第08話 潰走

 月明かりだけでははっきりと視認することは出来ないが、少し離れたところで木々が倒れる音がしていることからルバルドが何処にいるかおおよその見当はついた。そして我へと返ったレシアは光魔法で辺りを照らし、その光を頼りにライムは次々と襲い掛かってくる敵を切り伏せていた。そんな様子を見て、レシアは呟く。



「ライムさん、すごい……」



 そんなレシアの言葉に首を横に振ったのがシーラだった。



「それはどうでしょうね」


「……どういうことですか?」


「砦で殿として戦った時にも気が付いたのですが、魔族がこんなに弱いはずがないのです。ましてやまだ訓練兵から上がったばかりのライムさんが一人であれだけの数を相手に出来るなんて可笑しな話です。それに――」



 そう言いながら、シーラは次々と風の障壁に阻まれる矢の方に目をやった。



「全体的に攻撃がお粗末すぎます。まるで初めて武器を手にしたような……」



 シーラはそんな感想を殿として砦で戦った時と同じく抱いていた。明らかに訓練された者による攻撃ではない。飛んできている矢は狙いが大きく逸れているものがほとんどで、ライムが戦っている魔族の動きにしても近距離戦を苦手としているシーラから見ても、明らかに初心者以下のそれだった。出来ていることと言えば、ライムと剣を交えている仲間に当たらないようにしているぐらいだ。

 だが、シーラはそんな考えを頭の中から追い払った。理由がどうであろうとこの状況で相手が弱いと言うのは幸運なことだ。それに、今はそれよりも守らなければならない若い芽が後ろにある。



「いえ、なんでもありません。レシア、後どのぐらい持ちますか?」


「このぐらいの魔法ならまだまだ余裕です」



 レシアは火魔法に関してはさほど得意ではないが、もともと魔法に対する適性が高い上に光魔法を得意としていた。そのため、パリスの傷を治してなおレシアには余裕があった。それを見てシーラは一安心する。



「ルバルド兵士長が敵を一掃するまでそうかからないと思います。それまでは耐えてください」


「はいっ!」





 それからさほど時間を掛けずにルバルドは茂みに潜んできた敵を一掃して戻ってきた。そこからライムの手助けをすると同時に、その場の戦闘は一瞬で終わった。

 ルバルドは戦闘を終えるなり、一人で踏ん張っていたライムに声を掛けた。



「ライム、大丈夫か?」


「はい、僕はどうにか……」



 そうは言いながらも、ライムはかなり疲弊した様子だった。

 ルバルドは一考してから指示を出した。



「レシア、魔法を止めてくれ。これ以上は敵にこちらの位置を知らせるだけになる」


「分かりました」


「シーラ、風の防壁はどのぐらい持つ? 出来れば後ろの部隊と合流するまでは持って欲しいんだが……」


「そのぐらいなら問題ありません。ですが、それで限界だと思います」


「なら頼む。合流さえ出来れば同じような魔法を使える者もいる。暫くは交代制で魔法で防壁を張ってもらうから、合流するまでにメンバーを考えておいてくれ」


「分かりました」



 それだけ指示を出すと、ルバルドはそこにいる者全員に聞こえるように声を張り上げた。



「これから来た道を戻る! 余裕のあるやつはパリスとライムに手を貸してやってくれ!」





 そこからは特に問題なく合流し、魔族の異常な弱さもあり怪我を負った者こそいたが、誰も命を落とすことなく魔族との戦闘をやり遂げていた。そこから王都へと周りの警戒を怠らないように進み、三日が過ぎたころようやくパリスが意識を取り戻した。



「ここは……」


「野営地だよ。もう少しで夕食だから寝てた方がいいんじゃない?」



 テントの隙間からは月明かりが差し込んでいた。ライムは野営地に無数に建てられたテントのうちの一つでパリスに付き添っていた。レシアは夕食の支度の当番のためにそこにはいなかった。



「いや、僕はもう大丈夫だ。……あれからどのぐらい時間が経ったんだ?」


「三日だよ。シーラ隊長が言うには毒だけじゃなくて、精神的な負担のせいで目を覚まさなかったんじゃないかって話だよ」



 そう言われて、パリスは少しずつ自分の記憶を辿った。ぼんやりとしていた頭が動き始め、意識が鮮明になった時、パリスは口を開いた。



「ライム、魔族を殺すことと人間を殺すことって何か違うのかな?」


「違うらしいよ」


「らしい?」


「ルバルド兵士長からの受け売りなんだけどさ、僕らがやらなければ多くの人々が魔族に殺される。僕らは殺してくて殺したわけじゃない。国を、家族を、友達を守るために魔族を殺した。パリスは皆を守ることが罪になると思う?」



 そんな言葉にパリスは首を横に振った。守るための行為が罪になるはずがない。ライムの言葉を聞いてそう思った。



「ありがとう、ライム。少し楽になったよ」


「お礼ならルバルド兵士長に言ってよ。さっきも言ったけど、ただの受け売りだからさ」



 そんな会話をしている二人の元へ、レシアが戻って来る。



「ライムさん、夕食の準備が整いま――」



 そこまで言って、レシアはパリスと視線が合う。それと同時に、レシアの瞳は徐々に潤いを増していく。



「心配を掛けたね、レシア」


「いえ……ご無事で……良かった……です……」



 そんな二人を見て、ライムは一人立ち上がった。



「僕は先に食べに行ってるから、二人はゆっくりしててよ」



 パリスはそう言うライムを止めようと思ったが、レシアの様子を見て言葉に甘えることにした。涙で顔をぐしゃぐしゃにしているレシアと共に外に出ることなど、パリスにはできなかった。



「ありがとう、ライム」



 そんなパリスに、ライムは手を振って応えてテントを出た。





 一方その頃、ルバルドは一人の兵士から提案を受けていた。



「ルバルド兵士長、王国への報告はどうしますか? この間のように早馬を使えばさほど時間を掛けずに報告できると思いますが……」



 この間と言うのは、魔族の大群が侵攻してきたときの事である。撤退の準備を始めると同時に数人を王都への報告のために走らせていた。だが、現時点において彼らの消息は不明である。



「いや、それはやめておこう。こんな状況だ、少人数での行動は危険すぎる。想定外の状況を考えれば出来るだけ大人数でいた方が被害も減るだろう」


「ではこのまま王都へ――」


「そうだな。それと、新兵も含めて指揮系統を再確認させておけ。何が起こるか分からんからな。この人数全体に俺が常に指示を出すのは物理的に不可能だ」


「すぐに通達して参ります!」



 現在の夜営の時間ですらその周りに交代で監視を付けなければならない。率いている人数のせいでそれに割く人員もかなりの人数に昇っている。それは魔族がこちら側へと現れたことを考えれば当然の対応。ルバルドが心配していたのは、そんな消耗の激しいことが王都まで持つかという事である。持ち出せた食糧を考慮して食事は必要最低限の量しか提供されず、必要な労力は明らかに不足している。それに加えて異常なほどの大人数での移動。王都に報告をした後、大きな行動が避けられないこの状態でこの消耗はかなりの痛手である。それでも、現状それ以外の手段はなかった。

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