第09話 スキル

 ソラはスキルを使った時のことを思い出す。

 まずは一度目の事。



「母さんに向かってきた魔物に対して使ったのが初めてでした」


「あの時は暗くてよく見えなかったんだが、どうやって使ったんだ?」



 そんなルバルドの質問にソラは視線を上に向けて、記憶をたどりながら答える。



「確か”消えろ”と念じながら魔物に手を伸ばして、僕の手が触れた瞬間に魔物が消えました」


「そうなると、ソラのスキルは触れているモノを消すことが出来る、と言うことでしょうか?」


「そう考えるのはまだ早いだろう。それならカリア姫の呪いを解いた理由が分からん」


「それもそうですね。ソラ、カリア姫の呪いを解いた時はどうしたのですか?」


「カリア姫に呪いが掛けれれているという話を本人から聞いて、不思議に思ってカリア姫を見ていると何故か僕ならその呪いを解ける気がして……。後はカリア姫に手で触れて、カリア姫の中に……説明しにくいんですけど、鎖(?)みたいなものを感じたのでそれに触れて、一度目と同じように”消えろ”と念じたら消えました」


「……ふむ。やはり、スフレアの言った通りかもしれんな。触れたものを消すスキル、か……」


「もう少し使ってみないと分からないですね。流石に前例のないスキルをたった2回で判断するのは難しいですし……」



 そんな会話をしている3人のもとに、タイミングを見計らったように一人の男と、一人の少女は現れた。少女の方は手に鎖が取り付けられ、片足には足枷が付いている。移動するとき以外は錘として鉄球が取り付けられるのだが、ソラはそんなことを知らなかった。そのボサボサで全く手入れのされていない乱れた茶髪の隙間から見える瞳には、光が全くと言っていいほど灯っていなかった。

 その男に対してルバルドが口を開く。



「ルノウ大臣……あなたがなぜこんなところに?」


「私が来てはいけないかね、ルバルド兵士長」


「いえ、ルノウ大臣は兵舎なんかに来るような人ではないと思っていたので」


「気まぐれと言うやつだよ」



 ルバルドとスフレアはその場へ来たルノウを警戒していた。二人は知っていた。ルノウの過剰なまでの国を守る姿勢を。そのためなら他の一切を躊躇しない性格を。少しでも危険分子があれば排除するような人間性を。

 だが、それをソラは知らない。寧ろ、姫様に無礼を働いたと勘違いされ自分を殴った、姫様想いの良い人間だとさえ思っていた。



「ソラ君、あの時はすまなかったね。私の早とちりで……」


「いえ、僕は全く気にしてません。相手のことも知らずに接していた僕も悪いですし」


「随分と優しいんだね、ソラ君は」



 そのソラを推し量るような瞳がルバルドとスフレアは嫌いだった。あまり近づき過ぎず、あくまで自分は第三者として一定の距離を保つ。危険分子と判断するまで、もしくは絶対的な信頼を得るまではずっとそうする。実は、ルバルドは国を裏切らないという絶対的な信頼を得た一人だったりする。ルバルドがソラと同じように警戒されたのは、ルバルドが初めから強力なスキルと剣術の才能を持ち合わせていた故だった。そして不運にも、それはソラにも当てはまってしまった。



「それでルノウ大臣、何か御用ですか?」


「おっと、忘れるところだったよ。ありがとう、スフレア副兵士長。ソラ君の力を試せる人材を連れてきたんだ」



 そう言ってルバルドは連れてきた少女を小突いて前に突き出す。少女は一瞬バランスを崩したが、どうにか持ちこたえる。そんな様子を見て、ソラは顔を歪めていた。ソラがいたような小さな、それも辺境の村ではそもそも奴隷といった制度が無かったからだ。



「この子の奴隷紋を解除してみてくれないか? 出来たらこの子、君にあげるからさ」



 最後の言葉にソラは戸惑っていた。だが、ソラと目が合ったルバルドとスフレアは頷いて見せる。ルノウ相手に下手に反抗しない方がいいという判断だった。



「わ、分かりました。やってみます」



 ソラは少女に近づいて行き、少女の額に手を触れた。そして、カリアの時と同じように目を瞑って集中する。だが、カリアの時と同じような水中を沈んで行って何かを探る、と言うような感覚にはならなかった。スキルと言うのは使えば使うほど威力が増したり、体力の消耗量が減少することがある。一言で言うのならば習熟である。当然、それはソラにも起こりうる。

 気付けばソラは不思議な空間に立っていた。真上には鎖で縛られた直径数メートルはあるであろう巨大で丸い、色を判別できない何か。その空間は奥が見えないほど延々と続いていた。カリアの時とは違って、ソラの目にはその全てがくっきりと見えていた。同じく色を判別できない、しかし真上にあるモノよりも小さく直径数十センチの丸い何かが周囲には無数に浮かんでいた。

 戸惑いつつも、真上の巨大な球体を縛っている鎖を消せば良いのだと直感したソラは、そちらへと手を伸ばした。するとソラの体はふわりと浮き、それに近づいて行った。そして、ソラは恐る恐るそれに触れた、その瞬間――。



ゾクリ



 ソラの背中を冷たい何かが走った。その間にもソラの頭の中には様々な情報が流れ込んでくる。それは記憶であり、感情であり、少女自身だった。ソラはすぐにその球から手を離した。そして、ソラは気付いた。いや、気付いてしまった。



”消せる”



 そう、消せる。記憶を、感情を、少女自身を。そして、ソラは気が付く。自分のスキル『属性(黒)』がモノを消滅させるだけでなく、消滅させる対象を認識できるということを。そして、正確にはそうして認識した対象のみを自由に消滅させられるのだという事を。


 1度目。この時は初めてで全く意識していなかったが、魔物の姿形を認識していた。


 2度目。カリアに呪いの事を聞き、それを意識してカリアを見つめることによって呪いを認識した。正確には呪いと言う存在を認識しようとして認識出来た。


 3度目。特に意識もしていないのに自分が消滅させられる全てを一瞬で認識できた。いや、頭に流れ込んできたと言った方が正しいかもしれない。


 そして、ソラは真上の巨大な球体――少女の全てに触れることによって、理解する。辺りに浮ている小さな球がそれを分割したモノであることに。それは記憶の断片であり、人としての一つの感情であり、少女の持っているスキルである。



「ソラ、大丈夫か!」


「無理はしなくて大丈夫ですよ!」



 ルバルドとスフレアのそんな言葉でソラは我に返った。ソラ自身は気付いていないが、その顔は青ざめていた。恐怖していた。自分の力に。自分が出来ることに。自分だけが自由に消滅させられる対象を選べる。それはまるで消滅させる権利を持っているかの如く。そして、ソラは自分の称号の中の一つを思い出す。『消滅の権利者』。その意味を今初めて理解した。

 ソラはふぅと一つ息を吐く。



「大丈夫です。もう少しでどうにかなりそうなので、やらせて下さい」


「あまり無理はしなくていいからな」


「そうですよ。急ぐ必要は全くありません」



 だが、ソラにここでやめると言う選択肢はなかった。意図せず、少女の記憶を見てしまったから。それを見た上で、目の前の一人の少女を放っておけるほどソラは大人ではなかった。

 ソラは再び目を瞑って集中する。ソラはその鎖に手を伸ばし、今までのように消す。そして、それを終えたソラは鎖で縛られていたモノとは別の、小さい珠の一つに近づき、手を伸ばした。それは彼女自身に備えられていたスキル。ソラはそれに触れる。次の瞬間、その球はその場所から姿を消した。



「終わりました」


「おい、背中を見せろ」



 そんなルノウの乱暴な発言に少女は恥ずかしげもなく一枚しか着ていない、薄い生地の服の裾を持って、まくり上げた。そして、ルノウは背中に刻まれていたはずの奴隷紋が消えていることを確認した。

 それを確認したルノウは一人、驚くと同時にソラに対する警戒レベルを引き上げた。奴隷はその立場上、いろいろと使い勝手がいい。そして、ソラはそれを割り切れるほど大人ではないことをルノウは察していた。だからこそ国に仕えている一流の呪術師の掛けた強力な奴隷紋を消してしまったソラに対して、警戒せざるを得なかった。

 だが、そんなことをルノウは表情にも言葉にも出さない。



「素晴らしい! 約束通りその少女は君のモノだ。好きにすると良い」


「あ、ありがとうございます」


「これからもよろしく頼むよ、ソラ君」



 そう言ってルノウはその場を立ち去った。それと同時にソラがふらつく。まだスキルを使い慣れていないことによる反動だ。ソラはスキルの効果の上昇と、その扱いに体が慣れる速度がずれていた。だが、それはさほど珍しいことではなく、寧ろ両方が同じ側で向上する方が珍しいと言われている。



「「ソラ⁉」」



 ソラは二人の心配する言葉に大丈夫だと手で合図し、先程まで奴隷だった、唖然とした表情を浮かべている少女に近づいた。手元に付いている鎖に手で触れて消滅させる。次に膝をついてしゃがみ、足かせに手を触れて消滅させる。それを終えると、ソラは満足げな笑みを浮かべながら倒れた。

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