第04話 下級貴族

 ソラがいつもの通り訓練場でライムを相手に剣をふるっていたが、そのライムの表情が優れたものでなかったことにすぐに気が付いた。練習間の短い休憩で、ソラは思った事を素直にライムに話した。



「……ライム、何かあったのか?」


「別に何もないよ」



 そう言いながら浮かべたライムの笑顔は見るに堪えないものだった。笑顔ではあるものの、どこか悲しげな雰囲気を漂わせていた。



「そっか。……話聞くだけなら僕でもできるから、何か言いたくなったらいってよ」


「ありがとう、ソラ」



 ソラはそれ以上詮索はしなかった。いや、出来なかった。それをしようとすると、どうしてもティアのことが頭をよぎってしまう。詮索せずに受け入れるだけの方が相手のためになることだってある。それをソラは知っていた。知っていたからこそできなかった。

 その日はライムの動きが終始冴えず、ライムがソラを負かすすことは一度もなかった。





「ご主人様、どうかしたのですか?」



 夕食を食堂で共に食べていたティアが、ソラの様子に気が付いた。ソラはそんなティアに正直に話してみることにした。ティアなら貴族と関わりがあったため、何かヒントを得られるかもしれないという理由があったからだ。だが、ティアから帰ってきた答えはソラの望むものではなかった。



「貴族の争いごとと言うのは、私たちがどうにか出来るものではありません。それ以上は首を突っ込まない方がいいと思います」



 ティアのその言葉はライムを想ってのことではなく、ソラを想ってのことだった。ティアは権力の大きいルノウの下にいたからこそ、貴族同士の争いの醜さを知っていた。上のものに気に入られれば権力を得ることができ、気に入られなければ簡単に没落していくような世界。ティアの印象はそういったものだった。少なくともティアが見てきたルノウの周りはそうだった。

 だが、あくまでティアにとって印象的な出来事の記憶を主に見ていたソラはそれを知らない。ソラがやろうと思えば、ティアの記憶を全て覗くことは出来る。だが、それはしなかった。ソラが見ていたのは真っ先に流れ込んできた、ティアにとって悪い意味でも良い意味でも印象的な事象だった。だから、ティアがさほど気にしていなかった周りの貴族の話をソラは詳しくは知らなかった。だが、印象的な出来事だからこそ、ティアという人間が出来上がる上で重要な事象はほぼ見ていた。だからこそティアのことを理解し、信頼出来ていた。

 表情が暗くなるソラにティアはさらに続ける。



「何より、私たちの立場ではそういったことに首を突っ込むことすら出来ないと思います。ご主人様が気にするような事ではありません」



 その言葉は全く間違っていなく、正しい意見だった。一介の村人であるソラや、何の権力も持たないティアでは話すら聞いてもらえないのは容易に想像が付く。カリアに頼むという手もあるが、それをするべきではないという事はソラも理解していた。

 結局、打つ手が全くない状態で翌朝を迎えた。訓練場で会ったライムの表情は相変わらずだった。だが、ライムを助けるチャンスは突如として訪れる。



「やあ、ソラ。模擬戦をお願いできるかな?」



 そう気さくにソラに話しかけたのはパリスだ。その目的は一貫していて、観客席にいるカリアだった。ルバルドからの注意によって、カリアはソラと会うことを控えていた。当たり前のようにその注意に反対するカリアを納得させるために、ルバルドはソラの実力がついて誰もが認めるような存在になるまで待てばいいと言って納得させた。カリアはその言葉に対し、何も疑うこともせずに信じた。

 そして、カリアがソラの様子を見に来るたびにパリスはソラに模擬戦を申し込み、ソラは毎回わざと負けていた。それはやがて周りの注目を集め、ソラの無様を晒すためだけのものになっていた。だが、ソラはそんなことをまったく気にしておらず、自分から手を出すようなことはしていなかった。だが、今回は事情が違った。



「お受けします」


「毎回練習相手になってもらって悪いね。今日は俺のスキルが次の段階に進んだからそれを見せたくてね。そこの半没落貴族もよく見ておくと良い」


「半没落貴族?」



 そう言ってソラはライムの方を見るが、ライムはただ俯いて表情を暗くするだけだった。



「知らないのか? カリア姫とよく一緒にいる君と仲良くしていることをよく思わない連中も少なくないんだ。だからそうなるのも無理はないさ。ま、纏め上げているのは僕の一家の系列の人間なんだけどね」



 それを聞いたソラは唖然とする。ソラは理解できていなかったのだ。カリアと仲良くするという事が、自分の立場をどういったものにするかを。そして知る。ライムが自分に話さなかったのは、自分のためだという事を。

 だが、それと同時に、ソラはにやりと笑った。自分に出来ることがあることが確信でき、嬉しかったから。ソラはパリスに話しかける。



「パリス様、もし今日の模擬戦で僕が勝てたらライムの事、助けてあげてもらえませんか?」



 それは全戦全敗のソラの言葉とは思えないほどの自信に満ちた言葉だった。当たり前のように、周りに集まって眺めていた野次馬からは笑い声が聞こえてくる。

 そして、ソラをあざ笑うのはパリスも同様だった。



「いいだろう。そんな君に敬意をもって全力で相手をしよう。その代わり、君が負けたらカリア姫には今後一切関わらないで貰うが、いいかい?」


「構いませんよ」



 トントン拍子で話が進み、焦っているのはライムだった。せっかくソラに迷惑が掛からないようにして来たのに、ソラは自分から首を突っ込んだ。それも、ルノウと並ぶ権力者の息子を相手に。



「ソラ、止めるんだ。君も知っているだろう? 勝てるような相手じゃない。第一、パリス様のスキルを見破った者すらまだいな――」



 そんなライムを遮るように、ソラは口を開く。



「気にしなくていいよ。僕がやりたくてやっているだけだから」



 そう、ソラがやりたくてやっているだけ。パリスのスキルは、ソラがスキルで対応するしかない。そうなると、感知できることがバレるかもしれない。だが、それでもソラはそうしたかった。自分を庇ってくれていたライムのためにも。

 それから直ぐに二人が戦う場所を野次馬が囲い始める。やがてそこには大きな円が作られる。それに気が付いたルバルドがそちらへと向かい始めるが、その中心にいるソラとパリスは気付かない。

 ソラが武器を構えるが、パリスは武器を構えずにソラから距離を取った。その距離は4~5メートルほど。そして、円を描くようにソラの回りを歩き出した。5、6歩歩くたびに幻影が一つ現れる。その間に、ソラは目を瞑って集中する。今の感知距離では足りないと思ったからだ。ソラは初めて、自分で望んでスキルの力を引き出した。その範囲が5メートルを超えたところでソラは集中するのをやめ、再び目を開ける。

 その時には既にソラの回りに十数体の幻影が現れていた。そして、感知出来たソラは気が付く。それがただの幻影ではないことに。彼らが一斉に構えた剣だけが実在のものとなっている。だが、ソラには分かっていた。本体が何処にいるのかを。次の瞬間、本体を含めた幻影が一斉にソラに向かって走り出した。

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