第18話 冒険者、故郷に帰る

「見てください師匠!」


「やっと青色になったぜ」



 私たちが明日には王都に着くというところまで来た時、ゼルとヴァンが武器に魔力を纏わせることに成功した。師匠に見せてもらったものと比べると、その光は弱くうっすらとしたものだ。



「その状態で僕に攻撃してみて」


「師匠は武器を使わなくていいんですか?」


「多分二人の武器壊しちゃうから却下」


「くっ、もちろん本気でいいんだよな師匠?」


「あぁ、いいよ」



 そんな会話が聞こえてきて、私たちは自分の修行を止めてそちらに視線を向けた。師匠が武器を持って戦うところなんてめったに見れない。こんな貴重な機会を逃すわけにはいかない。



「師匠が持ってるのって……」


「木の枝?」


「あれで、戦えるの、かな?」



 私たちの目線の先には剣を構えるゼル、矢を弓につがえて距離をとるヴァン、木の枝に魔力を込めた師匠がいた。

 ヴァンが距離をとったのを確認してゼルが一気に踏み込む。師匠はそれを受け流す。ゼルの剣と師匠の木の枝が当たった時には、木の枝から聞こえるはずのない金属同士がぶつかるような音が聞こえてきている。



「リク様!」



 死角である背後からヴァンが狙撃する。矢は青い筋を描きながら真っ直ぐ師匠へ飛んでいく。師匠は何事もなかったかのように避ける。矢は木を貫通して見えないところまで飛んで行ってしまった。二人の動きは本気で魔物を倒すときのそれだった。



~5分後~



 結局、二人は師匠に一太刀も浴びせることなく膝をついた。師匠は5分の間、ゼルの攻撃を受け流し、ヴァンの矢を打ち落とし続けた。ヴァンの矢が遥か彼方に飛んで行ってしまったのを見て、師匠はしまったといった顔で「あっ」と言っていた。ヴァンの矢を打ち落としていたのはそういう理由だろう。



「魔法使いなのにその身体能力は反則だろ……」


「いやいや、魔力で強化してるに決まってるじゃん」


「それ僕らでも使えますか?」


「武器と似たような要領でやってるんだけどさ。ほら、失敗するとなんかやばそうだから」



 確かに失敗したら大変なことになりそうだ。

 背後からの攻撃もすべて対応していたのは、五感まで鋭くなっているかららしい。ヴァンの言う通り、私たちからしてみれば反則もいいところだ。





 明日で師匠たちとはお別れだ。その日の夜、私たちは師匠が作ってくれたテントに集まっていた。



「俺、いつか師匠みたいに強くなりたい」


「僕も。師匠みたいに簡単に人を守れるぐらい……」



 私たちもヴァンとゼルの意見に賛成だ。孤児院のお金のためにギルドに入り、実力をつけていた私たちだったが、師匠の圧倒的な力を見て考えが変わった。



「私もいつかあんな風に魔法を使えるようになりたい」


「私は、もっと魔法のことを知りたい」



 実力を他の目的のための手段としてではなく、実力をつけること自体が目的となっていた。力の象徴と言えば勇者だ。そんな話をしてみると。



「俺は師匠みたいに身近な人を守りたい」



とのことだ。勇者は普通の人間が太刀打ちできないような強敵が相手の場合は駆り出されるが、冒険者で問題ないと判断されたら絶対に出てこない。理由はいろいろあるだろうけど、何かあった時のためにリンドブル聖王国で待機させておきたいというのが大きいと思う。

 あの国は島の東にあり、魔王がいる島と最も近い。勇者を手元に置いておきたいというのも頷ける。20年ぐらい前に、賢者と呼ばれる一族が魔族に滅ぼされたと聞いた。それ以降警戒を強めているとか。



「姉ちゃんは師匠と勇者、どっちが強いと思う?」


「師匠じゃないかな。ロイドって勇者の聖剣の効果、聞いたことあるでしょ?」



 確か剣に魔力を込められるといったものだ。聖剣は3本存在し、その効果を知っているものは極僅からしい。しかし、ロイドという名の勇者は悪目立ちしており、あちこちで力を振るっていたため、その力も周知の事実となっていた。そして、魔力を込めた彼の聖剣は赤い光を纏うと言われていた。



「完全に師匠の下位互換だよね」


「勇者って案外弱いのかもな」


「それは違う、と思う。人類の希望が下位互換になる師匠が、強すぎるだけ、だと思う」


「師匠といると常識がわからなくなりそうだよね」



 その後、王都に着いてからの予定をみんなで話し合ってから私たちは眠りについた。





「やあ、初心者の冒険者かい? 君たちは運がいいね。勇者である僕、ロイド様が特別に手取り足取り教えてあげるよ」



 その日は修行をせず、朝から私たちは王都へ向かって進んだ。王都に入った私たちは魔石の換金のために、師匠たちと共にギルドへと向かった。そこでは噂に違わぬ勇者がいた。



「師匠? その年で? 冗談を言っちゃいけないよ。どうせ大した実力もないんだろ?」



 ロイドが私たちの師匠に失礼なことを言う。珍しくゼルが怒っている。確かに年は私たちとそう変わらないけれど、私たちは師匠を本気で尊敬している。力があっても慢心なんてしないし、それを見せびらかすようなこともしない。目の前にいる勇者とは比べるまでもないのだ。



「どうも、リクと申します。以後お見知りおきを」



 師匠はそう言って笑顔でロイドに握手を求めた。私たち4人が師匠の行動に戸惑っていると、アイラのワクワク顔が視界に入った。





「「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!」」」」」」」


「やるな兄ちゃん」


「みんなあの勇者にはうんざりしてたのよ」


「あんたこそ真の勇者だぜ!」



 師匠は勇者を倒した。これだけ聞くと悪役っぽく感じる。勇者すら簡単に倒せる師匠を見て、私たちは対して驚かなかった。むしろ、こんなすごい師匠がいることが誇りに思えた。そんな師匠の顔に泥を塗らないためにも、もっと強くならなければ。そう思った。



「あれ、油性ペンだよな」


「そ、そうだね……」



 ヴァンとゼルの言葉を聞いて視線を向ける。余程あの勇者に恨みでもあるのか、倒れた勇者の周りには人が集まって嫌がらせをしていた。あれは1日じゃ落ちないだろうな。そんなことを思いながら私は師匠の後に続いた。



「あれは魔法ですか?」


「ちょっと電気でビリビリっとね」



 私の質問に師匠が答える。



「あれはちょっとじゃない、と思うんですけど……」


「師匠、勇者を気絶させるレベルの電気なんて普通の人なら死んでると思いますよ」


「師匠はいろいろ人間離れ……、というか完全に人間じゃないよな、今更だけど」


「リク様だから」



 相変わらず師匠の魔法はすごい。明らかに私たちが知っているものとは次元が違う。

 私たちはひっそりとその場を抜け出した。





「『アイテムボックス』に入れてたんだから腐るわけないじゃん」


「「「「「……えっ?」」」」」



 師匠によると『アイテムボックス』の効果だけ聞いて再現したらしい。確か魔法で倉庫を作るから物を入れていると使える魔力の量が減るとか聞いたことあるが、師匠ならそのぐらい問題ないと思っていた。が、時間が止まるとは明らかに普通ではない。



「どうやってるんですか?」


「こう空間に穴をあけて――」



 こうってどう? 全く理解できなかった。というか空間に穴をあけるって何? ユニですらこれ以上質問をしなかった。きっと聞いても理解できないと判断したのだろう。

 ギルドを出るとき、師匠が勇者の姿を見て笑いをこらえていた。……師匠は結構ツボが浅かったりするのかもしれない。





「4人はどうする? 一緒に行く?」



 師匠の申し出はありがたいけれど……



「いえ、私たちはギルドに戻って、依頼を受けようと思います」


「一日でも早く師匠のように強くなりたいです!」


「勇者を気絶させた師匠の魔法、凄かった、です。私も早く追いつきたい、です」


「師匠みたいに早く強くなりたいぜ」



 私たちは勇者すら簡単に倒せる師匠を見て、更にやる気を出していた。



「じゃあ頑張れよ。僕は適当に旅してるからまた会うこともあるだろうし」


「「「「ありがとうございました! 師匠!」」」」



 師匠が恥ずかしそうな顔をしている。公衆の面前で勇者を倒しておいて何を今更と思ったが口には出さなかった。



「みんな頑張って。応援してる」


「アイラも頑張ってね!」


「アイラさんならきっと落とせます!」


「アイラはかわいいから、きっと大丈夫」


「俺も応援してるぜ、アイラさん!」



 私たちはアイラに応援の言葉を送り、師匠たちと別れた。師匠は訳が分からないという顔をしていた。アイラは苦労しそうだなと思いながら、私たちはギルドへと戻った。

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