第19話 冒険者、勇者に絡まれる

「なんか、避けられて、る?」


「そりゃあ、師匠と一緒にいたからな」



 私たちがギルドに入ると、あちこちから視線を感じた。だが、結局話しかけてくる者はいなかった。ちなみに、そこに勇者の姿はなかった。



「あんまり良さそうなのないね」


「姉ちゃん、また後で見に来ようよ」



 ギルドへの依頼は逐次更新される。私たちが探しているのは、ここの近くの魔物の討伐依頼だ。なければ魔石だけを回収して来ようと思っている。要は修行のついでにお金になりそうなクエストを探しに来たのだ。





 私たちは北の端にある孤児院へと向かった。私たちが育った場所だ。



「前に来た時より人が増えてるね……」



 ゼルの言葉通り、私たちがいた時よりも多くなっていた。国から支給されるお金は本当に最低限のものだ。



「お久しぶりです、シスター」


「まぁ、4人とも無事だったのね!」



 シスターや一緒に育った仲間に帰って来るまでにあったことを話して聞かせた。特に、師匠の話は、小さい子はキラキラした目で聞いてくれた。だが、それ以外の子は疑惑の目を向けてきた。



「本当なんだって! ユニ!」


「分かった」



 ヴァンとユニが信じてもらおうと頑張っている。ユニが詠唱をせずに光の球を出すと、何人かは納得してくれた。それでも信じない子の方が多かったが。まぁ、師匠の話だししょうがないと思う。もし私が逆の立場だったら絶対信じなかったと思う。



「シスター、これ」



 私はシスターに魔石を売った分のお金を渡した。手元には宿代だけ残してある。師匠と一緒にいたおかげで武具はほとんど傷ついていない。なので宿代さえあればどうにかなる。

 目的を果たした私たちは孤児院を出た。





「シスター、ここを出る時より痩せてたね」


「多分お金が足りてないんだと思う。自分の分も子供に回してるんじゃないかな」



 孤児院は一応国からの支援金があるが、その額は本当に最低限のものだ。今は孤児院を出た人からの寄付でどうにか成り立っている。私たちも孤児院にいたときにお腹いっぱいになるまでご飯を食べた記憶はない。



「宿取ったらもう一回ギルド覗きに行こうぜ」


「そう、だね」



 ヴァンの言葉通り、安い宿をとりギルドへ向かった。

 するとそこでは、怒りの表所を浮かべたロイドが待ち構えていた。



「おい! お前らの師匠は今どこにいる!」



 ロイドの覇気に押される。評判があれでも実力があるというのだから質が悪い。だが、顔に残っている落書きのせいで二枚目の顔も台無しになっている。師匠なら普通に笑いそうだが、私たちだけでは勇者相手にそんなことできない。



「あの後、直ぐに別れたので分かりません」


「嘘なんかついていないだろうな」



 すごい形相で睨みつけてくる。ヴァンが笑いそうになっていたので肘で小突く。



「本当です」



 確かお姫様に会いに行くとか言っていたので城の方だとは思うが、わざわざ師匠の所に面倒ごとを持っていくようなことをする気はない。だが、そんなことは意味がなかった。扉から一人の男が飛び込んで来る。



「勇者様、どうやら彼は城の方に行ったようです」


「ふんっ。王族に付け入る気か。俺様が直々に陛下に罰を下すように頼んでやる」



 師匠なら、王族に付け入ろうとか絶対思わない。というか、逆の立場の方がまだ納得できる。

 そんなことを考えていると、師匠の居場所を特定した男がこちらに近づいて来る。



「すまない、あいつに脅されていたんだ」



 なんか私たちに対して怯えてる? ……あぁ、勇者を倒した人の弟子だからか。師匠のせいで常識人の気持ちが理解できなくなってきた気がする。自分が常識から離れつつあることを認識できているだけまだましかな。



「姉ちゃん、どうする?」


「俺、見に行きたい!」


「私も……」


「……よし、行こう」



 さっきとは違って勇者はきっと全力で戦う。弟子としては見逃せない一戦だ。そう思って勇者について行く。噂を聞き付けたのか、次々と人が集まってきて、勇者を先頭として大行列となっていた。



「おい、お前らあいつの弟子なんだろ? どっちが勝つと思うよ」



 近くにいたガタイのいい冒険者が話しかけてくる。周りの冒険者たちも聞き耳を立てているようだ。



「師匠に決まってんだろ!」


「聖剣を手にした勇者でもか?」


「師匠に勝てる人なんていない」



 ヴァンとユニが強気に返し、ゼルは頷いている。私たちの師匠の実力への信頼は勇者に対するものよりも強い。師匠なら人間と魔族の戦争を終わらせられるんじゃなかろうか。私たちの信頼は、そんなことを考えさせられるレベルである。





 城の訓練場の警備は勇者のお陰でパスできた。私たちを観客席に入れるように言ったのは自分の実力を見せつけたいからだろう。彼の性格から察するに、師匠に負けたままというのが気に食わないのだと思う。まぁ、人類の希望が油断していたとはいえ、倒された時点で問題ではあるのだが。



「なんか師匠、陛下たちと仲良さそうじゃない?」


「確か、お姫様に会いに行くとか言ってた、よね」



 勇者との戦いを見逃すまいと駆け足で観客席に入った私たちが見たのは王族と親し気に話す師匠とアイラの姿だった。



「やっと……見つけたぞ……」



 師匠は笑いをこらえているが、後ろのお姫様とアイラはくすくすと笑っている。

 陛下に訴えかける勇者の声と、それに答える陛下の声が聞こえてくる。



「おい、今マルクス王子が手も足も出なかったって……」


「そんなわけないだろ。王子様はそこらの冒険者なんて手が出ないぐらい強いんだぞ」


「でも今陛下が……」


「何かの聞き間違いだろ」



 周りの冒険者は冗談として捉えたようだが、私たち4人は全く冗談には聞こえなかった。師匠の実力の一端を自分の目で見ているから。



「師匠何やってんだよ……」


「マルクス王子が手も足も出なかったってことは、この国の兵士に師匠より強い人がいないってことだよね」



 私の言葉に4人が唾をのむ。マルクス王子と陛下の実力は国中、そして国外にも知れ渡っている。少なくとも、国の兵士の中に二人に敵う者はいないと言われている。兵士長のガロンという人が敵うかどうかというところ。そんな人が師匠相手に手も足も出なかったのだ。

 それはつまり、師匠が国に反乱でも起こせばだれも止められないということになる。勇者が勝てなければ尚更だ。



「あれが聖剣……初めて見た……」



 ゼルが声を漏らす。ゼルは小さい頃から勇者に憧れていたからか、聖剣に見入っている。最も、今はその対象が師匠に変わってしまったようだが。



「ねぇ、あれって……」



 師匠が人差し指を上に向けた。あれは確か魔物を倒すときに使っていた……。師匠が躊躇いなく指を振り下ろす。閃光と轟音がともにやってくる。次の瞬間、勇者はボロボロになっていた。師匠が近づいて息をしているか確認している。



「もし勇者が死んでたらどうするつもりだったんだろう……」


「師匠なら勇者が死んでも代わりに人類を救えそうだけどな」



 ヴァンが縁起でもないことを言う。確かにその通りだとは思うが、あれでも3人しかいない勇者の中の一人なのだ。少なくとも人前でそんなことを言うべきではない。今は周りの人の耳には届かないだろうけれど。皆、口をポカンと開けて師匠の方を見ている。



「早く宿を取りに、行こう」



 ユニが珍しく皆をせかす。多分早く修行したいだけだと思う。魔力を集めるだけなら別に外に行かなくても練習できる。宿の中で十分なのだ。私たちはすぐに宿に向かった。早く修行をしたいのはユニだけではないのだ。

 私たちが目標とする師匠は、勇者すら簡単に倒せる。今の私たちには程遠い。追いつくためには、少しでも修行をするしかないのだ。私たちはそれぞれの思いを胸に宿への足を速めた。

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