第04話 心構え
戦地へと着いたパリスたちの目に真っ先に飛び込んできたのは、体の欠損や重傷により王都へと帰還する人々だった。パリスたちが乗ってきた馬車に入れ替わりで乗り、そのまま王都へと帰っていく。人数はさほど多くは無かったが、その光景がパリスたちに与えたものは決して小さくは無かった。
「お兄様……」
そんな心配げな声を出すレシアの肩にパリスは手を置く。
「大丈夫だよ。僕らなら乗り切れる」
「パリスの言う通りだよ。僕らの仕事はあくまで後方支援だし。それに、ソラがいなくても僕らが同期の中でトップであることに変わりはないんだ」
「そうですね……。私たちなら――」
そんなレシアの言葉を、ガリアは遮る。
「あんまり現実逃避はするんじゃねぇぞ。現実から目を逸らしたやつは現実に直面した時に動けなくなる。だから予想外の事態が起こった時はそういう奴から死んでいく。そうなりたくなければせめてあいつらから目を逸らすことはするな。ここは前線だ。ここに居る誰かがそうなってもおかしくない」
そんな言葉に、パリスたちは気を引き締めた。
「分かったらとっとと荷下ろしを手伝え! 日が暮れるまでに終わらすぞ!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
パリスたちは砦への補給物資を乗せている馬車へと向かい、荷台から砦へと荷物を運んだ。それを終えたパリスたちは食堂で簡素な食事をとり、ガリアの集合の合図によって一か所に集まった。
「今日はこれにて終わりとする! 各自用意された部屋で明日まで休むように! 解散!」
そんなガリアの言葉と共に、ガリアの指示に従っていた新人兵士たちは各部屋へと散っていった。部屋は生活が出来る必要最低限のスペースで、一部屋を二人で使用すると言った形式だった。ライムとパリスは同室で、レシアは別部屋となった。男女だからと言う理由もあるが、近接戦を得意とする兵士と、遠距離戦を得意とする兵士で簡単にだが寝床が別れていた。
ライムは部屋に入るなり硬いベッドに体を投げる。
「疲れた……」
「そうだね。大して激しい運動はしていないから、長距離の移動のせいだと思う。まさか移動だけでこんなに疲れるとは思わなかったよ」
ライムを目を瞑りながら、食堂で見た景色をふいに思い出した。
「パリス、食堂にいた人たちの表情見た?」
「見たよ。あまり優れた様子ではなかったね。傷を負っている人も少なくなかったようだったし……」
パリスと言う通り、入れ替わりで王都へと戻った負傷兵ほどではないにしても、ケガをしている兵士の数は少なくは無かった。近年徐々に増えつつある小競り合いの犠牲者である。
「ライム……君はあれを見てもまだ前線で戦いたいと思うのかい?」
「思うよ。彼らがいないと僕ら人間の生活する領域が狭くなる。誰かがやらないといけないことなんだ」
そう言うライムの瞳に動揺や迷いと言ったものは一切なく、寧ろどこか憧れているような様子だった。
☆
日が完全に落ち、暗闇の中に松明の火が揺らめく。魔族の領域との間を一望できるその一室に、ルバルドは足を運んだ。
「少しいいか?」
「な、何でありましょうか、ルバルド兵士長!」
「向こうの様子はどうだ」
そう言ってルバルドは向かいにある砦に視線を向けた。
「どうやらかなりの数を集めているようです! ですが、攻めてきたとしてもこれだけの人数を用意出来れば問題ないかと思われます!」
そう報告を聞いたルバルドだったが、さほど安心はしていなかった。こちら側から見える魔族の戦力はさほどあてにならない。距離はそれなりにあるために、隠そうと思えばいくらでも隠せる。だから予想を多少上回った数がいたとしても対応できるぐらいの人数は連れて来た。にも拘らず、ルバルドは言い様のない不安に駆られていた。
☆
翌日、砦へと辿り着いて一夜を明かした新人はガリアによって召集された。
「今からお前らに教えるのは戦術だ。作戦の意図も分からずに勝手な行動をされる方が迷惑だからな。最終的な目標は想定外の事態が発生した時に自分で考えて行動できることだ」
そんな言葉とともに始まったのは相手の砦との間にある地形の話。それらを有効活用し、相手よりも有利に立つための立ち回り。それに加えて敵の動きに応じて取るべき戦略や戦術。それらを頭の中に叩きこむための一週間が過ぎたころ、今度は『近接戦を得意とするグループ』と『魔法を使った支援・遠距離戦を得意とするグループ』に分かれさせられた。パリスとライムはガリア率いる前者のグループに、レシアは後者のグループに配属された。
レシアは二人と別れ、指定された場所へと向かった。そこで待っていたのは一人の女性だ。瞳と同じ色の薄緑の髪を後ろで団子結びにしていて、メガネのせいかどこか知的な雰囲気を感じる。ガリアとは対照的に冷静沈着といった印象を受ける。
「私の名前はシーラ。魔法を扱う兵士のまとめ役をしています。ガリアと同じ立場だから適当に隊長とでも呼んでください」
そう言うとシーラはレシアたちを細かく班分けした。それは属性ごとに分かれており、レシアの様な2つ以上の属性を持ち合わせている希少な者達は得意な方を選択した。レシアの場合は傷を癒すことのできる光属性だ。
全員がどこかに移動したのを確認してからシーラは口を開く。その言葉遣いは丁寧ではある者の、口調はとても力強いものだった。
「私が君たちをこのように分けたのには理由があります。戦場において魔法を使える人間は基本的に前線には立たつことはせず、後方からの援護射撃が基本です。その時に注意しなければならないのが連携です。属性の相性によっては同時に放つと効果を著しく下げるものがあります。そして、同属性での一斉攻撃が高威力になるのは皆さんも知っているでしょう」
それが理由。他の属性を使う者とタイミングを合わせなければ効果が下がる。だが、まずは同じ属性の者で連携を取らなければそもそも満足のいく威力が出ない。だからまずはそれを習得する必要があった。
「そして、援護射撃や治療をする上で、あなた達が心に留めておかなければならないことが一つ」
シーラは一つ間をおいてから再び口を開く。
「我々は常に非情でなければなりません。魔法は不規則に放っても効果が薄く、寧ろ本来出せるはずの効果を出せないのは先ほど言った通りです。ですので、私たちが一度に放てる魔法には限界があります。戦況によってはどんなに前線で不利な状況にあっても助けられないという事もあり得える。その時助けるべき、優先するべき仲間は君たちの指揮官が判断を下します。それに従わなければ助けられるものも助けられなくなる、ということをきちんと覚えておいてください」
シーラの言う通り魔法は無限に扱えるわけではないため、前線に生まれる不利な場所全てを援護できるわけではない。状況によっては前線の一部を切り捨てることだって考えなければならない。そう言った場合に私情を挟んでしまえば戦況はより悪化する。前線に立つ仲間のためにも、それは最も避けるべき行動である。
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