第07話 勢力図
ルノウ。その男のやり方は極端で、行動原理はいつも一つ。「国のため」というものだ。だが、その極端な行動は時に人を魅了し、時に人を引き離す。パリスの一家を中心とした勢力は後者に当たる。危険分子と判断すれば躊躇いなく切り捨て、国益のためなら相手がどんな経歴を辿っていても引き入れる。そんなやり方が気に入らない者がほとんどである。危険分子となる人物がいるのならば切り離すのではなく、その理由を突き止め、話し合い、国をよりよくすればいい。そんなルノウのやり方を真っ向から否定するような考えを持っていた。パリスの一家はそんな考えのもとに国に仕えている。だが、そんな時間のかかるやり方を受け入れないのがルノウだった。より効率的に国を守り、育てる。両者のやり方は違えど、「国のため」という同じ目的の元動いている。そして、ルノウと対極の立場にいて、対等の権力を持っているのがパリスの父親であるプレスチア・ディルバールだった。現状王族を除いた場合において、ルノウとプレスチアを超える権力を持つ者は存在しないとさえ言われている。
「――だから、親の影響を受けて僕もルノウ大臣に対してはあまり好印象は持っていないんだ」
「権力者も色々あるんだ……」
「みたいだね」
ソラの反応はさほど不思議ではなかったが、まるで他人事のようにそう言うライムに、パリスは違和感を感じる。
「みたいだねって……。ライムも貴族だろう?」
「僕の家は貴族になって間もないんだよ。別に知らなくても仕方ないと思うけど……。ソラもそう思わない?」
「そんなこと聞かれても……。僕はそもそも貴族ですらないから分かる分からない以前の問題だよ」
「俺は生まれた時から家が貴族だったから分からないな」
3人は事情がそれぞれ違っているため、微妙に話がうまく噛み合わなかった。
「兎に角だ。ソラ、何かあったら言ってくれ」
「ありがとうございます。でも、今のところは大丈夫です」
「いや、今の話は無しだ。その敬語をやめたら助ける。ライムはもう既に助けてるから敬語を止めること」
「「そんな横暴な……」」
そんな3人の様子を、ルバルドは遠くから眺めていた。そして、パリスが溶け込めたことに安心していた。パリスをソラに近づけたのは、低い可能性ながらもソラに目を付けているであろうルノウに対して効果的かもしれないというのもあった。ルバルドの意図はパリスには届いていなかったが、結果的にソラはルノウに対して、パリスと言う心強い味方が出来た。ルノウと言えど、ディルバール家現当主の息子であるパリスに手を出すことはまずあり得ない。
「さてと。次は僕もやらせてもらおうかな」
休憩を十分すぎるぐらい取ったソラがそう言いながら立ち上がり、軽く準備運動を始めた。
「僕がやる。いいかい、ライム」
「あ、あぁ、構わないよ」
ライムはパリスに対して敬語を使わないことに必要以上の違和感を覚えながら、どうにかそう答えた。
ソラとパリスは向かい合って武器を取った。ライムの合図で戦いの火ぶたは切って落とされたが、双方、動かなかった。周りから見たら、ではあるのだが。
(あんな速度でスキル使えるのか……。この距離を最初に取られたら僕じゃ防げないな)
そう、パリスが想定よりも素早くスキルを使用したため、ソラはライムのように最初から突進すると言う手段を取り損ねたのだ。一方パリスはと言うと、幻影を残してソラの回りをくるくると回っていた。それも随分と近くを。
(本当に気付いていないのか? ……いや、最初の一瞬動こうとしてたのが見えたから、僕がスキルを使ったのに気付いて動かなかったのか。で、多分だけど僕が近づいているにも拘わらず気付ていていないふりをして、わざと負けるともりでいると。なるほどなるほど)
そう考察したパリスは、ソラの後頭部を武器ではなく手の平で思い切り叩いた。
「いてっ」
「おい」
「いや~、パリス様のスキルは凄いですね。全く気付きませんでした」
悪びれる様子もなく笑顔でそう言うソラに対して、パリスは一つため息を吐いた。
「二人とも、ちょっとついて来い」
「「え?」」
パリスはまずルバルドのところへ向かった。二人が声を聞きとれない距離で二言三言ルバルドと話すと、またすぐに移動を始めた。突然の行動に困惑したソラは口を開く。
「パリス様――」
「様を付けるな」
「パリス、どこに行くんですか?」
「敬語をやめろ」
「……パリス、どこに行くの?」
「俺の家だ」
「「……は?」」
首を傾げる二人に気を遣うこともなく、パリスは歩き続ける。城から出て王都の中を少し歩いて、かなり大きな屋敷に着いた。
「おかえりなさいませ、パリス様」
「あぁ。訓練場を使うからカギを開けといてくれ」
「畏まりました」
屋敷の中ではなく、敷居をくぐった瞬間に近くからやってきたメイド服の女性にそう命令すると、パリスはさらに歩き続ける。そんな様子を見てパリスの凄さを実感しながら、二人はただ言われるがままについて行った。屋敷の中を進んで階段を降り、地下へ進むと訓練場を小さくしたような場所があった。
「ここなら誰も見ていない。ソラもスキルを遠慮なく使えるだろう?」
「……そのためだけに?」
「当たり前だ。ソラは王都で鍛錬を終えたら村に戻るんだろ? 俺はそれまでに全力のソラを相手にやり返したいんだ」
全力を出したら……というよりも本気で勝とうとしたら戦いが始まった瞬間に武器と防具を消滅させることになる。そうソラは思ったが、口には出さなかった。
「その訓練用の木剣、ルバルド兵士長に借りるように言ったから返しに行かなくていい。明日からもここで訓練をする許可をもらってきたから、二人はここに来るように」
((何だこの頑固者は))
そんなことを思いながら、特に文句は無かったので二人は何も言わなかった。パリスがすぐに剣を構えたので、ライムは少し離れたところに移動し、ソラはパリスと向かい合って剣を構えた。と、同時にソラは考える。触れていないものを消すのは流石にやりすぎだろうか。だが幻影を消すところは見せてしまっているから、それだけならいいのではないだろうか。そんなソラにパリスは真面目な顔で一言告げる。
「手加減したら僕、本気で怒るから」
「……はい」
そう返事をして満足げにしていたパリスとは別に、ライムは少し嬉しそうにしていた。ライムはソラが本気で戦っていないことを何となく察していた。そして、今ようやくそれを見られる。ここでなら自分も全力のソラと戦える。そう思うと自然に笑みが零れていた。
ライムは笑みを抑えてから始めの合図をした。それと同時にソラは走り出し、何もないところに右手の小太刀を振り下ろした。だが、ソラの振り下ろした木剣は空を切らずに、パリスを捉えていた。木剣同士がぶつかり合う音と共にパリスの姿がそこに現れる。それをパリスは同じく木剣で防いだが、その表情はライムの剣速に気が付いた時よりも動揺したものだった。
(ちょっと待て、どれだけ正確に姿の見えない僕を感知してるんだ!)
だがそんな事を考える暇はなく、ソラの左手の短剣が既に迫ってきていた。それを防げないと判断したパリスは相打ちに持って行こうと、最初に出した実影をソラの方に攻撃するように仕向ける。
(せめて相打ちに――実影が無い⁉)
そんなことを考えていたパリスの首元に、すぐに短剣が添えられた。
ソラに向かって、パリスは思った事を口に出す。
「それずるいくない?」
「いや、そんなこと言われても……」
その後、ソラの感知範囲が視界内と予想して背後から幻影に攻撃させたり、上空からの攻撃ならと考えて上空に槍の実影を作り出して文字通り槍の雨を降らしたりしたのだが、出現させたとほぼ同時に幻影も実影も消される。それに比例するようにパリスの自信も消えていった。ちなみに、上空に槍の幻影を作り出すのはパリスが自分で一番強いと思っていた攻撃方法だったりする。そんな様子を、ライムはただただ唖然と眺めていた。その光景故に、どうやったら勝てるだろうなんてことを考えることは出来なかった。
そんな彼らの元に、一人の男が現れる。
「パリスがここを俺以外と使うなんて珍しいな」
「父上! なぜここに?」
「ルバルド兵士長に面白い話を聞いたからちょっと見に来たんだ」
二人の会話から、現れたのがルノウと同等の権力を持つパリスの父親だと理解したソラとライムは唖然としていた。
☆
「こんなところでどうしたんだ、ティア」
「ルバルド兵士長、ご主人様を知りませんか?」
「あぁ、それなら気にしなくていい。何というか……ソラが行った場所はティアが行っても入れるか分からんからな。兎に角心配はいらないから、今日はもう宿舎に戻っていいぞ」
そう言われて宿舎に戻ったティアだったが、やることが無かった。いつもはソラについて訓練場へと向かい、ソラの様子を少し離れた所から眺め、休憩の時間が近づいたら飲み物とタオルを取りに向かい、休憩時間になればソラ達に渡し、休憩時間が終わればそれを片付ける。それがティアにとってのここ1か月の日常だった。
そのため、突然ソラがいなくなるとティアは暇になった。暇になってティアにやるような事は無い。毎朝、ソラが起きる前にこっそりと部屋を掃除しているし、洗濯物も既に終えていた。虚無感のようなものに襲われたティアは、一人困惑していた。
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