第08話 兄との再会

 カリアは早足に城へと向かっていた。

 扉の前に辿り着いたカリアは、乱れた息を落ち着かせるために一度深呼吸をする。自分の息が落ち着いたのを確認したカリアは扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。するとそこには、ブライ、ハリアと共に会話をしている金髪で顔立ちの整っている、誠実そうな青年がいた。カリアの兄であり、ライリス王国の王子・シュリアスである。



「お兄様っ!」


「カリアっ! 本当に声が戻ったのだな!」


「はい! 今までご迷惑をお掛けしました」


「気にするな。カリアが攫われたのはカリアの責任ではない。それよりも本当に声が戻ってよかった。こうしてカリアの声を聞けるのは何年ぶりだろう……」


「約3年ぶりです、お兄様」


「あれからそんなに経つのか……。カリアには随分長い間不自由をさせてしまったな」


「いえ、今こうしていられるのですから問題ありません。これもソラ様のお陰です」


「ソラ?」



 ソラと言う名前に不思議そうな顔を浮かべるシュリアスに、ブライが説明をする。



「カリアの呪いを解いた少年だ。昨日から王都に来ていてな。今はルバルド兵士長とスフレア副兵士長が訓練を付けているはずだ」


「少年? そんな子供が今まで誰も解けなかったカリアの呪いを解いたのか?」


「そのようだな。確か歳は――」



 思い出そうとしているブライに、カリアがいち早く反応する。



「12歳です、お父様。私と同い年です」


「おぉ、そうじゃったな」


「その歳であんな複雑な呪いを……」



 シュリアスは、カリアが呪いに掛かってから公務の傍ら呪術の研究も同時に行っていた。その立場故に様々な情報にアクセスできることもあり、今ではその知識量はそこらの呪術師では敵わないほどの物になっていた。そんなシュリアスだからこそ、カリアに掛けられた呪いを解いたソラの力に驚きを隠せなかった。シュリアスが様々な情報を集めたところでそれは全て人間によって作られた術式であり、魔族の呪いを解けるような確固たる情報はつかめていなかった。



「父上、そのソラと言う人物はどのようにして呪いを解いたのですか?」


「ルバルド兵士長の話ではスキルじゃと言っておった。スフレア副兵士長が一晩探しても過去に例のないスキルらしい。確か名前は――」


「『属性(黒)』です、お父様」


「おぉ、そうじゃったな」



 そんな風に答えるカリアを見て、母親のハリアはまるでおちょくるようにカリアに声を掛ける。



「随分詳しいですね、カリア」


「そ、それは偶々聞いたのです、お母様」



 カリアは知らないが、カリアの護衛の兵士を通じて、カリアが二人分の朝食をメイドに作らせ、兵舎のソラの部屋まで行ったことを両親は知っていた。だからこそ、そんなカリアを両親は微笑まし気に見守っていた。カリアには婚約の話が上がらなかったこともないが、今回のような素振りを見せる事は無かった。その話は後にカリアがいないところでシュリアスにも伝わることになるのだが、そのこともカリアが知る事は無い。

 そんな事情は上の空で、シュリアスは一人聞き覚えのないスキルについて考えていた。



「『属性(黒)』か……。確かに聞いたことがないですね。父上、それはどのようなスキルなのですか?」


「それはまだ分かっておらん。少しずつ調べていくそうだ」



 過去に例がないのだからそれも仕方のないことか。そう納得すると、シュリアスはそう言った話が上がった場合に必ずと言っていいほど首を突っ込んでくる存在を思い出す。突出した力や才能がある人間が現れれば必ずと言っていいほど、真っ先に接触をするとある男である。



「父上、ルノウ大臣は動いているのですか?」


「そういえば今回は静かだな……。ソラ君とひと悶着あったそうだから、そのせいやもしれんな」


「ひと悶着?」


「ソラ様が私の呪いを解いてくださっている様子を見て、邪な気持ちがあると勘違いして殴りつけたのです」



 そう話すカリアの言葉の端々からは怒りの感情が伝わってきていた。

 シュリアスはカリアがこれだけ怒っているのも珍しいなと思いつつ、ルノウが静かと言う事実に一人悪寒を感じていた。





「はぁっ!」


「っ!」



 ルバルドが右から左に横なぎに払った大剣を両手を地面に着いて姿勢を低くすることによって、ソラは紙一重でそれを躱し、反撃に出るべくすぐに立ち上がり間合いを詰めようとする。だが、横なぎに払ったはずの大剣は間髪を入れずに次は左から右へと払われる。



カンッ



 伏せても躱しきれないと判断したソラは、先程と同じ要領で体勢を出来るだけ低くしながら、左手に持っていた短剣で大剣の下の部分を斜め上に受け流す。訓練用の木剣はぶつかり合った瞬間に甲高い音を鳴らす。ルバルドの大剣を短剣で受け流しながら距離を詰め、右手に持っていた小太刀をルバルドに向けて振るう、が――。



「惜しい」


「カハッ」



 ルバルドは受け流された大剣の柄でソラの小太刀を受け止めると、容赦なくソラを足の裏で蹴り飛ばした。無理な体勢のまま距離を詰めたソラに、それを躱す余裕なんて皆無だ。

 ソラはそのまま仰向けに倒れ、息を切らせていた。



「はぁ、はぁ、はぁ。……ルバルド兵士長」


「何だ?」


「今の本当に惜しかったんですか?」


「惜しかったさ。もう少しで俺に一撃を入れられるところだったぞ」



 ソラは息も切らさずにそんなことを言うルバルドを見て、それが冗談ということをすぐに察した。ソラが武器を手にしてからというもの、ずっと受け身のルバルドに襲い掛かるということを繰り返していた。始めの数回はルバルドの攻撃を正面から武器でガードして吹き飛ばされ、次第に躱すことを目指すようになり、ようやく今の受け流すという段階まで至ったところだった。



「どうぞ、水です」


「ありがとうございます」



 近くでその様子を見守っていたスフレアはソラに飲み物を渡し、それを飲み終えて少し落ち着いたのを確認してから声を掛けた。



「初日にしては十分すぎるぐらいだと思いますよ。武器の扱いも良かったと思います」


「ありがとうございます」


「そういえば、なぜその武器を選んだのですか?」



 ソラは何度か深呼吸をして、息を整えてからスフレアの質問に答えた。



「短剣はこのぐらいのサイズの農具なら使ったことがあったからです。出来るだけ使い慣れたものの方がいいかなと思いまして。小太刀は僕じゃあまり重い武器は扱えそうにない気がしたのと、スフレア副兵士長に言われたリーチが欲しかったので、ある程度リーチがあって軽い小太刀これがちょうどいいかなと思いまして」



 そんなきちんとした理由を答えたソラにスフレアとルバルドは感心していた。そしてそれは、ソラの剣術に対する才能に対しても同様だった。ルバルドに倒される度にどうすればいいのか自分で考え、それを行動に移していた。ソラは気付いていなかったが、ルバルドはそうして向かってくるソラが次はどんな攻撃を仕掛けてくるのかと楽しんでいた。

 ルバルドはソラの体力がほぼ限界であることを察し、休憩がてら訓練とは別のもう一つの目的を果たすことにした。



「ソラ、突然だが今まででスキルを使った時のことを教えてくれないか?」


「はい。確か最初は――」



 ソラは自分の記憶を出来るだけ正確に辿り始めた。

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