第16話 最後の一日

 翌朝、目を覚ましたソラはそこにティアがいないことに違和感を感じる。それで違和感を感じるのがかなり重症だなと思いつつ体を起こすと、それとほぼ同時に部屋の扉がノックされた。



「どうぞ」


「おはようございます、ご主人様」


「……何で僕が起きたの分かったの?」


「物音がしたので」


「えっと、どこにいたの?」


「扉の前です」



 ティアの言葉を聞いて、ソラは腕を組んで少し考え込んだ。ティアのやっていることは、ティアなりの考えての行動だ。ソラはそれが分かっているからこそ、どう説明したものかと迷った。

 そんなソラの様子を見て、ティアが心配そうに声を掛ける。



「ご主人様、私、また何かおかしなことを――」


「そんなに気にしなくていいよ。僕もそれを直すの手伝うし、別に苦に思ってるわけじゃないから。ただ、どういえばティアにちゃんと伝えられるかなって。僕、人に何かを教えるような立場に立ったことないからそういうことが分からないんだよ」


「すみません、私のせいでご主人様にご迷惑を……」



 そう言って益々元気をなくすティアを見て、ソラは思いついたように言葉を発した。



「よし、まずはそれから直そう」


「え?」


「取り敢えず人の厚意に対して謝るのは禁止。厚意の時点でそれをしている本人は迷惑なんて思ってないんだから、謝る必要は無いんだよ。少なくとも僕は謝られるより、感謝された方が嬉しいかな」


「分かりました、ご主人様。……ありがとうございます」



 少しぎこちなくはあったが、ティアはそう礼を言った。そのぎこちなさを見て道のりは長そうだなと感じつつも、ソラは変わろうとしているティアをこれからも手伝おうと心の内で一人決心するのだった。

 その後、ソラが着替えてティアと話していると、扉がノックされた。



「おはようございます、ソラ様、ティア」


「「おはようございます」」



 いつも通り3人でカリアの持ってきた朝食を食べながら、カリアは昨日ソラに頼まれたことの結果を報告した。



「ソラ様、お父様にお話ししたところ今日の夕食を一緒にどうかとのことです。勿論、ティアも一緒で構いません」


「それだとお礼を言うどころか、さらに借りを作ることになりそうなんですけど……」


「それはお父様も気にしていないと思いますよ? 寧ろ、ソラ様が何も望まないのでお礼が出来なくて困っていると言っていましたよ? なので、お礼も私を助けてくださったことに対する、私たちからの厚意・・だと思っていただいて結構です」


「そういうことならお言葉に甘えさせてもらいます」



 そんなやり取りにティアは成程と一つ頷き、早速ソラの言葉を実行に移した。



「私まで、ありがとうございます」


「どういたしまして」



 そんな会話を交わしながら朝食を終え、カリアは去り際に口を開いた。



「ソラ様、他の方へのあいさつが早めに済みましたら、お城の方へ来てください。簡単なお茶とお菓子でもお出ししますよ」


「分かりました。時間があればそうさせてもらいます」



 ソラはそう返しながらカリアを見送った。



「僕はもう出るけど、ティアはどうする?」


「迷惑でなければご一緒したいです」


「じゃあ一緒に行こうか」



 そう言葉を交わしたソラとティアは、兵舎の方へと向かった。

 目的地へと辿り着き、ノックの返答を待ってからソラ達は部屋の中へと入った。そこにいたのは、机に向かって何やら書き物をしているスフレアの姿だった。卒業した兵士の大半が兵士へと上がるため、この時期は事務的な作業が多いという事情があったりする。



「今日は何の用ですか?」


「用って程でもないんですけど……。僕、明日王都を出るつもりなので挨拶にと思いまして」


「そうですか、それは寂しくなりますね……。カリア姫にはそのことを伝えているのですか?」


「はい。色々あって今日の夕食に招待してもらえることになりました」


「そうですか」



 スフレアは安堵の表情を浮かべながらそう言った。それは、ソラがいなくなって一番混乱するのは十中八九カリアだと分かっていたからだ。

 ソラの言葉から、その食事会がブライ達の配慮によるものだろうこともスフレアは察していた。それならばカリアに最も近く、仲の良いハリアにも伝わっている。その時点で、カリアが多少混乱したところで安心できる。ハリアの母親としての存在感は周りの者から見ても分かるほどに、カリアにとって大きな心の拠り所となるものだった。



「その様子だと、ティアもついて行くようですね」


「私の所有権はご主人様にありますので」


「……ティア、その言葉も今後禁止。村でそんなこと言われたらみんなにドン引きされそうだし」


「は、はい! 気を付けます」



 そんな二人のやり取りを見て、スフレアは首を傾げた。



「てっきりソラはそう言ったことは気にしないと思っていたのですが……」


「何といいますか、色々ありまして」


「そうですか。道のりは長そうですが、頑張ってくださいね」



 ティアの方に視線を向けてからスフレアはそう言った。



「はい。ご主人様のためにも頑張ります!」



 そんな反応を見てニコリとほほ笑んでから、スフレアはソラの方に向き直った。



「ソラ、これから先戦うようなことになっても、絶対に油断をしてはいけませんよ。命のやり取りの場では何が起こるか分かりませんから」



 そんなスフレアのどこか重みのある言葉に、ソラは頷いて見せた。



「ところで、ルバルド兵士長はまだ戻らないのですか?」


「えぇ、それなりの人数で動いているので、遭遇する魔物が格下だとしても後数日は掛かると思います」


「そ、そうですか……」



 そんな話を聞いて、ソラは自分に降りかかる罪悪感に押しつぶされそうになっていた。



「ルバルド兵士長には私から言っておきます」


「すみません、念のために手紙を書いておいたので渡しておいてもらえますか?」


「分かりました、責任を持って渡しておきます」



 そう言いながらスフレアはソラから受け取った手紙をしまった。



「これから先色々なことがあるでしょうけど、頑張ってください」



 スフレアのそんな言葉に、ソラはお辞儀をして返した。



「スフレア副兵士長、今までありがとうございました」



 それに続いてティアも頭を下げる。



「いえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。またいつでも王都に来てくださいね」





 兵舎を出たソラとティアは、次にディルバール家へと向かった。短い間とはいえ、ディルバール家に頻繁に出入りしていた二人はすんなりと中に入れた。

 一番最初に二人の元に現れたのは、訓練中の格好をしたプレスチアだった。



「やあ、ソラ君、ティア。今日はどうしたんだい? 訓練を付けて欲しい、といった様子ではなさそうだが……」


「明日王都を出るので、その挨拶に来たんです」


「あぁ、その話はパリスから聞いているよ。ソラ君と一緒に戦った他の3人もあっちにいるよ」



 そう言ってプレスチアが指示した方向は、ソラが通ったディルバール家の訓練場だった。ソラはそちらへと向かおうとしたが、それをプレスチアが止めた。



「待ってくれ、ソラ君。レシアはともかく、ライムとパリスは君に勝つためにスキルの使い方を考えているところなんだ。あまりソラ君には見られたくないと思うよ」


「そうですか。それなら時間を改めて――」



 プレスチアはそう言って踵を翻そうとしたソラを呼び止めた。



「いや、パリスたちのことは気にしなくてもいいよ。明日の朝、ソラ君の見送りに行くと言っていたからまた明日会えると思うよ。私としてはそれよりも、今はカリア姫のところに行ってあげて欲しいかな。王族と言う身分だからパリスたちとは違って暫く会えないだろうからね」



 プレスチアのその言葉に、ソラは少し考えてから返答した。



「それもそうですね。ではそうさせてもらいます」


「あぁ、そうすると良い。カリア姫の元気がないとその周りにも影響が及んでしまうから、そうしてもらえると私としてもありがたいんだよ」



 それならばカリアが呪いに掛かっていた時、その周りはかなり沈んでいたのではないだろうか。ソラはそんなことを考ながら、ティアと共に食料調達のために街へと向かった。

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