第15話 卒業

 ソラがティアと共に街に出てから数日後、他の訓練兵も実地訓練を終え戻って来た。

 その翌日、ソラ達とその同期である訓練兵たちは訓練場で整列していた。前にある朝礼台の様な場所へと上がったスフレアが声を張り上げる。



「これにて君たちは訓練兵を卒業します! しかし、大切なのはこれから先です! そのまま兵士に上がるも良し、別の道に進むもよし。どちらにせよ訓練兵として過ごして得たモノは無駄にはならないと思います。兵士を志願する者は明後日の正午にここへ集合してください。自分のこれから先を大きく左右する決断です。今日と明日の二日間ゆっくり考えてください。 私からの話は以上で終わります」



 そのまま解散となり、その場から訓練兵たちは散っていた。

 そんな中、ティアを含めたソラ達4人はディルバール家へと向かっていた。その道中、パリスが徐に口を開いた。



「ソラはいつ頃村に戻るんだ?」


「明後日の朝かな。あんまり待たせるのもあれだし……」


「待たせる?」


「え、あぁ、その、母さんが待ってるからさ」



 ソラはそう言いながら頭の中に浮かんだハシクの姿をかき消した。



「そっか、ソラさんはお母さんが待っててくれてるんだね」


「帰ったら農作業の手伝いかな。こうして戦う術も手に入れたことだし、狩りとかもいいかも」



 そんな会話を聞いて、ライムがティアに疑問を投げかけた。



「ティアはソラについて行くの?」


「はい。私の所有権はご主人様にありますから」



 そんな言葉に、ソラは何とも言えない表情をしながら言葉を返した。



「う~ん、間違っては無いけど……そう言われると、何か僕が悪者みたいに聞こえる気が……」



 ソラの反応を見たパリスたちはくすくすと笑っていた。

 そんな会話をしながらディルバール家に辿り着いたソラ達を、プレスチアが出迎えた。



「やあ、皆。卒業おめでとう」


「「「「ありがとうございます」」」」


「パリスから話は聞いているだろうが、私からのお祝いとしてちょっとした食事を用意した。案内するから付いて来てくれ」



 そう言って歩き出したプレスチアに、ソラ達はついて行った。

 食堂の前に付いて、プレスチアが扉を開けると同時にソラ達は目を見開いた。豪勢な料理が載せられた長い長方形の机。いや、それだけならその家で生活しているパリスとレシアは驚きはしない。問題は扉を開けたところにカリアがいたことである。

 固まる皆を代表してソラが口を開いた。



「何故カリア姫が――」


「」ジーッ


「な、なぜカリアがここに?」


「プレスチア様が招待してくださったのです。私がいては迷惑でしたか?」



 そう言って上目遣いで瞳を潤すカリアを見て、迷惑と言える者はその場にはいなかった。いや、そもそも誰も迷惑だなんて思ってはいないのだが。



「そんなことはありませんよ。食事は大人数で食べたほうが美味しいですし」



 そんなソラの言葉に、後ろからその様子を見ていた他のメンバーも頷いて見せる。

 それを見たカリアは嬉しそうな表情を浮かべて、パンッと一つ手を叩いた。



「では、冷めないうちにお料理を頂きましょう」



 そんなカリアの言葉でソラ、ライム、パリス、レシア、プレスチア、カリアの6人での食事会は幕を開けた。

 食べたことがないような豪勢な食事に、ソラとティア、ライムは感動していた。並べられていたのは普通に生活していれば、絶対に食べられないレベルの料理だったからだ。

 そんな料理に舌鼓を打ちながら、カリアが口を開いた。



「ソラ様は……いつ頃王都を出るのですか?」


「明後日の早朝に出ようかと思っています」


「そう……ですか……」



 あからさまにテンションの下がるカリアを見て、ソラは急いで口を開く。



「ま、また会えることもありますよ! 僕もそのうち王都に遊びに来ますから」


「そ、それなら私もソラ様のいる村に――」


「いや、それは難しいんじゃ……」


「そんなことはありません。そうですよね、プレスチア様」


「道中交戦的な魔物がほとんど出ないとはいえ、ソラ君の村までは日数がかかります。王族であるカリア姫が行くと言うのは少し難しいかと……」


「そ、そんな……」



 そんなカリアを横目に、パリスが口を開く。



「僕はそのうちソラの村に行かせてもらうよ。ソラに勝てるような実力を付けてから、必ず」


「その頃にはもう剣の握り方も忘れてるかもしれないけどね」


「なら出来るだけ早くしないといけないな。ライムも行くだろう? 僕が息抜きに街に出ている間にも、父上の元で鍛錬していたようだしね」


「もちろん。負け越したままってのも寝覚めが悪いし」


「お兄様が行くのなら私も行きます。私は剣術の方はからきしですけど、ソラさんの村のご飯は一度食べてみたいですから」



 そんな会話を眺めていたカリアが、目を潤わせながら頬を膨らませる。そんな様子を見て、プレスチアがあることを思いついて口を開く。



「カリア姫、そこの3人がカリア姫の護衛をできるぐらいの実力を付ければ一緒に行けるかもしれませんよ? ブライ陛下が満足するレベルでないと許可を出してくれないでしょうけど」


「ほ、本当ですか?」


「えぇ、私からもブライ陛下に申し上げておきます」



 そう言いながらプレスチアはにやりとした表情を3人に向けた。

 向けられた方は、カリアの期待の眼差しを見て苦笑いしか出来なかった。そんな変な空気をどうにかしようと、ソラが口を開く。



「ティ、ティアは農作業とかの経験は?」


「いえ、全くやったことがありません。教えていただければ私でも出来ると思うのですが、難しそうですか?」


「いや、作業自体はそんなに難しくないんだけど結構な重労働なんだよね。後は……やっぱり虫とかはいるから苦手なら結構しんどいかも」


「その程度なら大丈夫だと思います。それに、私は重労働の様なやりがいのある作業はとても得意ですので」


「それなら良かったよ」



 そんな会話を聞いたカリアは、不満げに口を開いた。



「ティアはついて行くのですね」


「それが仕事ですので」



 仕事だから。そんな理由を聞いて、カリアはハッとしたように声を挙げた。



「私が兵士か付き人の仕事に就けば――」



 そんなカリアの言葉をプレスチアが遮った。



「それはやめてください。私がブライ陛下に怒られます」


「では仕方がないですね。そちらの3人が護衛をしてくださる時まで待ちます」


(((何この重責)))



 そんな賑やかな食事会もあっという間に過ぎ去った。

 ソラ達はパリスとレシア、プレスチアに見送られてディルバール家を出た。その後、少し歩いたところでライムとも別れ、ソラ、ティア、カリアの3人は城の方へと向かって歩いた。



「今日は護衛の方はいないんですか?」


「えぇ、きっとお父様もソラ様の実力を信頼しているのです」



 カリアはそう言ったが、護衛はカリアの視界の外にきちんといる。ソラはそれを感知していたが、口にすることはしなかった。

 少し間をおいて、カリアは俯きながらソラに話しかける。



「ソラ様は明日1日の予定はあるのですか?」


「ティアと村に戻るまでの間の食料を買って、後はお世話になった人のところを回ろうかと。ルバルド兵士長はいないので手紙でも書いておくつもりですけど。良ければブライ陛下とハリア王妃、シュリアス王子の予定とか聞いておいてもらえませんか? まだ武器のお礼もお金のお礼もしてもらっていないので」


「武器とお金?」


「ほら、これです」



 そう言ってソラは腰に提げている二本の剣をカリアに見せた。



「これ、かなり高価なモノらしいんです。貰っておいて価値が分からないのが申し訳なくて……。お金の方は僕が村に戻るまでの資金をブライ陛下が支給してくれたんです。スフレア副兵士長やティアに聞いた感じただとかなり多いらしくて……」


「残っているお金で私とご主人様の分の食材を買っても、かなりの量が残ります」


「ですから、ブライ陛下には一度お礼を言いたいんです」


「そうだったのですか……。分かりました、お父様に話しておきます」



 そんな会話をしているうちに城の敷地内に入り、カリアと別れる場所まで辿り着いた。

 別れ際、カリアはどことなく溢れて来る寂しさに胸を締め付けられていた。またその内会えるとは言っても、明日が過ぎれば暫く会えない。カリアはそんな感情を表に出さないように、出来る限り明るく務めた。



「ソラ様、ティア、明日の朝も行きますね!」



 ソラとティアはそう言うカリアに手を振りながら宿舎へと戻った。

 そんなソラとティアの後ろ姿を眺めるカリアの姿は、寂寥感せきりょうかんを感じさせるものだった。

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