第14話 大義名分

 ソラがハシクに会いに行っている丁度その頃、ティアはルノウの元にいた。



「では、私は村までお供すればよいのですか?」


「あぁ、ここで変にお前を引き留めるのもおかしな話だからな」



 そう言うルノウの様子はいつも通り。だからティアも何かを疑うということはしなかった。

 ティアがその場を離れるとすぐに、その場に一人の男が現れる。フードを深くかぶって顔を隠しているその男は、楽し気のその口を開いた。



「いや~、まさか国のお偉いさんが俺たちみたいなのを何度も雇ってくれるようになるとは思いませんでしたよ」



 その男はギルド所属のとあるクランのリーダーだった。



「最近、魔族側のとの争いで不穏な空気が流れていてな。そちらに割く戦力で精いっぱいなのだよ」



 ルノウの元には魔族と抗争していることに関する、無視できない有力な情報が寄せられていた。だから自分の部下ではなく彼らを頼った。それに加えて、ルノウとの関係の薄い人間の仕業ならディルバール一派に気付かれにくいと言う理由もあった。



「お前たちの実力は弟から聞いて信頼している。だが、失敗した時は――」


「分かってますよ、そのぐらい。俺たちみたいな殺し専門のグループは失敗したらほぼ確実に死ぬ。だが、依頼を誰から受けたのかを知っているのはかしらである俺だけだ。つまり、俺が口を割らなければあんたの悪事が世に出ることもねぇ」


「よくそんなので組織として成り立っているものだ。私からしたら不思議でたまらないね」


「そりゃあ――」



 フードをかぶった男の口元がにやりと笑う。

 それはひどく不気味で、狂気に満ちたものだった。



「殺しを楽しむ連中の集まりだからな」



 そんな男に、ルノウは忠告をする。



「分かっているな。殺すのは――」


「目標が村に着いてから村人もろとも、だろう?」



 ルノウにとってこれは国にとっての危険人物の排除であり、普段通りの行動。だが、後にルノウはこの選択を後悔することになる。道中でソラを狙う、もしくはソラのみを狙うと言う条件なら最悪の状況にはならなかった。だが、今のルノウにそれを知る由は無い。



「で、そいつのスキルは――」


「触れたものを消すことが出来ることと、相手の記憶を覗き見ることが出来るかもしれない、というものだ。後は……そうだな、兵士に混じって訓練している様子から感知スキルもあるかもしれないと言う話だ。一番厄介なのがスキルを消せることだ」



 感知スキルは訓練兵がグループに分かれて模擬戦をしたときにそうかもしれないと言う話が上がったことにより、そう言う推測が立った。その模擬戦は特段内密にしなければならないと言う訳ではないので、兵士として働いている人間が、後輩の実力を見に来ることも珍しくはない。その模擬戦におけるソラの動きは見る者が見れば分かる、明らかに戦況全体を把握していた上での動きだった。

 そしてルノウが最も警戒したスキルを消すことが出来ると言うスキル。戦闘においてスキルが優劣を決めると言っても過言ではないこの世界で、世界全体のバランスを揺るがしかねない程の代物だった。



「要はよく分かってねぇんだろ? それも含めて俺たちは慣れている。ま、大船に乗った気でいてくれていいぜ。このバジル様が直々に行くんだからな」



 ルノウはこのバジルと言う男を直接向かわせる代償として大金を払っていた。ソラのスキルはルノウにそこまでさせるほどに不気味で危険なものだった。尤も、バジルはその報酬が無くても行くつもりではあったのだが。村のために戦う。そんな人間が村を失った時、どんな表情をするのかが見たかった。他人が聞けば表情をしかめるような理由だったが、バジルと言う男が動くには十分な理由だった。



「全く、罪もない村を壊滅させるなんてあんたも随分な悪人だな」



 そんな言葉に対し、ルノウは首を横に振る。



「私は悪人ではない。”大義名分”と言う言葉を知っているか?」


「行動するための理由とかだろ? 人によって違うだろうが……」


「そうだな。一個人としてならその程度で終わる。だがな、もしそれが大衆にとっての大義名分なら重罪だろうが罪には問われない。それが例え人殺しだとしてもな。悪者が正義の味方を殺せば非難を受けるが、正義の味方が悪者を殺しても非難は受けない。それどころか拍手喝采で迎え入れられることさえある」


「つまり、自分は正義の味方だと?」


「あぁ、そうだ。国に仕える兵士だとしても、悪事を働いていない善人を殺せと命令されて躊躇わずに殺せるものはごく少数だ。だが、その対象が殺人犯なら話は別だ。自分は善で相手が悪。それだけで人間は罪悪感を抱きにくくなるものなのだよ」


「なるほどな。で、村を壊滅させることを厭わないあんたの大義名分ってのは何なんだ?」



 そんなバジルの質問に、ルノウは間髪入れずに答える。



「国にとって得か損か。それだけだ」


「たった一つの、それも辺境の村が国にとっての損だと?」


「あれは場所が悪いだけだ。そもそもあんな場所に人が住むなど――。いや、これはお前らが知るような事ではないな」


「あんたがそう言うんなら何も聞かねぇよ。その言い方だと知ってもいいことはなさそうだしな」


「賢明な判断だ」


「それにしても、あんたが初めてだ。殺しを正義だなんてことを言った人間は」


「これはただの受け売りだ」


「受け売り? ってことはそんなことを言っていた人間が他にいるって事か? 国ってのも恐ろしい組織だな」



 そんな言葉に、ルノウは首を横に振った。



「もう私しかいないさ」


「もう? なんだ、死んだのか」


「あぁ、殺した。正義の名の元にな」


「ほう。その時の正義も国のためか?」


「いいや、違う」



 ルノウにとって唯一、それだけが最初で最後の私情による殺しだった。ルノウの両親がかつてされたのと同じような状況を作り、殺した。



「なんだ、ずいぶんあやふやな正義だな」


「お前には関係のない話だ。さっさと行け」


「分かってるよ。じゃあな、いい知らせを期待しててくれ」



 そう言い残してバジルがその場を去った後、ルノウは一人呟いた。



「あいつらは私の両親を立場上邪魔だからなどと言うくだらない理由で殺した。だが、あいつらは罪に問われなかった。すべての悪事を私の両親に擦り付けたから。親が悪であいつらが善の構図が作られたから。善ならすべてが許される、この世界はそう言う風に出来ている。ならば私は常に善であり続け、どんな手を使ってでも両親が守ろうとしたこの国を守り続ける」

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