第03話 思惑

 それから、ソラは雑草の除去と剣術の訓練を一日おきに繰り返していた。それを2週間ほど繰り返した時、ソラの訓練から雑草の除去が取り消された。それは、ソラのスキルにそれ以上の成長が見られたなかったからだった。ソラの習熟の速さで、これだけやって変化がないのなら既に限界まで達しているだろうという判断だった。そして、スキルの使用に際する疲労感は体力によることも少なくないため、剣術の訓練を優先することになった。言うまでもなく、ソラのスキルは本人がそれ以上を望まないだけで、現状が限界と言う訳ではない。

 そんな環境もあり、ソラはライムとの親交を深めていた。



「じゃあ、ティアは元はルノウ大臣の……」


「らしいね」


「そんなところを助けられたのなら、ティアはソラのことを――」


「それはないよ」



 ライムの言葉にソラはそう言い切った。言い切れたのは、ティアのことを知っていたからこそだった。



「ティアが無給で僕の付き人をしているのは知っているだろ?」


「あぁ、この間ソラから聞いた」


「それでティアが納得しているのはティアなりの罪滅ぼしって言うのかな……。ティアにも色々あるから、出来れば過去のことは聞かないであげてくれると助かるかな」



 ティアは今までルノウの命令で様々な人間を摘発してきた。時には不幸な市民を演じて優しい市民に自分を拾わせ、同年代の子供と仲良くなることによってその子の親の情報を聞き出すこともあった。ソラからしたらティアは逆らえなかったのだから仕方ないことだとは思っていた。だが、実際にそれを実行したティアの中にある罪悪感は既に拭いきれないものになっていた。そんな状況だからこそ、他人のために働くことをせめてもの罪滅ぼしだと思い、無給であっても何一つ文句を言わない。

 そして、ティアはソラに感謝はすれどそれ以上の感情は持たない。それはティアの過去を見ているソラが本人の次に……いや、客観的に見れるからこそ本人より理解しているかもしれない。ティアは自分のために動くことや何かを思う事を無意識のうちに拒否していた。

 ソラがその罪悪感をどうにかしようと思わないのは、ティアが感じている罪悪感の重さを知っているからこそだった。それは意識してどうにか出来るようなものでもないし、ソラにはその重さを消せるほどのことは出来ない。ティアを知っているからこそ、ソラは今のティアをそのまま受け入れていた。それが自分に出来ることだと、出来ることはそれぐらいしかないと、ソラが思ったから。



「そうか……。ソラも村を守るために強くなろうとしているし、二人はそれぞれ色々なものを抱えているんだな。それに比べて僕は――」


「そんな卑下するような事でもないと思うけどな。ルバルド兵士長みたいに皆を守れるようになりたいって目標はカッコいいと思うよ」


「そうかな?」


「そうだよ。それに、僕にはライムみたいな正義感は持てないだろうしね。僕は村の人を守るので精一杯だよ。多分、見知らぬ国民を守ろうなんて思えないし、まったく知らない人なら自分を優先する」


「それは別に悪いことじゃない気がするけどね」


「だからこそ、ライムが凄いと思ってるんだよ。さて、そろそろ休憩は終わりかな。両親も応援してくれているんだろう? 頑張らないとね」


「うん。貴族としての僕ではなく、一人の兵士としての僕を応援してくれているんだ。ちゃんと応えて見せるよ」



 ソラはライムのそんな真っ直ぐな考えを気に入っていた。正義感が強く、ルバルドという目標に向かって真っすぐなその姿勢は見ていて気持ちのいいものだった。

 立ち上がり、再び剣を構えようとしていたそんな二人のもとにソラやライムと同じぐらいの歳の少年が現れる。



「ねぇ、ソラ君。僕とも模擬戦してくれないか?」



 そう言ってきたのは、金髪に整った顔立ちの少年。その赤い瞳にはどこか見下しているようなものを感じる。身に着けている鎧はソラやライムが付けている安物ではなく、威風のある模様の刻まれた一級品の鎧だった。その見た目に反することなく、その強度はソラ達の身に着けているそれとは全くと言っていいほど違っていた。

 そして、ソラは彼をライムから聞いて知っていた。ルノウと同等の権力を持ったディルバール家の跡取りで、名をパリスと言う。



「ソラ、止めといた方がいい。ほら、あれのせいだ。ソラに勝つところを見せつけたいんだよ」



 そう言って、ライムは観客席の方を見るようにソラに促す。そこには護衛を連れたカリアの姿があった。だが、ソラはそんなライムの申し出を断った。



「いや、受ける」


「勝てる自信でもあるのか? あいつ、本当に強いぞ」


「自信なんて無いよ。ただ、偶には他の人と戦ってみたいなと思っただけ。それと、僕は別にカリア姫に見られていることは大して気にしてないよ」



 ライムにそれだけ言うと、ソラはパリスの方に向き直った。



「パリス様、その模擬戦お受けします」


「ほう、中々勇気があるんだな」


「いえ、経験を積みたいだけです」



 ソラのその言葉に嘘偽りはない。ライムとの勝負も、ソラは楽しんでいた。だが、他の者との模擬戦はほぼしていなかった。だからこそ芽生えた、本当に唯の好奇心だった。

 ソラは二刀を構える。パリスは一本の直剣を正面に構えている。そのにらみ合った状態で二人は全く動かなかった。周りから見ただけでは。

 ソラはそう思った。勝ってはいけないと。ソラには分かっていた。目の前で構えているパリスの姿が幻影だという事も、パリス本人が既に背後に回っていることも。背後に回ってきているパリスに急襲を仕掛ければ、簡単に一本を取れるかもしれない。だが、それは背後にいたパリスを感知していたという事になる。要は、ソラのスキルの一端が発覚してしまう。だから、ソラは正面から切りかかってくる幻覚に対して、短剣と小太刀をクロスしてガードする形を取った。

 次の瞬間、幻覚は消滅し、ソラの後頭部にこつんと優しい衝撃が走る。



「――っ! 今のはパリス様のスキルですか?」


「あぁ、そうだ。詳しくは言わないけどな。ソラ君もまだまだだな」



 そう言ってパリスはソラを簡単に打ち取ったとでも言わんばかりにやれやれと肩を動かす。ソラはそんなパリスに怒りを示すどころか、感心していた。そういったスキルの誤魔化し方もあるのかと。

 何も知らないものから見れば、パリスが一瞬でソラの背後に移動したようにも見える。パリスが感知スキル持ちの人間と戦うことも相まって、パリスのスキルは本人の狙い通りあやふやなものとして認識されていた。



「挑戦ならいつでも受け付けるよ。また機会があれば声を掛けてくれ」


「はい。ありがとうございました」



 パリスはソラとの別れ際にカリアに手を振ってアピールしたのだが、それに対するカリアの反応は嫌そうな表情を浮かべると言ったものだった。幸か不幸か、その距離のせいでパリスはそれに気付いていなかった。



「さ、ライム。続きと行こうか」


「休まなくてもいいのか?」


「今の模擬戦で疲れるような要素あった?」


「それもそうだね」



 ソラは正義感が強く、真っ直ぐなライムを尊敬していた。だが、それと同時にライムもソラのティアへの心遣いや、相手がカリアやルバルドでも物怖じしない所、どんな相手であろうと素直に負けを認められるところを自分には出来ないことだと感じ、尊敬していた。自分ならパリスにあんな態度を取られたら、怒らずにはいられないだろうと確信していた。あぁ言った相手を見下すような態度がライムは嫌いで、黙ってはいられなかった。





「今日はもうお疲れでしょうに……。まだやるのですか?」


「お願いします、レイル師匠! ソラに勝てるようになりたいのです」



 そう声を発したのはライムだった。ライムは完全にソラに負け越していたのだ。どんなに戦い方を変えても、まるで体全体の動きを把握しているかのように動きを読まれ、いなされ、躱される。それもそのはず、ソラはライムとの戦いを重ねるごとに、少しずつではあるがライムの僅かな予備動作を感知することによって次の動きを判断できるようになってきていた。

 それからもライムはレイルと暫く撃ち合いを続け、ついにライムの体力が尽きて地面に倒れこむ。20代後半で長身、銀髪をオールバックにしていて腰に直剣をぶら下げているレイルは、足元で横になっているライムに声を掛ける。



「それで、今日はそのソラ君とどんな話をしたのですか?」


「ティアの、話とか、です……」



 息が上がっているせいで言葉は途切れ途切れだった。だが、その話に興味を持ったレイルはさらに話しかける。



「確か……ソラ君の付き人でしたね。どういった方なのですか?」



 そんなレイルの質問に、ライムは一度深呼吸をして息を整えてから言葉を返した。



「過去に色々あったそうです。ソラからはあまりティアに過去の話を聞くなと釘を刺されました」


「そうですか。確かにいろいろな過去を持っている人がいますからね。何も気にせず聞くと言うのは吝かと言うものでしょう」


「そうですね。その言葉、心に留めておきます」


「さて、今日はこれで終わりしますか?」


「いえ、後一度だけお願いします」



 そう言うと、ライムは再び剣を手に取った。





 その夜、レイルはルノウの元へと報告へ行っていた。



「その話が本当だとすれば、あの奴隷娘から何も聞いていないのにその過去を知っていることになる。となると……」


「過去を覗き見るスキル、ということですね」


「レイル、私の部下全員に極力ソラとの接触を避けるように伝えろ」


「ハッ」



 そう言うとレイルは去っていく。

 ルノウは一人胸をなでおろしていた。ティアは住民の摘発に使っていた程度で、ルノウにって重要な仕事はさせていなかったからだ。そして、ティアのしていたことを知った上で今まで誰にも言っていないのならば、公表する気はないのだろうとも捉えることが出来る。

 だが、スキルを消せるスキルに加え、人の過去を覗き見ることのできるスキル。それは、ルノウに早く消さなければと急かす材料に他ならなかった。

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