第17話 晩餐

 ソラとティアが城へと向かうと、カリアの一件により顔の広いソラの影響もあって事情を説明するだけですんなりと中に入ることが出来た。カリアが事前に連絡をしていることも関係しているが、それでも通常、こんな簡単に城に入ることは出来ない。

 ソラ達は城の中の景色に圧倒された。城と共に城壁の中にある兵舎にはいたが、城の中に入ると言うのは初めての経験だった。中に入るとすぐにメイド服の女性に案内され、カリアの部屋まで辿り着いた。

 いつもカリアが訪ねて来る時とは逆でどこか違和感がある。そんなことを考えながらソラは扉をノックした。





「よし、これにしましょう」



 そう言って、カリアはベッドに大量に並べた服の中から1着を選んだ。今夜のソラとの食事で着る服を選んでいたのだ。それはソラと初めて会った時に着ていた水色のワンピース。それをしわが付かないように丁寧にクローゼットに仕舞い、他の服も片付けようとしたとき、カリアの部屋の扉がノックされた。



「はい」


「僕です、ソラです」


「そ、ソラさ――。す、少し待っていてください!」



 その後、約1分間部屋の中からドタバタと騒がしい音がしてからカリアのどうぞという言葉が返ってきた。

 ソラが扉を開けると、ピンクを基調とした可愛らしい部屋がそこにはあった。部屋の中には天蓋付きのベッドと、周りに3つの椅子が置いてある丸テーブルがあった。壁に備え付けられているクローゼットの折れ戸がミシミシと音を立てていたが、ソラとティアは気にしなかった。いや、気にしないことにした。きちんと元通りに戻せばそんなことにはならないのだが、カリアにとって服よりもソラを待たせないことの方が優先事項だった。

 ソラとティアは部屋の中に入ると、カリアに勧められるがままにテーブル周りの椅子に腰を下ろした。



「早かったですね」


「僕が王都に来てから会った人は限られてますからね」


「では、ソラ様がこちらで知り合った方には挨拶を出来たのですね」


「えぇ、まあ」



 ソラの反応がぎこちないのには二つ理由がある。一つはライム、パリス、レシアと会えていないという事。もう一つはルノウに会っていないという事である。前者は会いには行ったが、後者に関しては行こうとすらしなかった。ソラはティアを譲ってもらった感謝していたが、出来る限り関わりたくない相手だと思っていた。何より、ソラにとってはティア本人から村まで同行すると言う話を聞いただけで満足だった。

 その後、やってきたメイドたちが淹れてくれた紅茶を啜りながらソラとティアはカリアに聞かれるがままに実地訓練のことを話していた。出来るだけ空気が重くならないようにシリアスな部分は省いて、それでいて適当にならないように。



「そんなことがあったのですね。初めは私もついて行こうとしたのですが、今ならそれを反対した者たちの気持ちも分かる気がします」



 当たり前のようにそう話すカリアに驚きと呆れが入り混じったような感情が若干発生したが、ソラとティアはそれを表には出さなかった。



「実はそのために――」



 ソラとティアはカリアの回りの人々に同情しながら、カリアが如何にしてソラ達について行こうとしたかの話を聞いた。丁度その話を聞き終わった頃、部屋の扉がノックされた。



「どうしましたか?」


「カリア姫、夕食の時間ですのでご準備を」



 扉を閉じたままそれだけ聞くと、カリアは立ち上がった。



「ソラ様たちは先に行っていてください、私は少し準備がありますので」



 そういうことならとソラとティアは部屋を出て、待機していたメイドに連れられて食堂へと向かった。

 ソラが食堂へと着くと、ディルバール家と同じと言った感じを見受けられた。だがその規模は大きく異なり、机の上に並べられた料理も、部屋の大きさも違った。何より、部屋の壁際にメイドたちがずらりと待機している様はディルバール家では目にする事は無かった。

 そんな状況に唖然とするソラに声が掛けられた。



「やあ、ソラ君、ティア。待っていたよ」


「お久しぶりです、ブライ陛下」



 そんなソラに続いて、ティアもぺこりと頭を下げた。



「取り敢えず座ってくれ」



 そう言われてソラとティアは指示された場所に腰を下ろした。



「ブライ陛下。お金の件、ありがとうございました」


「あれぐらいのことは気にするな。私としてはあれでも足りないと思っているのだが……」


「いえ、それだけでも十分です。お陰様でマジックバックが買えたので、帰りはかなり楽になりそうです」


「そうか、それは良かった。何か我々に出来ることがあったら言ってくれ。また次の機会でもいいがな。王都にはまた来るのだろう?」


「はい、知り合いも出来たので遊びに来ようかと。村の農作が落ち着いた時期でないと厳しいかもしれませんが」


「その時は歓迎させてもらうとしよう。無論、ティアも一緒にな」


「「ありがとうございます」」



 そんな会話をしているところに、ハリアとシュリアスが入って来る。



「あら、お待たせしてしまいましたね」


「父上、カリアはまだ来ていないのですか?」


「あぁ、そういえばまだ来ていないな」



 そんな中、ハリアが思い出したように声を挙げた。



「そういえばソラ様達と一緒にいたという話を聞いたのですが……」


「カリア姫には準備があるから先に言っておいて欲しいと言われまして」


「そういうことならもう少し待つことにしましょうか」



 それから数分もしない内に着替えてクローゼットの中を整理し終わったカリアが食堂へとやってきた。



「お待たせしました」


「まあ、わざわざ着替えてきたのですね」



 カリアはソラの方に向いて、頬を赤らめながら口を開いた。



「似合っているでしょうか?」


「似合っていると思いますよ。確か、初めて会った時も着ていましたよね」


「覚えていて下さったのですか⁉」



 そんなカリアを抑えるようにシュリアスが口を開く。



「カリア、その前に席についてくれ。せっかくの料理が冷めてしまう」


「す、すみません」



 カリアは席に着こうとして、一瞬とどまった。

 長方形の長机の一番出入り口から離れている席にはいつも通りブライが座っていた。出入り口から見て右側にはブライの隣にハリア、その隣にシュリアスと言った具合である。その対面はブライの隣の席を一つ開けてソラ、その隣にティアが座っていた。

 要はカリアがソラの隣に座れるように配慮されているのだ。それを察したカリアをからかうように、ハリアが口を開く。



「あら、座らないのですか? それでしたら私が席を変わっても――」


「いえ、お母様。私が座ります」



 カリアが席に着いたのを確認してから、ブライが口を開いた。



「では頂くとしようか」





 食事中の会話はほとんどがソラの話だった。それもそのはず、カリア以外の面々がソラの事をあまり知らないのだから自然と質問も増える。その他の会話といえば、ハリアがカリアをからかう程度だった。

 そんな食事会もすぐに終わり、ハリアの発言により宿舎へと戻ろうとするソラにカリアが見送りとして付き添うことになった。そして、城の出入り口付近で3人は足を止めた。



「すみません、見送りなんてしてもらって」


「いえ、気にしないで下さい。ソラ様に呪いを解いて頂いたことを考えれば、このぐらい安いものです」


「あれは何というか……別にそんなつもりじゃなかったんですけどね」



 その言葉通りソラにとっては何と無く出来る気がしたからやってみただけであって、別に見返りを求めていたわけではなかった。



「私はティアのようにソラ様のために何かをすることはあまり出来ませんから」



 別にティアはソラのためだけに動いているわけではない。今までの行為の贖罪として、人のためになる行為をしているだけである。その対象がたまたまソラだっただけだ。そんな事情があるわけだが、ソラもティアもそれを口に出したりはしない。



「僕は仲良くしてもらっただけで十分ですよ。それにさっきの料理だって、本来なら僕が食べていいようなものじゃないでしょうし」



 ソラの言う通り王宮料理は辺境の村人はおろか、王都で暮らしている一般の人間ですら一生の内で口にできることはまず無いと言われている。



「では、またソラ様達が来た時にはご馳走します」


「ありがとうございます。楽しみにしていますね」


「その時までには私も包丁の扱い位は――」


「い、いえ、そこまではしなくても……」


「そうです、カリア姫。それなら私がやりますので……」



 そんなティアの言葉にカリアは不満そうな表情を浮かべる。ソラとティアは包丁の扱いに関しての事かと思っていたが、それは勘違いだった。



「ソラ様、ティア。せっかく仲良くなれたのですから、私の事はちゃんとカリアと呼んでください。そうでないと、何か距離を感じます」



 そんなカリアの言葉に一瞬ソラとティアは顔を見合わせた。2人は一つ頷くと、カリアの方に向き直った。



「分かりました」


「次からは私もそう呼ばせてもらいます」



 そして、それならばとソラは言葉を紡ぐ。



「僕の事もソラでいいですよ。元々様付けで呼ばれるのもおかしな話ですし」


「分かりました、そうします」



 カリアは、その言葉に今度は満足げな表情を浮かべ、踵を翻した。



「では明日の朝、見送りに行きますね。城内からは出られないので城門までですけど」



 そう言うカリアに手を振って、ソラとティアは宿舎へと戻った。

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