第10話 帰還
関所を超えて王都に入るなり、ソラ達は装備を整えたルバルドに声を掛けられた。
「ソラ、すまないが少し俺に付き合ってくれないか? 勿論、他の皆もだ」
「それは良いですけど、何かあったんですか?」
「実は――」
ハシクの使用した雷属性と光属性による複合魔法。それは信じがたいレベルの威力なのは間違いない。そんなものが王都からさほど離れていない場所で発生した。それを受け、国はルバルドにその調査を命令した。というのがルバルドの弁だった。
「……」
ソラは何も言えなかった。今現在王都の関所にその犯人がいるなんて話をしたとして、誰が信じるだろうか。そう思いながらソラは関所の方に目をやった。そこには銀色の長髪をたなびかせている年配の男性が関所の兵士と何やら言い争っている姿があった。ソラが関所について馬車を降りた際、感知範囲で人間の姿になったためにソラはそれが白狼であるとすぐに判断できた。その際にソラの頭が完全にフリーズして周りから変な目で見られたが、そんな衝撃に対する耐性はソラでなくとも持ち合わせていない。
「なんでもいいから思い当たることがあったら教えて欲しい」
黙り込んだソラの代わりに、パリスが答えた。
「そういえば、魔法の前に遠吠えのようなものが聞こえた気がします」
「遠吠え? スフレアの手紙にはそんなことは……」
そう言いながら、ルバルドはスフレアの方を見た。
「あの辺りは狼型の魔物が多いのでそのせいかと思っていたのですが……」
「お兄様のおっしゃっている遠吠えは魔物のそれとは少し違っていた気がします。私たちも道中魔物の遠吠えは聞いていましたが、それよりも力強いものでした。あの時はスフレア副兵士長とはまだ距離があったので聞こえ方が違うかったのかもしれません」
「ふむ、となると大型の魔物の可能性があるな。ならば少し編成を考えたほうがよさそうだな。他にはないか?」
そんなルバルドに、白狼のことを隠しているソラが申し訳なさそうに申し出た。
「あ、あの……」
「どうしたソラ、どんな小さいことでもいいから言ってくれ」
「えっと――」
そこでソラは少し考える。隠れて付いて来ている白狼のことを考慮すれば、白狼は目立つのをあまり好まないのかもしれない。だが、このまま何も言わないのは皆に申し訳ない。なので、白狼のことをぼかしながら伝えればいいとソラは結論付けた。
「遠目で、それも暗い時間帯で月明かりでやっと見えていたぐらいなので気のせいかもしれませんが、僕らが戦った魔物よりも大きい白銀の体毛をした魔物をちらりと見かけました」
そんな言葉にルバルドとスフレアは少し考えこんだが、パリスは間を空けずに反論した。
「ちょっと待てソラ。なぜすぐに言わなかったんだ?」
「ほら、僕が一人で見張りをしてた時だし、もしかしたら何かの見間違いかもしれなかったし……」
ソラが悪いかのように言うパリスに若干の不満を抱きつつも、ソラは何も言い返さなかった。一方のパリスも過ぎたことだからとそれ以上は言及しなかった。
そんな会話を気にも留めず、ルバルドは呟くように声を発した。
「神獣……」
そんなつぶやきに真っ先に反応したのはレシアだった。
「神獣はこんな人のいるところに現れるものなのでしょうか?」
「いや、俺は人里から離れた山奥で生活していると聞いていたんだが……。スフレアはそんな話を聞いたことはあるか?」
「何十年か前に王都に来た商人が神獣を見たという話を聞いたことがあります。ですが、それも本当に神獣だったのかは定かでは……」
そんな会話を横目に、ソラの視線は関所で言い争っている老人の方へと向いていた。
「ご主人様、あちらに何かあるのですか?」
「いや、別に大したことじゃないんだけどさ……。あの人どうしたんだろうと思って」
そんなソラの疑問に、スフレアが答える。
「通行料を持っていないとかではないでしょうか。若い方なら王都で通行料の代わりとして労働力で支払うことも出来ますが、ご年配の方はそう言う訳にはいかないので珍しい話ではありません」
出来れば助けてあげたい。そう思ってソラは自分の懐に仕舞っていた巾着の中身を見る。その中にお金が入っていない事は無いが、とても寂しい状態だった。そもそも村を出て王都の関所を通った時点でほぼ一文無しみたいな状態だったのだ。
巾着を覗いて虚しそうな表情をしていたソラに、レシアが気が付いて声を掛けた。
「ソラさん、それなんですか?」
「いや、えっと、恥ずかしい話なんだけどさ……僕の今の全財産」
そう言ってソラは巾着の中身をみんなに見せた。皆は哀れみの表情を浮かべるとともに、一つ疑問に思った事があった。その場を代表して、パリスが口を開いた。
「ブライ陛下からカリア姫の呪いを解いた報酬に金銭を要求したりはしなかったのか?」
「お金が無くても兵舎では生活できたから別にいいかなって。何より村に戻ったらお金なんてほとんど使わないし」
その場の全員が不思議そうな顔をしたので、ソラは続けて説明した。
「僕のいた村は基本的に自給自足なんだよ。たまに来る商人とは基本的に村で育った野菜とかと物々交換で済ませてるんだ。まぁ、近くに街とか無いからほとんど商人の人とその護衛の人が食べるんだけど。で、稀に僕らが差し出した対価を払いきれないときはお金をくれるんだけど、そんな村だから使い道がないんだよ。そのお金を全部持ってきて、関所でお金払ったらこうなった」
笑みを浮かべながらそう言うソラにルバルドが付け加える。
「俺も一度ソラの村には行ったが、確かに飯は美味かったな。ほとんど味付けをしてないから質素なものではあったが、俺は嫌いじゃなかった。近くに街がないのに村に寄る商人の気持ちも少しは分かるな」
「調味料とかは貴重なのであまりないんですよ。逆に僕は兵舎での食事にかなり衝撃を受けましたけどね。人が食べやすいように味付けしている方がやっぱり美味しい気がします」
「素材の味と言うやつなのだろうな。っと、こんなところで油を売っている場合ではなかったな。他に無いようなら俺は行かせてもらうぞ」
誰もそれ以上思いつくことが無く、声を発さなかったためルバルドはそのままその場を後にした。
ソラは、ルバルドがいる間一言も声を発さなかったライムに声を掛けた。
「ライム、流石に緊張しすぎじゃない?」
「僕からしたら何でソラがそんな自然体でルバルド兵士長と接せるのか不思議なんだけど」
「いや、そんなこと言われても……」
そんな様子を見て、スフレアがクスリと笑う。
「そう言えばライムはルバルド兵士長に憧れていたんでしたね」
「は、はい! ルバルド兵士長みたいになりたくて兵士を志望しました」
「そうですか。目標がかなり高いのでそれに見合う努力は必要かもしれませんけど、諦めずに頑張ってくださいね。さて、皆さんも疲れているでしょうし、この辺りで解散しましょうか。」
そんなスフレアの言葉でそれぞれが解散することになった。その時、スフレアはソラが自分と別方向に行こうとしていることに気が付いて呼び止めた。城に報告に行くスフレアと、そのすぐそばにある兵舎へと向かうソラは同じ行先のはずである。
「ソラ、どこへ行くのですか?」
「さっきまで寝ていたせいであまり眠たくないので、少し散歩でもしようかと思いまして。それに、王都へ来てからずっと兵舎にいたので、街の様子をほとんど見ていませんし」
「そうですか。あまり人通りの少ない道には入らないように気を付けてください。散歩するだけなら人通りが多くて明るいところをお勧めします。街のゴロツキにも手練れはいますので」
「注意ありがとうございます。気を付けます」
そんな会話をしていたソラにティアが声を掛ける。
「ご主人様、それなら私も一緒にいいですか?」
「……うん、いいよ」
少しの間の理由をティアは考えてみたが、その場で理解することは出来なかった。
そのままスフレアと別れた二人は、街ではなく、王都を囲っている壁の方へと向かって行った。
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