第四章 魔女

第01話 別れ

 王都での最後の朝、ソラが目を覚まして少ししてから扉がノックされた。



「ご主人様、このぐらい時間を空ければよろしいでしょうか?」



 自分の言葉を受けてから腕を組んで首を傾げるソラを見て、ティアは自分が何か間違ったことをしたと気が付いた。だが、自分では何がおかしいのか分からないし、ソラの指示のせいで自分のために考えてくれているソラに謝ることも出来ない。仕方ないので、ティアもそのまま何がいけなかったのか考え始める。

 そんな場に扉をノックする音が響いた。ティアが入って来たばかりで扉は開きっぱなしなので、扉の内側をノックしている。



「「おはようございます、カリア」」



 カリアは自分の事を呼び捨てで呼んでくれたことに対して思わず頬が緩みそうになるのを抑えて、どうにか挨拶を返した。



「おはようございます、ソラ、ティア。今日は何をしているのですか?」



 ソラはカリアが持ってきてくれた朝食を食べながら説明をした。



「そんなことがあったのですか……。直すのには時間がかかりそうですね」


「ティアが今までずっとそうしてきたことなので、それは仕方ないですけどね」



 そんな二人に謝ることが出来ず、歯がゆい思いをしているティアが助けを求めるように口を開く。



「それでご主人様、私はどうすればいいのですか?」


「ティアって、朝どうやって起きる?」


「食堂の方から物音がすれば起きられます」



 ソラは聞いたことのあるその音を思い出すが、すぐにそれが目を覚ませない程に小さいことに気が付く。

 ティアの今までは起床時間に起きなければ罰を受けていた。それは大抵の場合暴力であったために、それから逃れるためにティアにはそういった習慣が身についてしまった。ティアが寝ている時に少しでも音がするたびに脳裏をよぎっていた悪夢も最近は落ち着いてきてはいたが、それでも長い年月で身に付いた習慣と言うのものは中々抜けないものだった。



「どうするかはおいおい考えて行くことにするよ。時間はあるし」



 そう言って立ち上がったソラにカリアが声を掛ける。その表情には寂しさが浮かんでいた。



「もう行かれるのですか?」



 明らかに泣きそうになっているカリアに、ソラは出来るだけ優しく声を掛けた。



「また会えますよ。ひと段落付いたら王都の方に遊びに来ます」


「絶対ですよ?」



 そんなカリアにソラはにこりと笑って答えた。



「はい、約束です。ティアと一緒に来ます」



 その言葉に続いて、ティアも頷いた。

 カリアは立ち上がって扉のところまで行くと、ソラとティアの方に向き直った。腹の底から込み上げる胸の痛む寂しさを抑え、笑顔を作ってから言葉を紡ぐ。



「来たら必ず私に声を掛けてくださいね。その時は歓迎します」


「はい、楽しみにしてます」



 そう言うと、カリアはその場から逃げるように立ち去った。涙で汚れた顔をソラに見せたくなかったから。溢れ出て止まらない涙を服の裾で拭いながら、カリアは早足でその宿舎を出た。





 ソラとティアはカリアと別れた後、先日王都で買った肩から掛けるタイプのマジックバッグを持って王都の関所へと向う。するとそこでは、ともに戦った3人とプレスチアが待っていた。

 ソラとティアを最初に見つけたパリスがソラに声を掛ける。



「やあ、ソラ。見送りに来たよ」


「ありがとう、3人とも。それにプレスチアさんまで……」


「パリスの友人と言うのもあるけど、今となってはソラ君も私の弟子のようなものだからね」



 それもそうですねとソラは笑いながら返した。短い間とはいえ実際に剣を交え、様々なことを教えてもらった。その関係は師弟といっても何ら不思議ではない。



「ソラ、次会うまで剣の腕を訛らせないでよ」


「そうだね、でも多少訛ってもライムには負けないと思うけど」



 そんなソラの悪戯じみた笑みにライムは悔しそうにした唇をかんだが、やがてその表情は笑みに変わった。



「……次会うときはその言葉そのままそっくり返して見せるよ」


「楽しみにしてる」



 そんな会話にパリスも参戦する。



「その時は僕もやるよ。そうだな……ライムと一緒にソラの訛った体をたたき直すのもいいかもしれないな」



 パリスのそんな悪ふざけに、レシアも乗っかる。



「お兄様がやるのなら私もやります。お父様は2対1でも厳しいと言っていましたが、3対1なら流石のソラさんでも簡単には行かないでしょうし」


「いや、それは勘弁して欲しいんだけど……」



 そんなソラの反応を見て、その場の全員が笑みを浮かべる。そんな中、ソラは王都に来てよかったと感じていた。村にいればパリスたちやカリアと出会う事も無かった。その上、村を守るための力まで付けてもらった。今のソラには王都に来たことに後悔など微塵もなく、それが全て正しい選択とさえ思えていた。



「あまりここで話し込んでいては出発するのが遅れてしまうな。そろそろお暇するとしよう」


「プレスチアさん、いろいろありがとうございました」



 そんなソラに続いて、ティアも口を開く。



「昨日の料理、私の分までありがとうございました。とても美味しかったです」


「別に気にしなくてもいいよ。また王都へ来た時は歓迎しよう。最も、私の前にカリア姫が歓迎してくれるだろうからそれが必要かどうかは分からないがね」



 そう言ってプレスチアは笑う。いくら国でトップクラスの権力を持つ貴族と言えど、やはり王族との間には差がある。貴族はあくまで王族に従うものの一人であるために、それは仕方のない事ともいえる。



「皆もありがとう」


「私も、皆さんと話せて楽しかったです」



 そんなソラとティアの言葉に3人が答える。



「それはこっちのセリフだよ。ソラのお陰でパリスやレシアとも仲良くなれたし、プレスチアさんに稽古まで付けてもらえるようになったんだから」


「僕もいい経験になったよ。ソラがいなかったら今こんな風になっていないだろうからね」


「そういえばお兄様の雰囲気が変わったのもソラさんのお陰でしたね。ティアも、実地訓練の時の料理は助かりました。2人には感謝しかないです」



 そう言う3人とプレスチアに見送られながらソラとティアは関所の方へと足を進めた。

 それと同時に、パリスたちはディルバール家の方へと向かった。そんな彼らにプレスチアが声を掛ける。



「今日もやるのかい?」


「はい、父上。早くソラにあんなことを言われないようになりたいので」


「僕はまずパリスに勝てるようにならないとね」


「私はお兄様たちの足手纏いにならない程度には魔法を扱えるようになりたいです。模擬戦の時はソラさんの指示が無ければライムさんに直撃していましたから……」



 そんな弟子たちを見ると同時に、プレスチアは内心ソラに感謝していた。ソラの存在はパリスたちに良い影響を与えた。それはソラが村を、今では唯一の家族である母親を守りたいと言う強い意志の元に努力していたからこその影響だった。そんなソラを見て、パリスたちは少なからず思う所があったのだ。

 それと同時に、プレスチアはソラの傍に頼りになる者がいないのが怖かった。ソラのように何か一つの事のために努力をする人間は大抵の場合、それを基として強い意志を持って行動できる。だからこそそれが、強い意志を持つ理由となる何かが消えた時、そういった人間はどうなるか分からない。その点において、最も大きな不安要素がルノウである。だが、プレスチアはルノウが知っているソラのスキルは「触れたものを消す」という事だけだと思っていた。いくら強力な呪術を消せたとしても、それを悪用するのは難しい。強力な呪術で縛られている者は、大抵の場合縛っている者の傍にいるからだ。だからこの時点では大した警戒はしなかった。いや、出来なかったと言った方が正しいかもしれない。

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