第09話 使い方

 ソラ達の馬車が翌日進み始めてお昼を回った頃、訓練兵が王都へと辿り着いた。それと同日、ソラ達と合流したスフレアの指示によって、報告のために先立って王都へ向かっていた兵士も無事帰還した。

 それを聞いたカリアは、ソラの安否を確認するためにルバルドの元へと駆けた。



「ルバルド、ソラ様たちは無事なのですか?」


「私が受けた報告によればそのようです」


「そうですか……。良かった……」


「カリア姫⁉」



 そう言って崩れ落ちるカリアをルバルドはどうにか受け止めた。



「安心したら腰が抜けてしまって……。それで、ルバルドの顔色が優れないのはどうしてなのですか?」



 カリアのそんな質問にルバルドは少し言いづらそうに答えた。



「訓練兵の目的地に何か・・がいるようでして……。スフレアが戻ってきたら、私が入れ替わりで向かう予定です」


「……強敵なのですか?」


「いえ、正体は分かりません。分かるのは得体が知れないという事だけです。そちらは私たちの担当なのでお任せください。なのでカリア姫は気にせず、帰ってきたソラを出迎えてあげてください」


「そ、そうですね、そうします」



 カリアはルバルドの手を借りながらどうにか立ち上がり、そのことを報告すべく王室へと駆けて行った。それを見送ったルバルドは再び真剣な表情に戻る。



(大規模な雷と光の複合魔法か……。ルノウ大臣とプレスチア大臣の下についている兵士も借りて王都の防衛が最低限果たせるだけの兵士を残していくのが賢明か)






 ルバルドが部隊の編成に頭を悩ませている頃、ソラの同じく頭を悩ませていた。



(……皆から見えない位置で追従してくる白狼が気になりすぎて眠れない……。かと言ってここを抜け出すとスフレア副兵士長の感知スキルで気付かれる可能性が……。いや、そもそもあの白狼のことを隠す必要はあるのかな? ……ルノウ大臣に警戒されると面倒だしやめとこう)



 ソラはそんな思いを胸にスフレアの操作する馬車の荷台で揺られながら横になっていた。だが、平たんな道を走っていることもあり、不規則な揺れが徐々にソラの眠気を加速させていった。

 それから暫くして、ティアと共に横になっているソラはついに意識を手放した。それ確認したパリスは、おもむろに口を開いた。



「スフレア副兵士長」


「なんですか?」



 スフレアは馬車の手綱を扱い、視線を前方から動かすことなく答える。



「僕らはいつになったら戦線に出られるんですか?」



 パリスの言っている戦線と言うのは、魔族との小競り合いのことである。大きな戦はここ暫くないが、小競り合いなら決して少ないとは言えない頻度で発生していた。

 そして、そんなパリスの意図をスフレアは何となく察していた。



「訓練兵から兵士に上がってすぐに戦線に出すようなことはありません。あるとしても後方支援です。それと、別に戦線に出たからと言って実力が付くわけでも、スキルが確実に手に入ると言う訳でもありません。なにより、死んでしまっては意味は無いのですよ?」



 パリスはソラとの実力差に焦っていた。そんな時にスフレアから聞いた死線をくぐればスキルを得るのも難しくないと言う話。だが、それは相応の対価を支払わなければならない。死と隣り合わせの状況で手に入れたスキルは大抵、その場で生き残るためのスキルとなる。戦線でのそれは、単純な戦闘能力の向上を意味していた。

 パリスはスフレアのその言葉に黙り込んだ。そして、ソラとの実力差を感じているのはライム、レシアも同様だった。単純な一対一での勝負もそうだが、集団での模擬戦だってソラに助けられた場面は少なくなかった。

 そんな三人の様子を見てスフレアは口を開いた。



「そんなに焦る必要はないと思いますよ。別にソラと敵対する訳でもないのですから、あなたたちは自分のペースで実力を付ければいいのです。明確な目標があるのは良いことですが、そればかりに目を奪われるのは問題ですよ」



 そんな言葉に、3人はそれぞれ考え込んだ。

 暫くの沈黙が続いた後、最初にそれを破ったのはライムだった。



「スフレア副兵士長は、訓練兵の頃はどんな鍛錬をしていたのですか?」



 スフレアは「人それぞれなので一概には言えませんが」と前置きをしてからライムの質問に答えた。



「私はスキルをどう使うかを考えましたね。私の場合はスキルの種類が豊富だったので、状況によって使い分けられるようにです。例えば――」



 そう言ってスフレアはレイピア鞘から抜いて、馬車の外側に伸ばした。次の瞬間、レイピアの切っ先から炎がボワッと燃え上がり、すぐに消えた。



「これは攻撃を後方に避けられた時に追撃するための方法です。反対の手で魔法を放つより早く、正確に敵に届きます。単純な剣術も勿論大切ですが、スキルの使い方も同じぐらい大切です。これは私の持論ですが、近接戦においては剣術にスキルを組み込めればそれが最良だと思います。同じスキルでも、使い方によってその効果は大きく異なるものです」



 それはソラがやっていることだった。「モノを消せる」というところから「距離を消そうとした」のは最初に気が付いた効果から発展させたものである。ディルバール家の訓練場でソラが見せたのが『属性(黒)』によるものだという事は全員が察していた。だからこそ、方法は分からずともソラがスフレアの言葉通りスキルの使い方を工夫しているのは皆分かっていた。



「でもそれはスキルによって大きく異なります。ライムの場合は……そうですね、出来るだけ早く軽重を切り替えられるように、もしくはどれだけ軽重の差を付けられるか、みたいな感じだと思います。パリスはそれこそ応用を利かせやすいスキルなので、あなた次第だと思います。レシアの場合は属性を二つ持っているので、私のように平均的に習熟度を上げて状況に応じて使い分けられるようにしてもいいですし、得意な方に特化させてもいいと思います。一長一短なので、どちらの方がいいという事は無いのですけどね」



 そんなスフレアからのアドバイスを聞きながら、馬車は進んでいった。





 ソラは差し込んだ月明かりで目を覚ます。流石にこれだけ続くと違和感すら無くなるものなのだなと思いながら体を起こした。それと同時に一人頭を抱えた。いつまでついて来るのかと心の中で問いかけるが、勿論それが届くはずも無い。

 そんなソラに気が付いたティアが声を掛けた。



「おはようございます、ご主人様。もう少しで王都に着きますよ」



 そう言われてソラが幌から顔を出すと、遠くにソラが王都に来た時に通った関所が見えていた。ソラは夜風に当たりながら、これから先のことに思いを馳せた。

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