第12話 再会

 翌日、まだ皆が寝静まっている時間に宿舎のソラの部屋の扉がノックされた。



「ソラ様、起きていますか?」



 カリアはそう口にしたが、部屋からの返事は無かった。



「まだ眠っているのでしょうか……」



 カリアが少し残念そうな表情を浮かべてその場を立ち去ろうとした時、その扉は開かれた。カリアが驚いてそちらを見ると、そこにはソラではなくティアが立っていた。



「な、なぜティアがここに?」


「ご主人様が起きる前に部屋の掃除を済ませるのが私の日課なので」



 そんな日課を聞いて若干引きつつも、カリアはどうにか立て直した。



「い、いえ、そういうことではなく……。ティアはソラ様の部屋で何を?」


「ソラ様が起きるのを待っているのです。カリア姫も入りますか?」



 カリアにはそれがいけないことだという事を何となく分かっていた。寝ている人間の部屋に勝手に忍び込むなど、良いことであるはずがない。少なくとも、上品な王族のするような事ではない。きっとティアは育つ環境が違うからものの見方も違うのだろう。そう自分に言い聞かせた。だが――。


「……入ります」



 カリアは煩悩に逆らえなかった。

 部屋に入ると、そこには寝息を立てているソラの姿があった。ソラが横になっているベッドの横に椅子を二つ並べて、カリアとティアで横並びに座った。



「良く寝ていますね……」


「ご主人様は訓練で王都を離れていた際、夜の見張りを一人でしていたので昼夜が逆転しているみたいです。昨日も王都に着く直前まで馬車の荷台で寝ていたので、なかなか寝付けなかったんだと思います」



 そんな言葉を聞いて、カリアは疲れているのだろうなとその寝顔を眺めていた。



「ですが、兵舎の鐘の音が鳴ったら起こすように言われているのでそうします」


「疲れているのなら休んだ方がいいのではないですか?」


「ご主人様曰く、村の朝は早いから王都を出るまでには元に戻しておきたい、だそうです」



 そんな言葉にカリアはハッとする。ここ数か月、ソラのところに通うのが日課のようになっていてそのことを全く考えていなかったのだ。唐突に不安に駆られたカリアは、ソラがまだ眠っているのを確認してから口を開いた。



「ソラ様はいつ頃村に戻るのですか?」


「まだ決めていないみたいです。ただ、今日の内にそれを考えると」


「そう……ですか……」



 そんな悲しそうな声を出しながら、カリアはソラの顔を覗き込んだ。そして目が合った。



「……あれ? ここどこ?」


「ご主人様の部屋です。カリア姫が来ていたのでお通ししました」


「え、あ~、うん、その、ありがとう。でも僕が寝ている間に人を通すのは止めて欲しいかも」


「すみません……」



 ソラはそう謝りながらしょんぼりとするティアをどうにか慰めながら、カリアの方に視線を向けた。



「まさかカリア姫が入ってきているとは思いませんでした」


「い、いえ、最初はティアに注意しようとしたのです。眠っているソラ様の部屋に勝手に入ってはいけないと。ですが、その……」



 煩悩に負けました、なんてことをカリアは言えなかった。それから少しの間、それっぽい言い訳を頭の中で考えてはみるものの何も思い浮かばなかった。



「すみませんでした」


「いえ、別にいいですよ。ティアはいつもこうしている訳ですし」



 ソラはそんな言葉の後、空気が少しぴりついたのを肌で感じた。



「それはソラ様のご命令なのでしょうか?」


「い、いえ、違いますよ? そ、そんな目で見ないで下さい! ティアに聞けば分かることです!」



 そう言われたカリアは、ティアの方に体ごと向き直った。その謎の圧力のあるカリアの視線にこたえるべく、ティアは口を開いた。



「本当です。ご主人様は私に命令なんてしないので、私がやっているのは全て自分で決めて動いていることです」


「ですが、殿方の眠っているところに勝手に入り込むのはどうかと思います」



 それは自虐のつもりなのだろうか。そんな考えがソラの頭を一瞬よぎったが、口には出さなかった。

 カリアの言葉を受け、ティアは不安げにソラに視線を向けた。



「ご主人様、迷惑だったでしょうか?」



 ソラはその言葉に少し考えこんだ。ティアが楽だからと言う理由で今まで何も言わなかった。そう、例え寝ている間に自室が勝手に掃除されていたとしても。だが、流石に何も言わないと言うのもティアのためにならないのかもしれない。そう思ったから出来るだけ優しく、正直にティアに答えた。



「迷惑って訳じゃないんだけどさ……。流石に寝ている間に部屋を掃除するのは止めて欲しいかな」


「……すみません、私はただ――」


「ティアが好意でやってくれてたのは分かってるよ。だから何も言わなかったんだ。全然怒ってないから気にしなくてもいいよ。僕もこれから先止めて欲しいことは正直に言うからさ。その時は少しずつでも直してもらえると助かるよ」



 そんなソラの言葉を聞いて、ティアはどこか見透かされたような気持ちになった。ティアは無意識にソラに嫌われ、捨てられることを恐れて咄嗟に言い訳を始めようとした。だが、ソラはそんなティアの行動を好意でやっていたことを知っていると言葉で伝え、どうして欲しいかを口にした。勿論、命令といった形では無くだ。

 もし最初に自分を拾っていてくれたのがソラだったら。そんな妄想が一瞬浮かんだが、ティアはそれをかき消した。今までの過去が無ければソラと出会う事なんて絶対に無かった。十中八九、その時はティアではなく別の人間がソラの元へと付くことになっていただろう。ティアは今まで恨めしくしかなかった過去に、初めてそれ以外の思いを抱いた。



「分かりました。何かあったらまた言って下さい」


「そうさせてもらうよ」



 そんな二人の親し気な会話を少し羨ましそうに眺めていたカリアは、話が一区切りついたのを察して口を開いた。



「ソラ様、ティア、食事にしましょう」


「いつもすみません」


「ありがとうございます」



 カリアは二人にバスケットに入っている簡単な食事を二人に手渡そうとするが、ソラとティアの手に届く寸前でピクリと止まった。

 それを見て不思議そうな顔をしている二人に、カリアはにこりと笑って口を開いた。



「言うのが遅れてしまいましたが、お二人ともご無事でよかったです。おかえりなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る