第02話 秘匿

 夕方、スフレアは戻ってきて驚いた。辺り一帯の雑草が一掃されていたのだ。スフレアは、壁に凭れて休んでいるソラとティアの元へと向かった。



「ソラ、凄いですね。予想以上です」


「ティアが手伝ってくれたお陰です」


「いえ、私なんか……。ご主人様のスキルが凄かっただけです」


「今日は倒れたりしなかったのですか?」


「休み休みやっていたので、そのせいだと思います」



 そうスフレアと会話するソラの表情を、ティアは不思議そうに眺めていた。ソラは強くなりたくてここに来た。そして、その力を今まさに開花させつつあるのだ。にも拘わらず、ソラの顔色は優れなかった。だが、ソラからスキルに関しては聞くなと言われているティアは、何も聞けなかった。

 ソラは今回、触れなくても消せる事に気が付いた。それを敢えて、触れて消すようにしていた。ルノウに警戒されないようにと言う思いもあったが、ただ単に自分のスキルを使うのが怖かったというのもある。人の記憶さえ消してしまえるスキル。ソラはいずれ、何か消してはいけないものまで消してしまいそうな気がしていた。

 その日はそのまま何事もなく終え、翌日、ソラはスキルではなく剣術を学ぶためにルバルドと共に訓練場へと向かっていた。その腰には、左側に短剣と小太刀の2本がぶら下がっている。



「ソラ、今日は他の者に混ざってやってもらう。いいか?」


「はい。構いません。それで、僕は誰の相手をすれば……」


「それはこちらで手配するからそれは気にしなくていい」



 ソラが連れてこられたのはコロシアムのような場所だ。ここでは剣術大会が開かれることもあるため、そういった造りになっている。

 あちこちで木剣と木剣がぶつかり合うような音が響き合う中、ソラのもとに一人の少年が現れた。ストレートの整えられた茶髪が、風が吹いてさらさらと流れている。その体格は、剣を扱うには少々頼りないものだったが、ソラとそう変わったものではなかった。だがその少年はルバルドとそう変わらない大きさの大剣を背負っているため、ソラよりも多少頼りなく見える。



「えっと、ソラ……でいいのかな? 僕はライム・ブレドレム。あぁ、一応貴族の子供ではあるけれど、出来立ての力のない家だし、ソラと歳も変わらないから普通に接してくれていいよ」


「そういうことなら……。よろしく、ライム」


「こちらこそよろしく、ソラ」



 そう言って二人は握手をした。勿論、ソラはライムの情報を得るようなことはしていない。そんな簡単に人の過去を覗くのは良くないという思いが一番強いが、余計なことを知ってしまってボロを出すのを恐れたという部分もソラにはあった。



「早速始めようか。ルバルド兵士長の推薦で来たみたいだけど、俺は負けるつもりないから!」



 別に剣術で推薦されたわけではないと思いつつも、やる気をそぐようなことをする必要もないと感じたソラは何も言わずに木剣に手を掛けた。



「うん! 僕も全力で行かせてもらうよ!」



 ソラは左側にぶら下がっていた短剣と小太刀を手に取る。左手には短剣を逆手に持ち、右手には小太刀を構えた。短剣を逆手に持っているのは、ルバルドと模擬戦をした際、そう持つタイミングの方が多かったからだ。



「てやぁっ!」



 ライムはその決して筋肉質とは言えない体で、大剣を横に薙ぎ払った。驚くべきことに、その剣速はソラの相手をしていた時のルバルドとそう変わらないものだった。それをソラは両手両足を地面に着き、体勢を低くして躱したが、ライムはソラの真上に来た大剣を止め、そこから振り下ろした。



「っ!」



 大剣とは思えない速度での動きにソラは否応なしに武器でのガードを強いられる。その素早い動きを警戒して。リーチの長い小太刀を使い出来るだけ遠くに大剣を受け流した。その時、ソラはある違和感に気が付く。

 ルバルドの大剣を受け流した時にはそれなりの衝撃が来た。だからソラはライムの攻撃を受け流す際、そこまでの攻撃は来ないであろうとは思いつつもある程度の衝撃を警戒していたのだ。だが、ルバルドのそれと比べればその衝撃はほぼ無かったと言っても等しい。ソラは距離を取るために、後ろに飛んで一度距離を取った。



「それ、本当に木剣?」


「木剣だよ。僕のスキルで軽くなっているだけさ。でも僕のスキル、重くすることも出来るんだ。軽いと思って受けると痛い目を見るよ」


「へぇ、そんなスキルもあるんだ。でも、その話は僕にしない方が良かったんじゃない?」


「ソラのスキルはかなり有名だからね。カリア姫の呪いを解いたスキルだって。触れたものを消すんだよね。だからこっちの方がフェアかなと思ってさ。ソラはスキルを使わないの?」


「使わないよ。近接戦をしながら使えるようなスキルじゃないんだ」



 それはソラが作った設定。実際には、ソラは今すぐにでも感知範囲である3メートル以内にいるライムの木剣を消せる。だが、そういうことにした。自分に近づくだけで消滅させられる対象として認識されてしまう。そして、触れることなく消すことが出来る。客観的にそれを見たらどう思うか。十中八九ルノウでなくても警戒し、恐怖の対象となってしまう。ソラは周囲の人間に恐怖されることを恐れていた。ライムに対しての嘘はそんな強力過ぎるスキルだからこそ、出来るだけそう見えないようにソラなりに見繕った結果だった。



「そうなんだ。なら近接戦なら僕の方が上かな?」


「それはどうだろうね」



 何より、ソラは今の楽しい空間を壊したくなかった。

 ソラはライムに向かって行った。時に躱され、躱し、仕掛け、仕掛け返される。そんな剣を使ったやり取りをソラは楽しんでいた。





「今日はここまで!」



 ルバルドのそんな声が聞こえると同時に、ソラとライムはその場に寝転んだ。



「まさか大剣を地面に刺して土を飛ばしてくるとは思わなかったな。あれ反則じゃない?」


「そういうならソラの僕の攻撃に対する返しの方が反則だと思うけどな。あんな奇麗に受け流されたの初めてだよ。剣術を学んで長いのかい?」


「いや、一昨日初めて剣を握ったところだよ」


「お、一昨日⁉」


「ライムの剣を受け流したのはその時にルバルド兵士長と模擬戦をしたお陰かな」


「それでも凄いな。僕はもう剣を握ってから一年は経つはずなんだけどな……」



 二人して大の字になっているところに、ティアが飲み物を持ってきた。



「ご主人様、飲み物を持ってきました。そちらの方も是非どうぞ」


「ありがとう、ティア」



 ティアの手から飲み物を受け取りながら、ライムの目線はティアに釘付けになっていた。貴族ですらないと聞いていたソラに付き人がいることに驚いたのだ。理由はそれだけではなく、ボサボサだった髪を整え、服装を整えたために元から顔立ちの整っていたティアの見た目が可愛らしいものに変わっていたことも大きく影響していた。



「ティアさんはソラの付き人……なのかい?」


「はい、そうですよ。後、私のことはティアと呼び捨てにしてくださって結構です」


「何というかちょっと縁があってさ。ティア、この人はライム……何だっけ?」


「ライム・ブレドレムだ」


「ごめんごめん。僕、貴族みたいに名字を持つ人と今まで接してこなかったから……」


「そういえば村の出身だったんだっけね、ソラって」


「……僕の事ってどのぐらい噂になってるの?」


「知らない人の方が少ないんじゃないかな。ルバルド兵士長の推薦で王都に来て、カリア姫の呪いを解いた期待の新人ってね」



 そんな過剰な期待を重く感じ、嫌そうな顔をしているソラのもとにルバルドがやって来た。



「別に間違えてないからいいんじゃないか?」


「いえ、確かに間違ってはいませんけど……」



 その時、ルバルドと普通に接しているソラの横でライムは固まっていた。ライムにとってルバルドは憧れであり、目標だからだ。ライムが大剣を使っているのもルバルドに憧れてのものだったりする。



「ライム?」


「だ、大丈夫」


「すまないね、ライム。急にソラの相手を頼んで」


「い、いえ! 寧ろいい体験になりました!」


「ソラ、ライムはどうだった?」


「戦っていて楽しかったです。ルバルド兵士長と武器は同じですが、動きは全く違っていたので」


「それは俺も一度見てみたいな」


「は、はい! 機会があれば是非お願いします!」



 そんな畏まったライムを見ながら、ソラとティアはルバルドが見ている状態で実力を発揮できるのだろうかと少し心配していた。ルバルドの影響で緊張気味のライムに追い打ちを掛ける様に、二人の護衛を連れたカリアがその場にやって来る。



「ソラ様、先程の戦い、凄かったです!」


「見ていたんですか?」


「はい、丁度あの辺りから」



 そう言ってカリアは、剣術の大会の時に観客席となる場所の一角を指さす。

 そんなカリアにルバルドが軽く釘を刺す。



「カリア姫、あまりこういった場に出て来るのは――」


「いけませんか?」


「いえ、そんなことはありませんが……」



 ルバルドのその言葉は、実のところカリアではなくソラを心配してのものだったりする。

 兵士のための訓練とは言っても、貴族が子供を剣術を学ばせるために通わすことは珍しくはない。そして、そんな彼らからしてみれば王族はどうあっても仲良くしておきたい相手なのだ。今までソラと会っていたのはあまり人目に付かない場所だったが、今は違う。貴族含め、多くの者の目がある。そんな中でカリアがソラと仲良くしていたら、ソラが彼らの目の敵にされてしまうのは避けられない。



「え~と、あなたは……」


「ラ、ライム・ブレドレムと言います!」


「ブレドレム……確か最近貴族になった……」


「し、知っていてくださったのですか?」


「そのぐらいは王族の務めですから」



 そう言ってにこやかに笑うカリアは、誰が見ても立派なお姫様と言った姿だった。だからこそ、ソラに対する周りの目は一層厳しくなる。そして今、その矛先はライムにも少なからず向いてしまった。

 そんな矛先をもっとも強く向けてくるのは王族の影響の大きさを一番知っていて、ソラやライムが逆らうことのできない強い権力を持つ貴族の子供だった。

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