第17話 冒険者、危機を脱する

「アイラ、あれって食べられるやつ?」



 何が起こったのか分からず混乱していると、師匠の全く緊張感のない声が聞こえた。緊張の糸が師匠の声だけで切れる。それだけ私が師匠の実力を信用しているのもあるが、師匠の足元で不思議そうに自分の体を確かめているゼルとヴァンを見た事も原因の一つだろう。先程までの傷が嘘のように消えていた。



「……食べられるけど美味しくない」


「じゃあ、いいや」



 アイラは一瞬混乱していた気がするが、すぐに師匠の言葉に答えた。

 私たちが一匹を相手に命がけの戦いをしていた魔物数十匹に対して、焦りの色一つ見せない師匠は、多分冒険者ランクで言えばSランクだろう。最も、他のSランク冒険者では歯もたたない気がするが。

 師匠が人差し指を上げ、振り下ろす。辺りに閃光と轟音を伴って雷が落ち、ブラッドウルフは塵になった。そこにあるのは魔石だけだ。



「師匠、まだいるかもしれないので気を付けてください」


「じゃあ、あんまり離れないでね」



 魔石を拾っている師匠に声をかける。私の声を聞いても全く警戒しているようには見えない。多分、警戒していないのではなく、する必要がないのだろう。するとしても私たちが襲われないかどうかだ。



「うわっ!」



 ヴァンのいる所にブラッドウルフが飛び掛かる。が、ヴァンの目の前に来たのは魔石だけだった。ヴァンに向かって飛んだ瞬間に雷に打たれ、慣性に従って魔石だけが転がってきたのだ。

 ……師匠、やろうと思えば国一つくらいなら落とせるんじゃなかろうか。そんな馬鹿なことを考えながら師匠の魔石を拾うのを手伝った。





 村への帰り道を、私たちは師匠と出来るだけ離れないようにしながら歩いていた。ヴァンが受けた返り血は師匠が魔法で洗い流してくれた。



「師匠、ヴァンを襲った魔物を倒した時、何の身振りもしてません、でしたよね」



 ユニが師匠に質問する。確かに、師匠は魔法を使うとき何らかの身振りをしていた気がする。



「あの魔法なら結構練習したから身振り無しでもある程度加減できるんだよね」



 ……加減?



「他の魔法は加減ができないから使ってないんですか?」


「火を直接出す魔法とかは苦手かな。始めの方は加減を間違えて湖蒸発させちゃったりね。今はまだましになってるけど」



 湖を……蒸発? 私たちの表情を見てどう解釈したのかは分からないが、師匠が続けて話し出した。



「いや、ちゃんと湖は魔法で水出して元に戻したよ? 魚は……まぁ、悪いとは思ってる」



 湖の水に匹敵する量の水……。一晩雨降らすぐらいだからそのぐらいなら……出来る? もうなんか常識の範囲がよく分からなくなってきた。



「師匠は何で雷の魔法の練習をしたんですか?」



 次はゼルが質問をする。確かに、師匠が練習すればそれ以外の魔法も使えそうなものだ。



「一番速いからかな。何か避けられにくそうじゃない?」



 私はさっきブラッドウルフに火の球を避けられたことを思い出す。雷系の魔法は初級こそ雷の球を飛ばすような魔法だが、上位の魔法は手元から雷を対象に向かって走らせるような魔法だ。確かに他の魔法より早く、避けるのは難しいと思う。

 師匠の場合、それは関係ない気がするけど。いきなり頭上から雷とかどうすれば避けられると言うのか。それに、他の属性の魔法にしても湖を蒸発させられる威力に湖と同じ量の水を生み出せるレベルの魔法だ。普通に考えて避けられないと思う。





 かなり疲労していた私たちを師匠が気遣って、翌日の朝村を出ようということになった。そして、村を出ようとした時だった。



「助かったよ、兄ちゃん!」


「次来た時にはもっと美味しいご飯ご馳走してあげるよ!」


「これ、お礼です。持って行ってください」



 師匠が村の人たちから凄く感謝されている。何をしたのか聞いてみると。



「害虫と害獣の駆除だけど」



 とのことだ。魔法で害虫の駆除なんてできるの!? と思ったけれど、途中で考えるのをやめた。だって私たちの師匠だから。





「アイラ、お米の炊き方分かる?」


「道具があればできる」


「あぁ、それならさっきの村の人がくれたよ」



 師匠はさっきの村でかなりの量のお米をもらっていた。村の人の話を聞く限り、広大な耕作地の害虫を一匹残らず駆除し、辺りにいる害獣を住処ごと退治してしまったらしい。多分私たちを助けたときに持っていた魔石から考えるに、害獣ついでに魔物も退治したんだと思う。もらったお米はそのお礼らしい。



「師匠、私たちを助けたときに使った、魔法は何ですか?」


「あの眩しかったやつだな。暫く目が見えなかったぜ」



 ユニは師匠とあってからずいぶんと魔法に興味を持ったようで、事あるごとに師匠に質問をしている。ヴァンの言う通り、暫くは目が眩んで見えなかった。



「最初にユニに見せてもらった魔法だよ。ほら、詠唱だとできなかったけど、今なら明るさ調整できるでしょ?」



 そういって師匠は光の球を手の上に出し、明るくしたり暗くしたりして私たちに見せてくれた。そんなほいほい魔法を発動できるあたり、私たちとの差を感じる。師匠は魔力切れとかしたことあるんだろうか。



「なるほど、それで魔物の目を眩ませたんですね」


「そんな使い方があったなんて……」



 ゼルも私も師匠の言葉に頷く。そんな使い方、思い付きもしなかった。



「そういえば師匠の武器と防具はどういったものなんですか?」



 ゼルの質問は私たちもずっと思っていたことだ。ドラゴンの首を刎ねられるほどの武器に、そんなものを持っている人の防具だ。きっと私たちの想像もつかないような代物なのだろう。聞いたことがないのか、アイラも真剣な顔で耳を傾けていた。



「あぁ、これは……」



 私の思った通り、私たちじゃ想像もつかないような代物だった。私たちの思ったのとは別の方向にだけれど。



「何でこんな武器でドラゴンが倒せるんだよ……」


「師匠、ドラゴンを倒した時とはどのぐらい魔力を込めてたんですか?」



 ヴァンが師匠の説明を聞いて思ったことを口に出し、ゼルが質問をする。師匠は「このくらいかな」と言いながら、鞘から抜いた刀に魔力を込める。



「奇麗……」



 アイラの言葉通り、それは師匠が私たちに説明をした時とは違い、少し動かすと青い光の残像が見えるぐらいの光を纏っていた。その光は力強いものだったが、眩しいわけではない、とても不思議な光だった。

 師匠にとって武器は何でもいいのだろう。師匠ならそこら辺に落ちている石ころでも魔力を込めればドラゴンでも倒せる気がする。

 師匠の身に着けている、唯一武具屋で買った防具であるコートの性能を聞いた時はそれほど驚かなかった。刀の説明を受けていたせいか、何となく予想できてしまったのだ。コートの説明をしながら師匠がハッとした表情をしていた。師匠曰く。



「これ、魔力流し続ければ雨避けになるかもと思って。作った人はやっぱり天才だね」



とのことだ。……防具ってなんだっけ。このとき、師匠なら自分の魔法で武具を奇麗にするぐらいできるだろうし、雨なんて自分でやませられそうだな。と、思ったけれど口には出さなかった。





 その日、私たちは早めに野宿の準備を始め、夜まで修行をするということになった。師匠が魔法で照らしてくれているので辺りは明るい。



「師匠、何してたんですか?」



 師匠は私たちのテントを時間をかけて作っていた。これまでなら一つ一分も掛かっていなかったのだが、今日は五分ぐらい掛けていた。



「明日になればわかるよ」



 師匠の言葉を不思議に思いながら私たちは修行を進めた。





 次の日の朝、私たちは朝日を浴びて目を覚めた。最初は何も思わなかった。朝なので朝日を浴びるのはおかしなことではない。だが、頭が覚醒しだしてからそれに気が付く。ここは師匠が作ってくれたテントの中だ。



「昨日言ってたのはこれだったんだ」



 土で作られたドーム型のテントは上半分が日の光を遮らないぐらい薄く作られていた。前に作ってもらったものは上部に小さな穴が開いていただけだった。そういえば師匠が雨が降ったらどうしようとか言ってたな……。師匠は旅と言い張っているけれど、これが旅かと聞かれれば私にとっては微妙なところだ。こんなに快適な旅なんて聞いたことないし、なんならそこら辺の国の貧民街より快適な気がする。そんなことを考えながら、私は仲間と共に朝の食料調達へと向かった。

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