第26話 天才魔法使い、魔族に手を貸す
僕らはリリィと別れた海上の上空へと移動してきた。人間が住んでいるユーロン島とは逆方向の地平線を眺めるとそちらに向かって進む船が見えたので、多分リリィを探しに来た魔族たちは自分達の領土へと戻っていっているのだろう。
「正確な方向わからないし、取り敢えず追いかけてみようか」
「そうですね」
メノード島は僕ら人間が住んでいるユーロン島の東にある。そう聞いていたのでシエラに頼んで東へと進んでもらったが、360度どこを見ても海のせいで多少方向がずれても気付け無さそうた。
そもそも真東にあるとも限らないので、付いていくのが無難だと判断したのである。
「ここら辺の海は平和そうだなぁ」
僕はたまにキラリと太陽の光を反射する小魚を見ながらそんなことを呟いた。海の魚と言われるとどうしてもガノード島の魚が頭をよぎるのだ。最初に立ち寄った街の市場にあった魚なんて、ガノード島の魚の印象が強すぎてよく思い出せない。
「あんな魚どこにでもいたら困ります」
「確かに」
あれはドラゴンだからどうにかできるのであって、人ではどうしようもない。
そんなこんなで無駄話をしながら船を追いかけるが、全く目的地に到着する気配がない。リリィが連れてこられたのか昨日らしいから一日掛かることはないはずなのだが。
そんなことを考えていると、船に帆を立てて風魔法で動かし始めるのが見えた。先程と比べて随分速度が落ちている。
「何してんだろ?」
「燃料が切れたとかじゃないですか?」
「流石に往復の分は持ってきてるんじゃ……」
何か問題が発生したとか? ちょっと様子見に行こうかな。
と、思ったが魔族の船に人間である僕が乗り込んだら騒ぎになるし、エリンに姿を変えてもらうにしても知らないやつが増えたら流石に気づくだろう。
「私、姿を見えなくすることなら出来ますがどうしますか?」
姿を変えたり消したりする魔法といい、例の三大貴族のやり取りを覗いた魔法といい、転移魔法といいエリンの魔法が犯罪チックに感じるのは気のせいだろうか。
まあ、使わせてる僕が言うのもあれだけどね。
「じゃあ、お願い」
「分かりました」
☆
僕はリリィが父親のものだと言っていた船の上に着地した。
そこでは船に乗っている魔族が慌ただしく動き回っていた。
「っ、誰だっ!」
「「――ッ!」」
一際豪華な装飾に身を包まれたその魔族は僕らが近くを通った瞬間にそう怒鳴り散らした。
その声に驚いたのはどうやら僕らだけではなかったようで、周りの魔族も驚いた顔でそちらを見ていた。
「ど、どうかされたのですかな? 魔王様」
「……いや、何でもない。私の勘違いだったようだ。皆も気にせず作業を進めてくれ」
そう言うとこちらを向いていた魔族逹はすぐにもとの作業に取りかかる。
なんだ、勘違いか。心臓に悪いから勘弁してほしいものだ。
僕がその場を離れようとしたとき、魔王が小声で何かを囁いた。
「リク、話がある。付いて来い」ボソッ
あっ、はい。
僕は魔王のあとに続いて船の中へと入った。
外で忙しそうにしている魔族の手伝いだけする予定だったんだけどな……。皆を待たせてるわけだし。何よりデルガンダ王国の食料庫が心配なのだ。
「おとーさん、どうしたの?」
そんなリリィの声に魔王は先程のものからは想像もつかない笑顔を浮かべる。
「ちょっと変な人を連れてきただけだよぉ」
「へんなひと?」
その話し方やめてくれませんかね。鳥肌が立つから。
「そろそろ姿を見せたらどうだ」
僕は一つ溜め息をついて、目線でエリンに魔法を解くように合図を送った。
「りく!」
そう言いながらこちらへとダイブしてくるリリィを優しく受け止める。あちらで鬼の形相をして殺意を剥き出しにしている誰かさんが怖いので早く離れてほしい。
「すみません、リク。まさか見つかるとは……。私もまだまだですね」
「いや、あの人は例外だから気にしなくていいと思うよ」
魔王は世襲制ではなく、実力で決まるらしい。そして、魔族は数こそ人間よりも少ないが一人一人の身体能力や魔法に関する力は人間のそれを遥かに上回ると言われている。詰まるところ、魔王とは正真正銘、この世界において単独にて最強なのだ。
真面目な話、勇者でも本気を出した魔王様と一騎打ちしたら勝てるかと聞かれれば、僕は魔王様が勝つと思う。最も、僕もこの人の実力は見たこと無いのだが。
「……その奇っ怪な生き物は何だ?」
「精霊って聞いたことありますか?」
「――ッ! かつて先代の魔王を勇者と共に滅ぼしたというあの生き物か!?」
そんな話初耳なんですが。エリンの方をちらりと見る。
「そんな話知りませんよ? 第一勇者と契約した精霊なんて聞いたことないです」
「だが我ら魔族の間ではそう伝わっておるが……」
「わたしもそのおはなしきいたことあるー!」
リリィも元気よく手を挙げて魔王に賛同する。なんだこの矛盾。まぁ、昔のことが正確に伝えられているかなんて誰にも分からないし気にすることもないか。
「それでリク、そろそろ娘を離してやってくれぬか。かなり苦しそうだしな」
「わたしはたのしーよ?」
「」グハッ
苦しそうなのは魔王様の方だと思う。
「リリィ、そろそろ離してくれる?」
「りくは……いや?」
その顔はずるいと思う。
「リクにはやることがあります。だから離してあげてください」
「……わかった」
そうだった。ここの状況聞きに来たんだった。
「それで魔王様、この船急に速度落ちたみたいですけど何かあったんですか?」
「いやー、リリィが拐われて気が動転してな。帰りの分の燃料を積む時間も惜しんで人間の島へと向かったのだ。私としたことが。はっはっは」
結局エリンの言う通りだったか。動かす燃料がなくなったから魔法で動かそうとしたと。
「そういえば何で僕だって分かったんですか?」
「気配と言えば分かりやすいか。相手の実力はまずそれで確かめるだろう?」
少なくとも僕は確かめないし、そんな方法を使っている人間には会ったことはない。
「それがリクのものだったからだ。以前会ったときよりも凄みが増しておるから少し悩んだがな」
「ありがとうございます?」
これは誉められているのだろうか。
「リクが旅をしているのはリリィから聞いたが……まさかメノード島にも来るつもりか!?」
「そのつもりです」
「まぁ、それは約束だからな。歓迎しよう」
「りりぃもいっしょにいくー!」
「お父さんが良いって言ったらね」
「おとーさん……」
魔王様はリリィの涙目にも耐えている。親の気持ちは僕にはわからないが、リリィが自分の目の届かないところに行くというのが心配なのだろう。
「そ、そういえばリクは何故こんなところに? リリィから聞いた話ではドラゴンを仲間にしているようだし先にメノード島に行けば良いのではないのか?」
「正確な位置が分からないんですよ。それより、本当に行っても大丈夫なんですか?」
「他の者については俺が出来る限りで何とかしておこう」
それは助かります。
「じゃあ、僕は外の人の手伝いをして来ます」
「いいのか?」
「えぇ。こちらの事情もあるので」
どこかの王国の食料庫とか。
さて、手伝いをするにあたって問題は他の人に気付かれないかどうかである。そのことを聞いてみると、実力のあるものは他の船に散っているとのこと。なんでも自分がいるから過剰に戦力を集める必要はないとか。その話を聞く限り、魔族の全員が魔王様のように気配を察知できるということではないようだ。
話も終わったのでリリィに手を振って部屋を出る。勿論、それと同時にエリンに姿を消して貰った。
「おとーさん、おはなしおわった?」
「終わったよぉ。何して遊ぼっか?」
「あそばなくてもいいから、わたしがりくについていってもいいかかんがえて?」
「そ、それはまた考えておこう」
「いつかんがえてくれるのー?」
「それは――」
部屋から出るとき、そんな話声が聞こえた。
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