第06話 昨日の敵

 ソラがパリスに勝利した翌朝、ソラの部屋にはカリアがやってきていた。提げているバスケットにはティアの分も含めて3人分の朝食が入っていた。朝食の準備を整えるなり、カリアは興奮気味に口を開いた。



「ソラ様! 昨日の戦い、とてもかっこよかったです!」


「ありがとうございます。まぐれみたいなものですけどね」


「それでも、訓練兵で最強と呼ばれていたパリスさんに勝てるなんて凄いです!」


「いえ、そんなことは……? カリア姫、今――」


「カリア」


「カ、カリア、今訓練兵最強と聞こえたのですが僕の気のせいでしょうか?」


「いえ、聞き間違いではありませんよ。パリスさんに今勝てる訓練兵はいないと護衛の兵士が教えてくれました」



 まずい。ソラはそう内心で後悔した。ただでさえカリアの件でライムに迷惑をかけた所なのに、また悪目立ちしてしまった。だが、ソラは後悔はしても自分が間違ったことをしたとは思っていなかった。それによって、少なくともライムは救われたのだから。



「そういえば、ご主人様はなぜパリスさんと戦うことになったのですか?」


「何故と言われても……。たまに相手はしてもらってたんだ、全敗だったけど。そのうちの一回だよ」


「それにしてはご主人様の様子がいつもと違ったようでしたけど……」


「様子?」


「いつもは勝つつもりはなさそうだったと思うのですが、あの時は随分とやる気だったように見えました」



 自分の事をよく見ているなと思いつつ、これ以上話を広げないで欲しいとソラは祈る。ソラが口をつぐんでいるのは、ここにカリアがいると言う理由が大きい。元を辿ればカリアに原因があるからだ。だが、ソラにはカリアの前でそんなことを言える度胸はなかった。そもそもカリアが悪いとも思ってなかったので、その辺の事情を他の誰に対しても話すつもりは無かった。

 そんなことを考えていたソラの表情を見て察し、ティアは失敗したなと内心反省する。過去の経験から、人の表情から機嫌を察するのはティアにとって癖のようになっていた。そんなティアと違い、カリアは全く気付かない。ティアと比べて周りに気を遣う機会が圧倒的に違うのだから、ティアと同じように察しろと言うのも無理な話である。



「その日はちょっと調子が良かっただけだよ。だから頑張ってみようかなって」


「そうだったのですか! 今日も勝てるといいですね」


「今日戦うかどうかは分かりませんけどね」


「毎日戦っているわけではないのですか?」



 そう言われて、意図的にカリアが訪れたタイミングでパリスが対戦を誘って来ていたこと思い出した。



「カリア姫が見に来るタイミングが偶然そういう日なんですよ」



 カリアとティアと共に朝食を取り終えたソラはいつも通り訓練場へ向かい、ライムと向かい合っていた。二人が今まさに剣を構えようと言うタイミングで予想外の人物が登場する。



「やあ、ソラ」



 そうソラに声を掛けたのはパリスだった。そんなパリスにソラは首を傾げた。



「どうした?」


「あぁ、いえ。えっと、今日はカリア姫はいませんよ?」



 そんなソラの言葉を聞いて、パリスは一つため息を吐いた。



「カリア姫がいるのを分かった上で僕にわざと負けていたのか?」


「いえ、わざとと言う訳では……」


「まぁ、ソラがそう言うのならそう言うことにしておくよ」



 ソラはそれ以上追及されても困ると思い、何も言い返さなかった。

 パリスはソラにそれだけ言うと、ライムの方に向き直る。突然自分の方に向き直ったパリスに、ライムは思わず息を呑んだ。



「ライム、その……すまなかった!」



 そんなパリスの行動に周りは動きを止めた。周囲の人間は自分のことをしつつも、ソラ達の会話に耳を傾けていた。パリスがソラに負けたという話は既に広まっており、ソラは意図せず今まで以上に注目を集める存在になってしまっていた。耳を傾けていると、プライドの高いパリスが頭を下げると言う珍事が発生した。それ故に周りの反応もさもありなんといった感じだった。

 そんなパリスに、ライムは驚きながらもどうにか応える。



「い、いえ、気にしないで下さい。両親もどうにかなりそうだと胸をなでおろしているので、僕はもう満足です。だから頭を上げてください!」


「そう言って貰えるとありがたいよ」



 そう言ってにこやかな笑顔を浮かべるパリスに、ライムがブルリと身を震わす。今のパリスはライムが知っているパリスとは全く違っていた。ライムが初めてパリスの姿を見た時には、パリスは圧倒的な才能によって周囲に認められていた。もっとも、今この場所には初めて訓練場に来た時の純粋な目をしたパリスを知るものはほとんどいないのだが。



「それでパリス様、今日はどういった御用で?」


「そんな畏まらないでくれ。僕のことはパリスでいい」



 ソラはどこかで同じようなやり取りをした気がしたが、口には出さなかった。



「じゃ、じゃあパリス。僕に何か御用ですか?」


「名前呼び捨てなのに敬語を使われると違和感凄いな……。いや、それはおいおい直してもらうとして」


「……」


「君たちの訓練に参加させてもらいに来たんだ。ダメかな?」


「「……は?」」



 そんなパリスを断る理由もなかったソラとライムは、困惑しながらも受け入れた。だが、3人と言う人数ではどうしても一人余ってしまう。



「パリスとライムでいいんじゃない? 二人は戦ったことないし?」


「僕はいいけど……。ライム、いいかい?」


「僕なんかでよければ……」



 ライムとパリスが向かい合って剣を構える。二人の間に立ち、ソラが始まりの合図をする。それと同時にライムは走り出し、手に持った大剣でパリスに切りかかった。ライムはパリスがスキルを使った時点で自分では太刀打ちできないことを理解していた。だから、行動を起こされる前に動いた。



「っ!」


(大剣を持っている割に動きが早い……)



 パリスは真正面から突撃して横に薙ぎ払われた大剣を後ろに飛んで躱した。ライムの実幻影。それは幻影を使って姿を見えなくすることも出来るが、それをするには少し時間がかかる。そして、それはその場に幻影を作り出すとともに行うことによってそれを悟れらないようにしてきた。時間がかかるとは言っても、それは真っ直ぐ突進してくるぐらいの時間なら問題ないはずだった。だが、ライムの動きは重さを感じられないぐらいに速かった。

 ライムのスキル『重力操作』。触れた任意のものの重さを操作することが出来る。大剣を軽くし、自身の体重をも軽くしたライムの速さがパリスの幻影を作り出すための時間をわずかに勝った。

 ちなみにソラの場合はその速度でライムが突進してくると攻撃に重みがほとんどないという事を知っているので、ライムが大剣に重さを加える前に正面からぶつかっていた。ライムは攻撃が当たるタイミングで重さを加えているからそれはかなり有効だった。だが、ライムのスキルを知らないパリスからすればその速度で大剣を振り回してくるのは恐怖でしかなかった。その剣速は明らかに大剣のそれではないのだ。



(スキルは使えないか……)



 そう判断したパリスは自分から間合いを詰めることにした。そもそも剣術においてもパリスは秀でていた。だが、そう判断したタイミングが悪かった。ライムの上からの叩きつけるような攻撃。その時、すでにライムは大剣に重さを加えていた。



(くっ。重い……)



 それでも、片手で持つような直剣を両手で持って、どうにか右側にいなすと、そのまま攻撃に転じる。右下から左上に向かって剣を切り上げる。だが、それをライムはいなされた大剣を翻して受け止めた。

 そんなパリスの手には痺れが走っていた。パリスの体は、先程のいなしたような思い斬撃を何度も受けれないと警告を鳴らしていた。パリスはその大剣とは思えない剣速と威力に驚き、焦っていたが、それはライムも同じだった。



(今のを受け止められるとなると……)



 先程パリスが重いと感じた一撃。それは今のライムがおよそ完璧と思えるタイミングで重さを乗せた一撃だった。それを防がれてしまったライムにはそれ以上攻める手立てがないのだ。

 だが、互いに相手が追い詰められていることを知らない二人は、決め手を見つけられないままに戦い続けた。そして、疲れが見え始めた頃。剣術を学び始めて長いパリスが出来た一瞬の隙を見逃さなかった。大剣を横なぎに払い、返すのが遅れた瞬間にパリスは踏み込んで首元に木剣を突き立てた。



「参りました」



 ライムがそう言ったのを確認したパリスはそのまま地面に座り込んだ。パリスとライムは、肩を動かして息をする程に疲弊していた。

 そんなタイミングで訓練の小休憩の時間になった。ソラは二人の元へ歩いて行った。



「見てて面白い試合だったよ」


「結局負けちゃったけどね」


「僅差だよ。僕が剣術を習ってた期間がライムと同じだったらどうなってたか分からないさ」



 そんな3人の元に、飲み物を持ったティアがやって来る。



「あぁ、二人にあげて。僕はほとんど動いてないから」


「分かりました。どうぞ」


「「ありがとう」」



 そんなティアを眺めながら、パリスは不思議そうに口を開く。



「付き人か。ブライ陛下にでも貰ったのか?」


「いえ、色々ありましてルノウ大臣から……」



 ルノウ。その名前を聞いてパリスはなるほどと相槌を打った。パリスは自分とライムの飲み終わったコップをティアに返し、ティアがその場を離れたのを確認してから口を開いた。



「ソラがスキルを隠すのはルノウ大臣に警戒されないようにか?」



 その言葉にソラはすぐに反応できなかった。まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったからだ。そんなソラよりも早く、ライムがその言葉に反応した。



「何故警戒する必要があるんですか?」


「あの人は国を守るためならなんでもやる。どんな危険分子でも見逃さない。そう言う人だ。ソラ、君がどこでそれを知ったかは知らないけれど、その反応から察するに僕の推察は当たっているようだね。だから一つ注意しておく。あの付き人は間違いなくルノウの息のかかった者だ。隠すのなら彼女にも隠した方がいい」



 ソラは肯定も否定もせずにパリスに質問を返す。



「何故ルノウ大臣から庇うようなことを言うんですか?」



 ルノウ大臣はかなりの権力を持っている。そんな彼から自分を庇うことを疑問に感じた。疑問を口にしたソラに、パリスは隠すようなそぶりも見せずに答えた。



「僕の家……いや、僕の家を中心とした勢力には、ルノウ大臣に反抗的な者が多いからだ」



 貴族の勢力図など全く知らないソラの頭の中では、クエスチョンマークが増え続けていた。

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