であっても例外ではなかった。バジルはアイコンタクトと仕草で配下にも確認を取るが、ハシクの存在を感知出来ていた者はいなかった。

 そんなバジルの元に交代のための要員がやってくる。彼らと入れ替わるようにバジルはソラ達が歩いている道から離れるように茂みの中へともぐりこんだ。それからソラ達を見失ったという報告がバジルの元へ届くまではそうかからなかった。

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