第09話 模擬戦

 パリスの望みによって、翌日からはソラ、ライム、パリスの三人は兵士用の訓練場ではなくディルバール家で訓練をすることになった。



「パリス、ティアを連れて行ってもいい?」


「……いいのか?」


「詳しくは聞かないで欲しいんだけど、ティアは信用してもらって大丈夫だよ」


「ソラがそう言うならいいよ」


「ありがとう」


「ありがとうございます」



 ソラに続いて、ティアもぺこりと頭を下げた。

 そんなティアを見て、ライムが独り言のように呟いた。



「付き人かぁ」


「ライムは付き人とか雇わないの?」


「なりたての貴族の家にそんな余裕ないよ。付き人にはある程度の技術もいるからさ。そのせいで付き人って雇おうとしたらそれなりの大金が必要になるんだ。例え奴隷でも技術を持った者は高値で取引されてるよ。何より主人との信頼関係が必要だから、付き人は付けないって人も少なくないんだ。ソラも貰ったって言っても食費とか掛かるだろ?」


「それは知らないうちに食堂でもティアの分が貰えるようになってたから掛かってない。と言うか僕、ほぼ一文無しだし」



 ソラの一文無しと言う言葉に首を傾げながら、パリスが口を開いた。



「カリア姫の呪いを解いた時に報奨金とか出なかったのか?」


「欲しいもの聞かれたけど、あの時は特に思い当たるものが無かったから何も貰ってないよ。……あぁ、宿舎の僕の隣の部屋をティア用に借りはしたかな。多分、食堂での食事はその時に気を遣ってくれたんだと思う」



 そんな会話をしながら三人はディルバール家の地下にある訓練場へと向かった。

 そこには動きやすい服装に簡単な防具を身に着け、木剣を片手に簡単に素振りをするプレスチアの姿があった。



「やあ、パリス、ライム君、ソラ君」


「父上がなぜここに?」


「ルバルド兵士長から頼まれてね。本来、ルバルド兵士長の監督の下で訓練しないといけないからね。私はその代わりと言う訳さ」


「そうなのですか! 父上に稽古をつけてもらえるなんて嬉しいです!」


「あくまで監督をするだけだよ。私も少し参加させてもらうつもりではいるがね。それで、今日は誰からやるんだ?」



 そんな言葉に真っ先に反応したのはライムだった。



「僕がソラとやりたいです! 昨日は何もしませんでしたし、まだスキルを使ったソラと戦ってないので」


「ソラ君の方はいいかな?」


「はい、構いません」



 ソラとライムはプレスチアが用意しておいてくれた木剣を借り、武器を構えて向かい合った。そして、二言三言話した後に始めの合図が下されたが、それはすぐに終わった。



「……」


「えっと、その……なんかごめん」



 始まって一秒も経たないうちに、ソラの小太刀がライムの首筋にあてがわれていた。事の発端はライムの「全力で戦ってくれ」の一言。そして、ソラは考えた。どうすれば全力に当てはまるのだろうと。武器を消したら訓練にならないし、ライム自身を消すと言うのは論外。その結果出た結論がライムと自分の目の前の空間との距離を消すというものだった。ライムからしてみれば、試合が始まった瞬間に視界が切り替わり、目前にはソラ、首元には既に木剣が付きつけられているという抵抗のしようがない状態だった。



「ハッハッハ。ソラ君のスキルは凄いね。ソラ君の相手は私がすることにしようか」


「お、お手柔らかにお願いします」


「ソラ君相手にお手柔らかに、というのはちょっと難しい気もするがね。でも、善処するとしよう」



 そんなソラに、ライムは悔しそうな表情を浮かべながら話しかけた。



「ソラ」


「?」


「ずるい」


「いや、そんなこと言われても……」



 その後ライムとパリスが模擬戦をすることになり、それを眺めながらソラはプレスチアと話していた。



「ソラ君、君のスキルについては詳しくは聞かないけれど、一つだけ言わせてくれ。使い方を絶対に間違えないで欲しい。私はソラ君と会って間もないが、そんな注意が必要なぐらい強力なスキルという事は分かる」


「それは自分でも分かっているつもりです」



 それはソラ自身が誰よりも分かっていた。ティアの奴隷紋を消そうとした時にティアの全てを見て、それを自由に消せることを知ってから。そのことをソラは誰にも言っていないため、プレスチアも知らない。だが、それを知らなくともプレスチアが危ないと思うには十分すぎるぐらい強力なスキルだった。



「そうか。それなら一つ、目的を決めておくと良い」


「目的ですか?」


「そうだ。自分が力を使う目的。そのためなら躊躇うことなくそのスキルを使えるような目的。条件と言ってもいいかもしれないね」



 そう言われて、ソラは一つのことを思い出した。パリスに初めて勝った時、ソラはスキルの詳細が発覚することを恐れなかった。寧ろ、自分からスキルの可能性を広げた。それは今でも後悔はしていないし、間違っていたとも思っていない。もし同じ状況になっても、同じことをしたと言える自信がソラにはあった。だからソラは、その時と同じことを条件にすることにした。



「……誰かを助けられる時。それを条件にします」


「いい条件だ。だが、君はまだ若い。これから先、それが変わることもあるだろう。だからそれが違うと思ったときはまた自分で考えてみると良い」



 プレスチアはそれを聞いて安心した。人として間違ったような方向に進む事は今のまま行けば無いだろうと。それと同時に、ルノウからの干渉を恐れた。ルノウはどんな手でも使う。もしそれがソラの周りの人間を巻き込むようなことになったら、今のソラの条件に当てはまってしまう。その場合、恐らく相手は人間。そんな状況でソラがどういった判断を下すのかは、プレスチアにも分からなかった。それが怖かったのだ。

 そんなことを考えていたプレスチアに声が掛かる。



「父上、僕らの戦い見ていましたか?」


「あぁ、すまない。少しソラ君と話をしていてね」


「それでどっちが勝ったの?」


「僕が負けたよ。ちょっと失敗してパリスにスキル使われてさ。スキル使われたら対応できないって結構つらいな」


「それを言ったらすぐにあんなスキルを瞬時に発動できるソラなんてほぼ反則だろう?」


「ソラは仕方ないだろう?」


「まぁ、今のパリスやライム君では相手にならないだろうな。以前のように手加減してくれなければだが」


「「」」ムカッ


「いや、そんな目で見られても……」



 プレスチアが煽った影響もあり、その日はライムとパリスが交代でソラに挑むという形になっていた。しかしスキルを隠すのをやめたソラに勝てるはずもなく、ソラの全勝だった。寧ろ、ソラは自分でスキルを使うようになって感知の精度が上がり、最後にはパリスの幻影は出現したかどうかすら分からない速度で消されていった。

 それに加え、スキルを継続して使っているソラの体は模擬戦でスキルを使った程度では大して疲れなくなっていた。最も、それはソラがスキルを使えば戦いが一瞬で終わると言うのも大きく関わっているのだが。





「じゃあね、ソラ、ライム、ティア」


「うん、また明日」


「明日は負けないよ」


「お邪魔しましました」



 3人を見送ってから、パリスは何と無くプレスチアに聞いてみた。



「父上、どうやったらソラに勝てると思いますか?」


「それは答えられないな。パリスのスキルだって十分特殊で希少なスキルだ。使い方はパリス次第だからね」


「そうですね……」



 そんな自信なさげにする息子に、プレスチアは出来るだけ優しく語り掛ける。



「別に一対一の結果だけが強さじゃない。パリスはパリスなりに努力をすればいいんじゃないか? これからは特にね」



 ソラ達には実践が迫っている。少数で複数を相手にすることだってある。それは決して、一対一での技術だけで乗り切れるようなものではない。過去にその状況を乗り切ってきたプレスチアは、それをよく知っていた。



「そうですね。実力が付いても扱い方を知らないと意味がないでしょうし」


「その通りだ。頑張れよ、パリス」


「はい、父上!」



 そう答えるパリスを見て、プレスチアは少し喜んでいた。兵士の訓練に参加し、半年がたつ頃にはパリスの鍛錬に対する姿勢は変わってしまっていたのだ。上ばかりを見て、下にいるものを見下す。それは成長しようとする分には決して悪いものではなかったかもしれないが、連携が必要な実践においては邪魔にしかならない。結果的にソラの方が実力やスキルにおいて上であったとしても、それを通じて接したライムの存在はパリスに少なくない影響を与えていた。ライムに会ったお陰で自分より下にも、自分に近い者がいるということを理解できたのだ。





 ソラは夕食を食堂でとった後で、ティアを大事な話があると言って呼び出した。



「あそこで見たスキルのことはルノウ大臣には言わないで欲しい」


「分かりました。今まで通り、『触れたものを消せる』と言っておきます」


「うん、助かるよ。ティアの方は今のところ大丈夫? 困ってることとか無い?」


「無いです。でも、しいて言えば――」


「言えば?」


「あそこの家に行くとやることがないので、もう少し仕事が欲しいです。ご主人様は物も少ないので掃除もすぐに終わってしまいますし、その他の身の回りのことは宿舎に係りの者がいるので……」



 その言葉通り、ティアにはやることが無かった。ソラが初めてパリスの家に行った日もやることが無く、一人困っていた。ルノウの元にいた頃は常に何かしらの、ほぼ終わらないであろう量の仕事を与えられていたため、ずっと動き回っていた。

 ティアの言葉を受けてソラは少し考えた。だが、ソラには何も思いつかなかった。今の生活は暫く変えるつもりは無いし、ティアが一日中仕事が出来るような家に住む予定も今のところなかった。



「悪いけど、今は我慢しておいてほしいかな」


「今は、ですか?」


「もしティアがこれからずっと付いて来てくれるんだったらだけど、一緒に僕の村に帰ればやることは沢山あるんだよ。小さな村でほぼ自給自足だから、ここでの生活より暮らしの質は落ちるだろうけどね。それに、ほとんど男手がないだろうから、住居の修復すら終わってないと思うし」


「私は今ご主人様に雇われている状態なので、ついて行くことになると思います。その時は一生懸命働かせていただきます」


「多分最低限の食事を提供するだけで精いっぱいだから、雇っているとは言えないかもしれないけどね」


「食事を頂けるだけで十分です」



 ティアは人のために働くことに意義を見出していた。それは罪滅ぼしであり、ティアにとってはそうしていることが一番楽だった。そんなティアを見て、ソラは出会い方はどうであれ自分の元に来たのがティアで良かったと改めて思っていた。

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