第08話 権力者
ソラ達の前に現れたのはオールバックの金髪に、整えられて清潔感のある髭を蓄えている中年の男だった。その顔からは権威のようなものは窺えず、寧ろ穏やかで優しい雰囲気が漂っていた。体はルバルドのように筋骨隆々と言った様子ではないが細身と言う訳でもなく、その引き締まった体からはどことなく威圧感を感じさせられる。
そんなプレスチアは、パリスから話を聞いて相槌を打った。
「なるほどな。それでここで鍛錬をしていたと。だが、パリスの相手を務められる者などさほどおらんのではないか?」
プレスチアのそんな言葉をパリスは否定する。
「ライムとは経験の差で僕の方が上かもしれませんが、ソラには勝てる気がしません」
「ほう」
そう言ってプレスチアはソラをまじまじと眺めた。変な期待を感じたソラは、プレスチアに対して謙遜する。
「ま、まだ負け越してはいるんですけどね……」
「それはソラが本気じゃなかったからだろう?」
「そんなことは……」
ソラはここで実際にスキルを使って戦った上で、「そんなことはない」とは言えなかった。
そんなソラの様子を見て、プレスチアはにやりと笑った。それは、子供が悪戯をする時のような、好奇心に満ちた笑みだった。
「ソラ君、どうかな。よければ私とも模擬戦をしてみないか? ルバルド兵士長から筋がいいと聞いてはいたが、パリスが戦って勝てないとは思わなかったよ」
「え、えっと……」
プレスチアは単純に息子をいい方向に変えてくれたソラのことが知りたかっただけなのだが、パリスの話を聞いて自分も戦ってみたいと言う好奇心に駆られたのだ。ちなみに訓練場でのソラとパリスの事の顛末は周りの人間から話を聞いて、状況を把握していたルバルドがプレスチアに報告していたりする。
ソラがどう言って断ろうかと考えていることなど知らないパリスは、ソラに助けにならない助言する。
「ソラ、心配する必要はない。父上はスキルのことを周りに話すような人ではないことは俺が保証する」
この流れでは断れない。そう判断したソラは、プレスチアに交戦の意思を伝えた。
「パリス、その木剣貸りてもいいか?」
「はい、父上」
ソラとプレスチアが互いに向かい合って武器を構える。
そんな様子を離れた所から眺めているライムがパリスに話しかけた。
「パリスの父さんって強いのか?」
「強いよ。昔はルバルド兵士長と一緒に戦線で活躍していたらしいんだ。これは人伝いに聞いた話だけど、前戦にいた頃の父上はルバルド兵士長とそう変わらない実力だったらしい。僕はそんな父上に憧れて剣術を始めたんだ」
パリスの目標である ”この国を貴族としても、兵士としても守れるような存在になりたい” というのは、現在進行形で父親であるプレスチアが実行している。武術の才にも長け、周囲からの信頼も厚いプレスチアは、貴族としても揺るがないほどの地位をものにしていた。そして前線を離れてはいるものの、その実力はルバルドも認める折り紙付きである。
「パリス、合図を頼む」
「は、はい、父上!」
そうして、パリスの合図によってソラ達の戦いが始まった。
ソラは真っ先に攻撃に転じようと動こうとしたが、ソラが一歩踏み出すころには、プレスチアは目の前にいた。スキル『縮地』。簡単に言えば一瞬で一定距離を移動するスキル。プレスチアはそのスキルを習熟するにつれ、動体視力も同時に上がっていった。体がスキルに対応していったのだ。それはソラがスキルを使い慣れることによって、次第に疲労が薄くなっていくのと同じ原理である。
そんなプレスチアが上から真っすぐに振り下げた一撃をソラはどうにか受け止めた。プレスチアが近づいた時、瞬時に剣をどう構えていて、どこに向けて振るわれるかをスキルによって感知できたからこその芸当だった。
「――っ!」
「ほう、今のを防ぐか」
そういうプレスチアの振るった一撃を小太刀で受け止めたが、腕力の差で堪え切れずに短剣をクロスするようにして防ぐ。それと同時に大剣を武器とするライムの一撃よりも重いことに驚愕した。だが、プレスチアは間髪入れずに剣を持っている右手とは逆の左手で火の球を作り出していた。それもソラがスキルで感知できなければ気が付かない死角をついて。
「これはどうかなっ!」
だが、その火の球はプレスチアの手を飛び出し、ソラに届く前にその姿を消した。それに一瞬たじろいだプレスチアの隙をソラは見逃さず、プレスチアの剣を全力で小太刀と短剣で振り払い、後ろに飛んで距離を取った。
プレスチアが移動した瞬間を見て、ソラには一つの考えが浮かんでいた。ソラの感知範囲内からプレスチアが縮地で近づいたため、ソラはその様子を全て感じ取っていた。プレスチアが一歩を踏み出した瞬間、まるでソラとプレスチアの間の距離が
ソラはプレスチアの動きに注意しながら、その考えを実行すべく集中した。
「ほう、何か見せてくれるのかな?」
プレスチアは楽しげにそう言った。その表情は完全に好奇心に満ちた子供のそれだった。
ソラは次の瞬間小太刀を振り上げ、
「甘いっ」
「っ!」
そう言いながら後ろも見ずに最小限の動きで左に動いて背後からのソラの攻撃を躱すと、振り返りながら木剣を横なぎに振り切った。初めてのスキルの使い方をしたソラにはそれに対応する余裕がなく、どうにか正面からガードする事しか出来なかった。感知は出来ていても、どうにか避けようとは思っても、体がついて行かなかった。
プレスチアの強烈な一撃を正面からガードしたソラはそのまま後方へと吹き飛ばされ、背中から壁へと衝突した。
「――っ!」
背中を壁に擦り付けながらずるずると座り込んだソラは思う。ずるいと言ったときのパリスは、こんな感覚だったのだろうかと。
そんなソラに拍手をしながらプレスチアは近づいて行き、手を差し伸べる。
「惜しかったよ、ソラ君」
「その言葉、ルバルド兵士長にも言われた気がします」
ソラはプレスチアに差し伸ばされた手を掴もうとしたが、その手は動かなかった。ソラが自分の手が動かないことに驚き、そちらに目をやるとプルプルと痙攣していた。プレスチアのソラを吹き飛ばした一撃に、腕が耐えきれなかったのだ。
「すいません、このまま少し休ませてもらっていいですか?」
「あぁ、構わないよ。ここには治癒のスキルを持っているメイドもいるから連絡しておくよ」
「ありがとうございます」
ソラにそれだけ言うと、プレスチアはパリスの方に向き直った。
「パリス、随分と高い壁を見つけたな」
「それは自分でもわかっています。でも、いつか乗り越えて見せます!」
「その息だ。後君は……ライム君だったかな?」
「は、はい!」
「パリスから話は聞いている。剣術の師を解雇させてしまったそうだね。訓練の後、私でよければここで相手をしてあげるよ。流石に忙しい時は無理だがね」
ライムの家はパリスの一件により、危機に追いやられてレイルを雇用する余裕がなくなっていた。実はそれをしたのはディルバール家一派の一部の貴族で、プレスチアは全く関わっていなかった。そのせいもあり、ライムの一件をプレスチアが知ったのは数日前となっていた。
貴族間のいざこざは上に上がることに執着している者によく起き、その中には自分のことに精いっぱいで周りへの影響を考えることが出来ない者がいる。今回の件で言えばライムへの威圧は仲のいいソラへ、そしてそのソラと関わりがあり、王族であるカリアへと影響を及ぼす可能性もあった。現在、それを行った人物はプレスチアの指示によって謹慎中だ。
「ほ、本当ですか⁉ ありがとうございます!」
「勿論、ソラ君もいつでも歓迎するよ」
「ありがとうございます」
そう言い残して、プレスチアは自分は他にやることがあるからとその場を去った。
☆
場所が変わって訓練場、既に日は落ちており、訓練も終わっている。そのため訓練中の喧騒は一切なく、辺りには二人の男の声だけが木霊していた。
「ルバルド兵士長、ソラ君の実力は多分君の想像以上でしたよ」
「二人の時に兵士長はやめてくれないか、プレスチア。違和感がある」
「確かにそうだな、ルバルド。随分久しいな、こうしてゆっくりお前と話すのも」
ルバルドとプレスチアは、兵士として鍛錬していた時、切磋琢磨し合った仲だった。昔から互いを知っている旧友であり、共に武器を取り戦った戦友だ。
「プレスチアがそこまで言うとは思わなかったな。やはりスキルか?」
「あぁ、私の個人的な意見だがあれはやばい。本気で殺し合いをしたら私たちの方が負けるかもしれない」
プレスチアはパリスが関わりだした時点で、ルバルドからソラの話を聞いていた。魔物を消したスキル。そんなスキルが対人において通用しないとは考えられない。そして、ソラはプレスチアがスキルで出した火の球を触れずに消した。それに加え、プレスチアの速さに対応できるほどの反応速度。プレスチアはソラにスキルを使われた時点で、実践なら敗北していただろう事を薄々察していた。
「そうか。私にはスキルの詳細を隠しているようだったから不安ではあったのだが……」
「息子から聞いた話によれば、ルノウ大臣を警戒しての事らしいぞ」
「なぜソラがそんな話を……。そうか、ティアか!」
「ソラ君がそれを知った経緯は知らないが、本人の思っている通りルノウ大臣に知られるべきではないと私は思うね。彼は国や王のために戦うのが目的ではないのだろう?」
「あぁ。自分の村を守れる力を付けるためにここへ来ている」
「そうか。手元にない強力な駒は排除する主義だからね、ルノウ大臣は。私も彼の動きを警戒はしているが、どうも掴めなくてね。ソラ君のスキルについては、暫くは私が面倒を見よう。人目があるところでは使いたくないようだったからね。ルノウ大臣がソラ君のスキルの本来の力を認識していないのは幸いだろう」
「そういうことなら任せる。だが、そっちの仕事は大丈夫なのか?」
「あぁ、丁度ひと段落付いたところだ。全く、ルノウ大臣一派は頑固すぎる。そのせいで話がなかなか進まないんだ」
「俺にそんな愚痴をこぼすなよ。聞いてやることしかできんぞ」
「聞いてくれるだけでもありがたいさ。大っぴらにこんなこと言えないからな」
この国の貴族の勢力は、大きくルノウ一派とプレスチア一派に分かれている。今現在その力は拮抗しており、ルノウ一派が何か案を出すたびにそれはやりすぎだとプレスチア一派とぶつかり、プレスチア一派が案を出すたびにそれでは効率が悪いとルノウ一派とぶつかっていた。
「そう言う事だからソラ君のことは気にしなくていい」
「あぁ、任せるよ。パリスと会わせたのは間違いではなかったようだな」
「その点に関しては私も感謝しているよ。では、私はこれで失礼するよ」
「あぁ、またな」
☆
その日の夜、月明かりに照らされた部屋でルノウは一人舌打ちをしていた。
ソラのスキルを消せるスキルは明らかに異常であり、今までで存在が確認されているスキルの中で最も警戒すべきスキルである。だが、それを知っているのはルノウとルノウ近辺の人間だけである。よって今までは自分たち以外の人間が警戒をしないと言うのも仕方ないとどこかで思っていた。だが――。
(パリスとの模擬戦でソラのスキルの異常性には気付いているだろうに、何故庇う。何故危険視しない。手放した後でこちらへと牙を剥いたらどうするというのだ)
こんな状況下、ルノウにとって想定外のことが一つあった。レイルがライムの元を離れたことである。ソラと接触してるライムと繋がっていれば、ソラ本人と接触することなく重要な情報を得ることが出来る。ソラがティアの過去について知っていることを知れたのはその代表例だ。要するに、この時点でルノウがソラについての情報を得る手段がほぼなくなった。
ソラに直接接触して記憶を読み取られる可能性がある事を考慮すると、ソラの周りの人間に接触すると言うのが一番の策だ。だが、パリスがプレスチアの息子と言う時点でパリスと接触するのは不可能。ティアは既に記憶を読み取られている可能性があり、関わりすぎると自分たちの情報をソラに流すことになりかねない。よって、ライムとつながっていたレイルだけが唯一の頼みの綱だった。
どうにかソラの情報を得る方法を考えていると、ルノウが呼び出しておいたレイルが現れた。
「レイル、何としてもライムとのつながりを持て。持てなかったら、……その時は覚悟しておけ」
「ハッ」
そう言ってレイルはどうにかライムに取り入ろうと考え、行動した。だが、ライムはプレスチアに鍛錬を付けてもらうことを約束してもらっている上に、プレスチアとの繋がりを持ちたいというライムの両親の貴族としての考えもあり、レイルがルノウの目的通りに動けるようになる事は無かった。
それから数日も経たないうちに、ルノウの管理下にある暗殺部隊が動いた。
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