第16話 冒険者、格上の魔物と戦う
「最近雨が少なくてね。稲の実りが悪いんだよ」
これは村の宿の女将さんの言葉。
「へぇ、そうなんですか」
これは師匠の言葉。次の瞬間、外から雨音が聞こえてくる。さっきまでからっからに晴れていたのに。外から人々の歓喜の声が聞こえる。女将さんは素直に驚いて喜んでいるが、アイラを含めて私たちは目が点になっていた。師匠はどこ吹く風だ。
宿をとった後、私たちはご飯を食べに食堂に来ていた。私はほぼ確信に近いものを感じながらも、聞いてみた。
「あの雨ってもしかして……」
「あぁ、『シートル』の街のご飯が美味しかったから」
「そういう問題じゃ……いや、師匠だし考えるだけ無駄か」
ヴァンの言葉に師匠が不服そうな顔をしているが、私たちもヴァンに同意だ。村全体に雨を降らすってどれだけの魔力を使えばできるんだろう。少なくとも今の私じゃすべての魔力を使い切っても到底足りない。
師匠のもとで修業を始めてから、ますます師匠の凄さが実感できるようになってきた。魔力が感知できるようになったおかげで、どの程度の威力の魔法にどの程度の魔力が必要かが分かるようになってきたからだ。
☆
翌朝、師匠は村を見て周りに行ってしまったので、私たちは村のはずれで修行をしていた。雨は今朝、師匠の「そろそろいいかな」という言葉と共にどこかに行ってしまった。この状況に少しずつ慣れつつある自分が怖い。
「雨降らすってどう考えても普通じゃないよな」
「リク様だから」
アイラの一言で全員が納得する。こういうのをパワーワードと言うのだろう。多分、師匠の話を他人にしても信じてもらえないので、師匠を知っている人限定のパワーワードだ。
「アイラさんって師匠のこと好きなの?」
ヴァンの突拍子もない言葉にアイラが顔を赤くする。
((((かわいい))))
ハッと我に返ってヴァンの頭を叩く。
「ちょっと!」
「痛いっ! ごめんってば」
顔を赤くして黙り込んでしまうアイラの姿はとても可愛らしいものだった。
「でも師匠とアイラさんのやり取り見てると、奴隷とは思えないよね」
「師匠はそういうの、気にしなさそう」
「リク様は優しいから」
ヴァンの言葉から少し回復したアイラが答える。ゼルとユニの言う通り、二人を見てると奴隷なんて考え浮かびもしないし、師匠もアイラと普通に接しているので奴隷であることなんて気にしていないのだと思う。
私たちが見てきた奴隷はほとんどがひどい扱いだったからか、余計に奴隷になんて見えない。
「師匠ならアイラとの、結婚だって、気にしなさそう」
ユニの言葉にアイラが顔を真っ赤にする。アイラと師匠なら夫婦というより親子に見えるなと思ったが、私は口に出さなかった。師匠は結婚とか興味あるんだろうか。そんなくだらないことを考えながら魔力を集める練習をしている時だった。
「おい、今のって……」
かなり近い位置から何かの遠吠えが聞こえてきたのだ。
「誰か師匠を呼びに行った方が……」
「待って。もし今のが仲間を呼ぶためだったら一人になるのは危ない」
ヴァンの提案を素早く切り捨てる。村からはそれなりに距離があるので、私の予想がもし当たったら一人になるのは危ない。それに、遠吠えなんてする魔物この辺では聞かない。多分、この前のドラゴンの影響だと思う。
「アイラ、私たちの後ろに下がってて」
4人でアイラを囲んで辺りを警戒する。やがて、一匹の大人の背丈の半分ほどある魔物が姿を現した。
「そんな……なんでブラッドウルフがこんなところに……」
冒険者ランクで例えるなら、単体ならBランク、集団ならAランク以上と言われる狼のような魔物。単体だとしても攻撃を躱す素早さ、鋭い爪や牙を持ち、Bランク冒険者だとしても相性によっては苦戦を強いられることもあるらしい。集団だとそんな魔物が連携をとって攻撃してくるのだ。十匹以上いればSランク冒険者でないと対応できないとも言われている。Dランクの私たちには荷が重すぎる相手だ。
周りに仲間がいるかもしれないことを考えたらヴァンの相手の死角からの射撃は期待できない。
「師匠みたいに空中を走れたら……」
ヴァンは師匠が空中を走っていたのを見て自分が使えたら便利だと考え練習していた。だが、魔力を足場に変換するのがそもそも難しいのに、それを素早く繰り返さないと地面に向かって真っ逆さま。そんな難易度の高いものを2、3日で習得できるはずもなかった。
「姉ちゃん、俺が行く」
「ユニとヴァンは私と援護を」
「分かった」
「おう」
ブラッドウルフがヴァンに襲い掛かる。ゼルが盾でガードする。が、そのまま押し倒される。ブラッドウルフが爪をギラリと光らせながら腕を振り上げたタイミングで火の球が飛んでいき、ブラッドウルフが避けるように下がる。
「さんきゅ、姉ちゃん!」
手元に魔力を集めた状態で待機していたのだ。多分詠唱なんてしてたら間に合わなかった。それよりもまずい。4対1だからもしかしたらと思っていたが、唯一の前衛であるゼルがあのざまだ。どんなに考えてもこの場を切り抜ける方法が見つからない。
ゼルが下がってきて4人でアイラを囲む。
「私もやる」
「アイラ、ここは私たちに、任せて」
ユニがアイラを安心させるように言う。確かに戦闘経験なんてないアイラを戦わせられないし、正直戦ったところで足手纏いだ。
これがただの強がりだとはアイラも気づいているようだが、それを察してかそれからは何も言わなかった。
「ゼナ、俺に考えがある」
ヴァンの作戦を聞いて、それに乗ることにした。どの道このままじゃなすすべなくやられる。
「ゼル、頼んだわよ!」
「分かってる!」
ブラッドウルフは先ほどの魔法を警戒してか私たちの周りを円を描くように歩いている。
「ありがとう、ユニ」
ユニがゼルに支援魔法をかける。それを好機と見たのか、ブラッドウルフがこちらに突っ込んできた。
「ぐっ!」
ゼルがさっきと同じ態勢になる。と同時に赤い光をナイフに纏わせたヴァンが飛び出し、ブラッドウルフの横腹にナイフを突き立てる。
「うおぉぉぉ」
ナイフは赤い光をさらに増し、はじけ飛んだ。ヴァンは大量の返り血を浴びながら、すぐにブラッドウルフから距離を取った。
「やった……か?」
ブラッドウルフはピクリとも動かない。それを見て私たちが気を抜いた瞬間だった。
「うっ!」
「ぐっ!」
「ゼル! ヴァン!」
ユニの悲鳴にも近い叫び声にそちらを見ると二人が一匹のブラッドウルフに吹き飛ばされて、近くの木に叩きつけられていた。二人ともぐったりしていて、手足がおかしな方向に曲がっている。
周りを見ると数十匹のブラッドウルフが周りを囲んでいた。ゼルとヴァンの方にはかなりの数が集まっている。ブラッドウルフがゼルに向かって爪を振り上げている姿がちらりと見えた。
「ゼル!」
気が付いた時には叫んでいた。
「っ!」
ゼルとヴァンがいる方向から目がくらむような光が発せられた。
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