第03話 移動

 まだ日も登り切っていない中、パリスは目を覚まして地下の訓練場へと向かっていた。その途中で屋敷から出ようとしていたプレスチアと出会う。



「父上、こんなに朝早くどうかなされたのですか?」


「気にするな、大人の事情と言うやつだ。それよりもパリス、今日出発なのだろう? あまり無理はしないようにな」


「お気遣いありがとうございます」


「今更こんな言葉、パリスには必要ないかもしれないが――」



 少しの間を開けてから、プレスチアは再び口を開いた。



「気を抜くなよ」



 プレスチアは、あまり子供たちに心配しているような素振りを見せてこなかった。それは子供たちに信頼していていることに加え、親の事を気にせずに自由に生きて欲しいと言う想い故だった。だが、実地の訓練とは比にならないほどの危険を伴く今回の戦地への派遣では、心配するなと言うのも無理な話だった。

 パリスはプレスチアのそんな言葉に一瞬驚いたが、それと同時にどこか嬉しさも感じた。



「分かっています、父上。必ずレシアと戻ってきます」


「あぁ、待っているからな」



 それだけ言うとプレスチアは城の方へと向かった。その目的は勿論、神獣の可能性がある一件に関することだ。

 プレスチアと別れたパリスの元に、レシアが現れる。



「おはようございます、お兄様」


「おはよう、レシア」


「お父様と何かお話しされていたようですけれど……」


「僕たちの事を心配してくれてたんだよ」



 兄のそんな言葉に、レシアは驚きの表情を浮かべた。



「お父様がそんなことを言うなんて珍しいですね」


「それだけ危険な場所なんだと思う。父上も行った事があると言っていたから、それを踏まえたうえでの忠告だろうね。気を引き締めて行かないと」


「そうですね。後方での支援と言っても何が起こるか分かりませんし」



 そんな会話をしながら地下の訓練場へと向かおうとしたところで、ライムと合流する。



「おはよう、二人とも」


「おはよう、ライム」


「おはようございます、ライムさん」



 軽くそんなあいさつを交わし、3人は訓練場へと入った。その後三十分ほど体を動かし、準備をして集合場所である王都の門の前へと向かった。





 ライム、パリス、レシアの三人が門の前へと辿り着いたころには、既に数十人が集まっていた。時間になると同時に出発するもの全員が馬車へと乗り込み、それから数分も立たないうちに王都から出ることになった。馬車は新兵だけが向かっていたわけではないため、かなりの数が用意されて一斉に進んだ。訓練の時とは異なり、人が乗る馬車には出来る限りの人数を乗せ、物資は必要最低限だ。

 馬車が王都を出ると同時に、パリスと同じ馬車に乗っている一人の男が口を開いた。



「俺はガリアだ。一応お前らの隊長って事になっている。お前らも気が付いていると思うが、この馬車には俺を除いて新人しか乗ってない。お前らの指揮は俺がとることになっているから、こっから先は俺の指示に従ってくれ」



 その男はルバルドほどではないにしてもかなり筋肉質で、スキンヘッドに強面だった。そのせいでかなりの威圧感がありガリア以外は見知った同期だという状況にもかかわらず、今現在まで誰一人口を開かなかった。いや、開けなかった。



「ところで、ソラって名前の奴はやっぱいねぇのか?」



 そんな予想外の言葉に一瞬沈黙が降りた。ソラの事は同期の者はほとんどが知っていた。カリアの呪いを解き、同期でナンバーワンと言われていたパリスに一度と言えど勝利し、実地の訓練においてはソラのいた班のみが魔物を倒しながら前へと進んだ。これらのことを自分と同期の人間がやってのけた時点で、それを意識するなと言うのは無理な話だった。



「ソラなら自分の村に戻りました」


「そうか。確かお前はプレスチア大臣の息子の……パリスだったか?」


「はい。それで、なぜソラの名前を?」


「俺らの間でもちょっとした噂になってたからな。強力な呪術を解くほどのスキルを持ちながら剣の腕も立つってな。魔族との抗争が拮抗しているのは知っているだろう? こう言うと不謹慎だと怒られるかもしれないが、俺たちとしては少しでも腕の立つ奴が欲しかったんだ。まあ、今更それを悔やんでも仕方ないだろうが」



 そんな言葉にその場のほぼ全員が唇を噛んだ。彼らの中には貴族の子供もいれば、ライムのようにルバルドに憧れて兵士へとなった者もいる。だからこそ突然現れ、剣を握って数か月しか経っていないソラに負けるのは悔しかった。



「ガリア隊長」



 名前を呼ばれたガリアは、呼んだ者を見て首を傾げる。新人の教育としてこういった立場にあるガリアには貴族とのつながりが少なからずある。だから貴族の子供の中には名前を知っている者もいる。



「お前は……レシアだったな。なんだ?」


「私は長い間にらみ合っている状態だと聞いたのですが、魔族との交戦はあるのですか?」


「あぁ、ここ最近は少しずつ増えてきている。お前は一人一人の能力で優れる魔族に対してなぜ人間が対抗できているか知っているか?」


「魔族よりも人間の方が数が多いからと認識しています」


「その通りだ。だが、最近は向かいにある砦にいる魔族の人数が増えてきている。それに加えて頻繁に斥候が来ていてな。最近では何度か交戦もあった。向こうから攻めて来てくれたおかげでこっちが有利な状態で戦えたからさほど大きな損害は受けていないがな。その影響もあって今回は多めに兵士を送ってんだ」



 そう言いながらガリアは幌の外へと目をやった。普段ならこの馬車の数、人数は明らかに過剰である。だが、ガリアの話したような事情もありそうなった。攻めるよりも守りに徹する方が有利なことに間違いはない。その影響もあり、人間側の損害は魔族に比べて遥かに少ない。それでも砦にいる魔族の数は増え続けている。それを危険視したガリア含めた前線で戦っている人間は援軍を要求することにした結果がこれである。



「だが心配はするな。お前らを前線に出すような真似はしない」



 そんな言葉に、元々前線で戦うことが希望だったライムが口を開いた。



「ガリア隊長、僕は別に――」


「いや、出さない。お前らみたいな若いのから前線に出してたら俺たちの国が崩壊するんだ。お前らの今回の目標は、その目で魔族との戦線を見て生きて帰ることだ。分かったな、えっと……」


「ライムです!」



 そんな会話をしながら、彼らの乗る馬車は進んだ。





 それから一週間、満足のいかない食事や移動に疲弊しつつも、夕焼けが見え始めていた頃に彼らは砦へと辿り着いた。



「よし、お前ら! 荷下ろしだ!」



 そんなガリアの言葉と共にパリスたちは馬車を降りる。それと同時に、パリスたちの視界に傷を負って王都へと帰還する人々が入った。

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