第五章 メノード島

第01話 天才魔法使い、メノード島を知る

 エリンの力を借りると魔方陣が現れてしまうので、自分で手加減をしなくてはならない。だが、これまでたまに、少しずつ練習をしていたのでこれぐらいなら楽勝だ。



「な、なんだ!? 急に強風がッ!」


「これは台風か!?」


「台風の兆しなんて無かったのになぜ!?」



 楽勝……だと思ってた。



「みな落ち着け! これを利用して進むぞ!」


「しかし魔王様、帆が持ちそうにありません!」



 そうこう騒いでいる間にも威力の調節に励む。



「おいリク、話が違うぞ」ボソッ


「何か仰いましたか魔王様?」


「いや、何でもない」



 これでも頑張っているのだ。そこは大目に見てほしい。

 その後、一分も掛かること無くうまい具合の威力にすることができた。いい感じに練習の成果が出ている。が、油断すれば普通に船が大破するかもしれない。謎の緊張感に包まれながら船は海の上を進んだ。





「ここがメノード島の港ですか。人間のものとそう変わりませんね。少々物騒ではありますが」


「なんかエリンの声久しぶりに聞いた気がする」


「随分と集中していたようだったので」



 有難い気遣いである。

 港に着いたのでさっさと皆を迎えに行こう。特にシエラ。と、思ったのだが魔王様に言われて城まで着いて行くことになっている。

 港を出てすぐに馬車に乗る。中にいるのは僕とエリンとリリィと魔王様だ。エリンは僕の肩の上、リリィは僕の膝の上だ。エリンはともかく、リリィに関しては普通に座るスペースあるんだけどな……。なんなら魔王様の顔が引き攣ってるから降りて欲しいまである。



「この中の会話は外に漏れることはない。会話しても問題ないぞ」


「港はあそこしかないんですか?」


「いや、先程の島の西側の港は人間の島に近いからあぁなっているだけだ。反対の東の港は魚を捕るための船がほとんどだ」



 港に着いて僕らが目にしたのは大量の大砲やバリスタと、山積みされたその弾だった。エリンが先程物騒と言っていた理由がそれだ。観光するにはあまりに退屈すぎる。東側の港はメノード島の観光地の第一候補としておこう。



「時にリクは、人間の街を治めている者と会ったりできるのか?」


「出来ますけど……それがどうかしたんですか?」


「実は最近、戦争を押している一派がかなり勢力を増やしてきていてな。そこで、ドラゴンで自由に動き回れるリクに人間の国の王と話せる環境を作ってもらおうかと思ってな。まぁ、一介の旅人には無理な頼み事だとは思うが――」


「出来ますよ」


「本当か!?」



 思ったよりも嬉しい話につい笑みがこぼれてしまった。人間と魔族が仲良くなればわざわざお忍びで観光する必要もなくなるのだ。



「ですがリク、リントブル聖王国はどうするのですか?」



 忘れてた。他の国から金を巻き上げて戦争の準備をしている、一番重要そうな国が……。



「そのリントブル聖王国はそんなに重要なのか?」


「まぁ、戦争に限って言えばそうですね」



 僕は人間の住んでいるユーロン島の状況を簡単に説明した。今更ではあるが、こんなこと魔族に、それもその長に説明していいのだろうか。



「北のデルガンダ王国、南西のストビー王国はどうにかなるのか。しかし、リクの話からすれば戦争に興味があるのは東のリントブル聖王国だけと」



 興味があると言うか、戦える戦力を有しているのがリントブル聖王国だけなんだよね。



「そんな感じですね。それでどうしますか?」


「戦力を持っていないとは言え、戦争に乗り気ではないのなら是非話してみたい。戦争に乗り気の連中も実際に人間に会えば考えが変わるかもしれないしな」


「なら陛下たちに聞いておきます。陛下たちが断ったらどうしようもないですけど……」


「その時は諦める」



 まぁ、それは仕方ないよね。



「リリィ、そろそろ降りてくれる? やること出来たから」


「えー。りりぃまだりくとあそんでない!」


「またすぐに来るから。今は離して、ね?」


「ほんとう?」


「本当だよ」



 リリィは渋々といった感じて僕のコートから手を離した。

 僕のコートの前側が全開になっているのはリリィの悪戯なのだろうか。リリィを降ろしてからコートを直しながら立ち上がる。



「ここにドラゴンを呼ぶのか?」


「いえ、この子が転移魔法を使えるので。ほら、魔王様が人間の島に来るときに使っていたあの魔道具みたいな感じです」


「人間はそんなことが出来るのか! これはいつ攻めてきてもおかしくないな……」


「この島までの距離を簡単に移動できるのはリクだけなので安心してください」


「それは……安心していいのか?」



 それは知らない。



「それで魔王様に連絡を取るときはどうすればいいですか?」


「そうだな、姿を消してもあれぐらいなら気付く者もいるだろうし……」


「くっ……」



 エリンの悔しがってる顔なんて珍しいな。なんか得した気分だ。



「魔族の姿でも無理ですか?」


「それなら俺の客と言うことにしておけば問題ないぞ。リクの気配はかなり強いからな。余程の馬鹿でなければ手は出さないはずだ」


「その気配ってのは抑えられないんですか?」


「無理だな。戦場に身を置いていれば分かるようになるのだ。相手と自分との実力差がな。リクの力は俺でも底が見えんから魔族相手でも堂々としているとよいだろう」



 その気配って不思議だな。相手の実力が分かるのなら本人の魔力の量でも無さそうだし……。戦いのなかで身に付くのなら僕には無理そうかな。そんな場所に赴くつもりも予定なんてないし。魔王は実力で決まる。そういったものが分かるようになるのも必然なのだろう

 でも、そんなこと出来る人間なんて聞いたことないし、もしかしたら魔族特有の第六感的な何かなのかもしれない。



「それで魔王様の城はどこら辺にあるんですか?」


「ここからでも見えているぞ」


「「え?」」



 馬車の中から進行方向をガラス越しに覗いてみると、かなり高い壁が見える。が、そんな壁大したことないとでも言うようにその壁越しに城の上の部分が頭を出している。ちなみに、このガラス、外からは中の様子が見えないらしい。



「一旦壁の中まで行きませんか? 外側に転移魔法で出てくるのは面倒そうです」


「そうだね。いいですか、魔王様?」


「構わんぞ。なんなら城の中まで――」



 魔王様がそこで言い留まる。許可をもらって腰を掛けた僕の膝の上に嬉しそうに腰掛けたリリィの姿が目に入ったからだろう。リリィとの時間を邪魔してごめんなさい。



「城門の兵士には俺から伝えておこう。何人で来るんだ?」


「えっと……僕を入れて5人です」



 馬車は何事もなく進み、門の前で検問のために列を作っている人たちを無視してノーチェックで街へと入る。なにこの独裁国家。いや、権力が一人に集まっているのだから当たり前か。



「エリン、姿変えてくれる?」


「分かりました」



 足元に魔方陣が現れ、姿が変わる。と言っても、頭からそれっぽい角が生えただけである。勿論、触れようとすれば空を切ることになる。



「すごーいっ」


「俺たち魔族は精霊と契約したり出来ないのか?」


「出来ないこともないですけど、森から離れているので私たち精霊を呼び出すだけでかなりの魔力を消耗しますよ?」



 そういえばそんな話もあったっけ。



「これだけで本当に大丈夫かな」


「問題ないぞ。俺が見ても魔族にしか見えんしな」


「りりぃたちといっしょ~」



 魔王様が見て分からないのなら問題ないだろう。人間とこれくらいの差しかないのに、何で戦争なんてしているのだろう。馬車から見える人間の町とそう変わらない景色を見てそう思った



「じゃあ僕らはこれで」


「いつ頃来るんだ?」


「今日はもう遅いので明日、お昼過ぎに来ます」



 結局夕日が見えるぐらいまではのんびりしてしまったので、日を改めることにしたのだ。



「りく、やくそく」



 そう言って小指を差し出されたので、僕も小指を出して指切りをする。



「ちゃんたあしたきてねー!」


「分かってるよ」



 リリィに手を振り返しながら馬車から降りた僕らは、人影のないところに移動してから、エリンに頼んで足元に転移魔法の魔方陣を出現させた。



「人間とそう変わりませんね」


「そうだね。仲良く出来るといいんだけど……」



 僕は色々あって忘れていたシエラの事を思い出して冷や汗を流しながら、皆を迎えにいくのだった。

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