第09話 惨事

 どうにか帰還したパリスたちを見た王都の人々は、驚きと共に不安そうな表情を浮かべる。それもそのはず、兵士たちの表情はどれも優れず、喜ばしくないことが起こったのは分かり切っていたからだ。大人数の魔族による襲撃に加え、長距離の移動によって兵士たちの疲労はすでに限界を越えていた。

 そんな彼らを見て不安を募らせた王都の住民が数人、ルバルドを見つけるなり近づいた。



「ルバルド様、何かあったのですか?」


「かなりの人数が戻ってきているようですが……」



 ルバルドの回答に他の皆も聞き耳を立てている中、ルバルドが口を開いた。



「申し訳ありませんが、陛下への報告が先なのです」



 それに続いて、ルバルドは近くにいる者全員に聞こえるように声を発した。



「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫です。国民の命は私が命を懸けて守りますから」



 完全に、と言う訳ではないが、その言葉に住民が浮かべていた恐怖の表情が少し和らいだ。それは死線を幾度も潜り抜け、王から、国民からの支持を得ているルバルドの言葉だからこそできたことだった。

 そんなルバルドを見て、暗い表情をしていた兵士達もどうにか持ちこたえた。国民を心配させないように自分たちの長であるルバルドが振舞っている。自分たちが足を引っ張る訳にはいかない。そう思ったから。

 城の敷地内に入るなり、ルバルドは部下たちにひと時の休暇を与えた。次の命令が下りるまでは共に過ごしたい人間と過ごせと。その意図を掴み取った兵士たちは、各々が家族の元へと足を運んだ。



「「ルバルド兵士長」」


「何だ、パリス、レシア」


「父上に安否を報告したいので、呼んできてもらえないでしょうか?」


「きっとお城でお仕事をしていると思うのです。ですが、私たちは入れないので……」



 そんな言葉にルバルドは一考してから口を開いた。



「そういうことなら一緒に来てくれ」


「え、いいんですか?」


「ですが、私もお兄様も門番の方に止められるのでは……」


「それは俺がどうにかする。それに、俺は魔族が砦よりもこちら側に現れた時にその場にいなかった。パリスやレシアから話は聞いたが、直接報告した方が効果的だ」



 そういうことならと、パリスとレシアはルバルドに続いて城の中へと入っていった。ルバルドが門番に簡単に事情を説明すると、パリスとレシアはすんなりと入ることが出来た。これはパリスとレシアがプレスチアの子供として、優秀な兵士として認知されていたことも少なからず関係している。



「陛下が何処にいらっしゃるか知っているか?」


「今は玉座の間におられると思います」


「そうか。ありがとう」



 ルバルドは城の入り口近くで作業をしていた兵士にそれだけ聞くと、そのまま玉座の間へと向かった。

 大きく威圧感があり、シンプルでありながら高級感のある扉を前に、パリスとレシアは息を呑む。そんな様子を見て、ルバルドが二人の肩に手を置いて声を掛けた。



「緊張する事は無い。ブライ陛下やハリア王妃は優しいお方だ。多少の無礼をしたとしても許して下さる」



 それでも肩の力が抜けない二人に初々しさを感じながらも、ルバルドは気を引き締めて扉の前に立っている兵士に声を掛けた。



「緊急事態だ。すぐに陛下に報告したい。扉を開けてくれ」


「「はっ!」」



 ギギィと重々しい音と共に開かれた扉の奥には、玉座に佇むブライとハリアの姿があった。その左右にはプレスチアとルノウが立っていた。



「待っておったぞ、ルバルド。報告を頼む」





 ルバルドから一通りの報告とパリスとレシアの話を聞き終えたブライは、深刻そうに表情を曇らせた。



「早馬で報告に来た兵士から砦での出来事は聞いていたが……。まさか既に砦を超えて来ておるとは……」


「申し訳ありません。道中に魔族がいるのならば少数で向かわせるのは危険かと思い、私の指示で早馬は魔族襲撃時しか出しませんでした。もっと早く報告する手段があればよかったのですが……」


「それは構わん。報告の前に襲われてしまっては元も子もないからな。もしかしたらルバルドたちに存在を悟られないためにわざと最初の早馬を通したのかもしれぬしな」



 それから一息置いてからブライは再び口を開いた。



「儂は早急に防衛線を作り上げるべきだと思う。あまり攻め込まれ過ぎると戦線が人の生活している街や村から近くなり、人々に被害が及ぶ可能性が上がるだろう。プレスチア、ルノウ、お主らの意見も聞きたい」


「私もブライ陛下の意見に賛成です。ですが、早急となるとどうしても簡易なものになってしまいます。なので、簡易な砦をいくつか作り、それを囮としてそれより後ろで魔族を迎え撃てるような大きな砦を作るべきかと」


「私もプレスチアと同意見ですな。そうとなれば急がなければなりません。出来得る限りの人員をそちらへと割きましょう」



 これからの方針が決定し、ブライが申し訳なさげに口を開いた。



「済まないな、ルバルド。疲れているだろうに……」


「いえ、私はこの国を守るためにここにいるのです。こういう時こそ頼って下さらないと、私の面目が持ちません」



 そんなルバルドの言葉に、ブライは安堵の表情を浮かべた。ルバルドがここに居てくれてよかったと。これほど心強い味方は貴重だ。そう思うと同時に、ルバルドの存在がどれほど重要であるかを再認識させられる。

 話が纏まり皆が動き出そうとしたとき、扉が急に開かれた。そこにいたのは息を切らし、今にも零れ落ちそうな涙を必死にこらえたカリアだった。それと同時にブライとハリアはまずいと思った。そこにはルバルドだけでなく、ソラと繋がりが深いパリスやレシアもいるのだから尚更だ。



「待て、カ――」


「ルバルド様、お願いがあるのです!」


「カリア姫⁉ どうかなされたのですか?」


「すぐにでもソラの元に行ってあげてください!」


「一体何が……」



 そのルバルドの言葉に、言いにくそうにブライが答えた。今がこんな緊急事態でさえなければ、ブライだってカリアの言う通りにしたいところだった。ソラと繋がりのあるルバルド達だからこそ、ブライは伏せておきたかった。魔族との抗争において少しでも不安を消すために。そして、それと同じ理由でルノウやプレスチアさえ知らされていなかった。

 最も、ルノウは報告・・がないために襲撃が失敗しただろうことを察していた。ソラの元へと遣わしたギルドの連中はソラに殺されたのだろうと。だから、カリアの焦っている意味が分からなかった。もしソラが彼らの襲撃に気が付いて、返り討ちにされたとするなら村は無事なはずだ。何より、それはソラが生きていることに他ならない。だからブライの口から発せられた言葉に、ルノウを含めたその場の全員が言葉を失った。



「魔女の村が消滅したそうだ」

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