第11話 神を語る獣

「ご主人様、一体どこへ……」


「着いたら説明するよ」



 そう言ってソラは壁のすぐそばの木陰に隠れた。ソラの感知範囲――つまり、スキルを発動させることのできる範囲の広さならこの距離からでも壁を越えて王都の外までの移動は出来る。ソラのスキルを使った移動は移動先との距離を消す。つまり、間に障害物があろうがなかろうと関係ない。



「ティア、ちょっと目を瞑ってて」


「は、はい!」



 ティアが目を瞑ったのを確認してから、ソラはスキルを使って壁の外側へとティアと共に移動した。



「ティア、もう目を開けてもいいよ」



 そう言われて瞼を上げたティアの目に飛び込んできたのは、王都を囲う壁にもたれかかり、ぐったりとしている老人だった。



(確かご主人様が見ていた……)


「えっと……。白狼様、とかで呼び方は良いですか?」


「いや……我のことはハシクと呼ぶがよい……」



 なぜそんなに元気がないのか。そう思ったソラは、何故ついて来るのかという本題に入る前にそれを聞くことにした。



「どうかされたんですか?」


「おぉ、聞いてくれるか人間よ。実はな、我の暇つぶし――ではなく気まぐれでお主について行くことに決めたのだが――」



 完全に混乱しているソラのことなどつゆ知らず、ハシクは言葉続ける。



「金がないゆえに門前払いをされてしまってな……。我は今意気揚々とした気分を蹴り飛ばされて落ち込んでおるのだよ」


「僕に助けを求めたりはしなかったんですか?」


「気まぐれと言っても半分恩返しのようなものだ。我はこれでも崇拝されるような存在なのだ。だから恩の重ね着のような真似をする気はない。それをしてしまっては意味がないのだ」



 そんな言葉を聞いて、ソラの頭にとある案がよぎる。



「ハシクさ――」


「ハシクでよい。後、我に敬語を使うことを禁ずる。堅苦しいのは嫌いなのだ」



 なんか聞き覚えのある命令だな。そんなことをふと思ったが、今はそれどころではないと判断したソラはそれを口に出さなかった。



「ハシク。実は僕、近いうちにここを出るんだ」


「おぉ、それは誠か!」


「僕が行くところはここら辺と違って物静かな所なんだけど、それでもいいなら一つお願いがあるんだ」


「うむ、我は静かな所の方が好みだ。それに恩を返せるのなら断る理由はない。まぁ、我は元から断るつもりは無かったのだが。それで、その望みと言うのは?」


「それはここを出るときに話すよ。後その場所へはこの子も一緒に行くから、一度本来の姿を見せてあげて欲しい」


「……そやつは信頼できるのか? 我は我を利用しようとする人間が嫌いなのだ。奴らの目は好かん」


「この子は僕が保証するよ」


「良かろう。では――」


「えっと、もう少しあっちにいってからにしてもらえると助かるかな。ここだと目立ちすぎるから……」



 ソラ達のいる場所は関所から離れていて顔を認識できるような距離ではないが、関所で列を作っている人間からはぎりぎり見える位置だった。いくら離れていて日が沈んでいるとは言っても、背の高さだけで成人の倍はある白狼が現れれば目立つのは必至だった。



「お主がそう言うならそうしよう」



 そういいながらハシクはその腰を上げた。そんな姿を、ソラは改めてみる。姿は人間の老人そのものだが、その眼光の鋭さからはただの老いぼれではないことが分かる。

 ここまで来て、口を閉ざしていたティアが口を開く。



「ご主人様、この方は一体……」


「ついて行けば分かるよ。何というか……驚き過ぎて腰を抜かさないように気を付けてね」


「?」



 そんなソラの言葉に首を傾げつつも、ティアは近くの木々の生い茂っているちょっとした林へと入っていった。



「この辺りなら問題なさそうだな」



 そう言うとハシクの体が光で包まれ、やがてソラの出会った白狼の姿へと戻った。それはソラが初めて会った時と違い、その白銀の体毛は木々の隙間から差し込む月明かりによって神秘的に照らし出されていた。

 そんな姿にティアは言葉を失って見入っていた。



「それでソラ、我はどの程度ここらで待っておればよいのだ?」


「ごめん、それはまだ決まってないんだ。取り敢えず明日の夜までに決めるから、その時にここまで報告しに来るよ」


「うむ。ではそれまで我はのんびりと待つとしよう」



 話が決まってその場を去ろうとして、ようやくソラはティアがまだ動き出せていないことに気が付く。



「ティア、大丈夫?」


「え、あぁ、えと、すみません、話を何も聞いていなくて……」


「いいよ、後で聞いてくれれば僕が話すから」


「本当に、すみませんでした」


「気にしなくていいよ。僕もハシクに気が付いた時はかなり驚いたし」


「その割には我に攻撃を仕掛けようとしたように見えたが……」


「あれはその……ハシクたちに襲われたら助からないだろうからその前にと思いまして……ごめんなさい」


「よいよい。不用意に近づいた我も悪かったからな。それにしても、お主のスキルは中々面白そうだな」


「それは――」



 ソラはティアの方をちらりと見る。ティアはソラのスキルを怖がらないと断言した。そして、目の前にいるハシクは間違いなく怖がったりしないだろうことはソラにも何となくわかっていた。

 スキルを秘匿しているのはルノウ大臣に警戒されないようにである。つまり、もしもルノウ大臣とは関係のない、村での生活に戻れたらその必要性は無くなる。



「王都を出たらちゃんと話すよ。ティアにもね」



 ソラは笑顔を浮かべてそう言った。今までせっかく出来た仲間にさえ秘匿していたスキルを誰かに話せる。それがソラは嬉しかった。人間関係は隠し事を全くしないことが良好と言う訳ではない。それでも、ソラは隠し事をしていることをあまり快くは思っていなかった。

 その後ソラとティアはハシクと別れ、王都の外に出たのと同じ方法で王都に戻った。



「せっかくだからちょっと夜風に当たってから帰ろうか。ティアは道とか分かる?」


「すみません、分かる場所もあるのですがこの辺りは――」



 そう言いながら申し訳なさそうにするティアを見て、ソラは慰めるように声を掛けた。



「別に気にしなくていいよ。適当に見て回るのも面白そうだしさ」



 そんなソラの言葉に感謝しながら、ティアはソラの後に続いた。





 城へと報告のために戻ったスフレアを真っ先に出迎えたのはカリアだった。

 城のある区域へと繋がる大きな門をくぐると、カリアがスフレアの元へと駆けよってきた。その後ろにいた護衛の兵士は心なしかぐったりとしていた。



「スフレア、ソラ様はいないのですか?」


「王都には戻ってきていますが、宿舎に戻るのはもう少し先になると思いますよ。なので、カリア姫は先に休まれた方が――」


「いえ、私なら大丈夫です。それで、ソラ様はどの辺りにいるのですか?」



 スフレアは後ろの兵士の疲労している様子から、カリアがしばらくの間動き回っていたことを察した。その考察通り、カリアはスフレアが出て行った後もルバルドの出立の手伝いに駆け回っていた。

 そんなカリアを諭すようにスフレアは声を掛けた。



「カリア姫、ソラも短い日数ではありましたが疲れていると思います。ソラのためにも会うのは明日にしてはいかがですか? 王都を出ている間は簡単なものしか口にしていないので、美味しい食べ物でも渡せばソラも喜んでくれると思いますよ」


「た、確かにスフレアの言う通りですね。分りました。今から明日の朝食の準備をしてきます!」


「え? あ、いえ、カリア姫、別に今からでなくとも――」



 そんなスフレアの言葉もむなしく、カリアはそれが自分の元へと届く前に颯爽と城の厨房目指して行ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る