第02話 天才魔法使い、勇者に絡まれる(1)

 勇者。それは聖剣を操り、圧倒的な力を持つ存在。人間と魔族が争っているこの世界では、魔王を倒す存在として人々に崇められていた。また、聖剣にはそれぞれ特殊な力が備えられており、すべて強力な性能と言われている。

 もう存在がすでにかっこいい。人々の希望。圧倒的力。そんな勇者に憧れていた時期が僕にもあった。

 ……面倒くさいやつだな。どうやって切り抜けようか。そんなことを考えていると女性陣が声をかけてきた。



「リク様、早く行こう」


「そうです師匠。こんな人にかかわっている暇はありません」


「それにこんな人より、師匠に教えてもらった方がいい、です」



 女性陣が冷たい視線をロイドに向ける。



「師匠? その年で? 冗談を言っちゃいけないよ。どうせ大した実力もないんだろ?」



 お前も見た感じ20代前半だろ。と思ったが余計面倒になりそうだったので口に出さなかった。



「あなたなんかよりずっといい師匠ですよ」


「お前なんかとは比べ物になんねぇよ」



 二人がよいしょしてくる。師匠を馬鹿にされて怒っているのか? ゼルがめずらしく感情的になっている気がする。……いい弟子を持ったなぁ。



「どうせそこのお嬢さんたちだって脅されているんだろう? そんな若いのに師匠なんてありえないからね。今僕のもとへ来たらそこの屑から守ってあげるよ」



 はにかむ笑顔でロイドが言う。言いたい放題だな。僕の中の勇者のイメージが音を立てて崩れていく。これは多少やり返されても文句は言えないと思う。皆が何かを言おうとしたのを手で制して笑顔を顔に浮かべながらロイドの前に出た。アイラがワクワク顔を浮かべている。他の4人は僕の方を怪訝な顔付きでこちらを見ていた。



「どうも、リクと申します。以後お見知りおきを」



 そう言って僕は手を差し出した。ロイドは僕の手を取って握手をしながら喋りだした。



「ふんっ。君は自分の立場というものを弁えているようだなぁあああああああああああああああ」



 僕はロイドに手を伝って電気を流した。暫くしてロイドから手を離すとロイドは膝をついて息を荒くしている。勇者って頑丈なんだな。結構強めにやったつもりだったんだが。僕はこちらをにらみつけてくるロイドの肩に手を置いて、笑顔で彼の方を見る。



「ちょっと待て、勇者である僕にこんなことをして許さぁあああああああああああああああああああああああああああ」



 勇者が床で痙攣して倒れている。なんか周りが静まり返ってるんですけど。……やり過ぎた? 国を追放とかされたらどうしよう。次の瞬間、僕のこの不安は杞憂だったと理解した。



「「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!」」」」」」」


「やるな兄ちゃん」


「みんなあの勇者にはうんざりしてたのよ」


「あんたこそ真の勇者だぜ!」



 いや、こいつの同類とか願い下げなんですが。盛り上がっているその場をひっそりと抜け出し、ギルドの職員の人に魔物を解体してもらえる場所を聞きに行く。



「解体場ならこの先の通路を抜けたところですよ」



 僕らは落書きをされたり靴を左右逆にされたりしている意識のない勇者を横目にそちらへ向かう。……嫌がらせが可愛らしいな。子供か。少し進んだところでみんなが話しかけてきた。



「リク様ならやってくれると信じてた」


「なんかワクワク顔でこっち見てたよね?」


「ルカの頬をつねった時とおんなじ顔してたから」



 表情に出てたのか。自然なスマイルを心掛けたつもりだったのだが。次、同じ機会があったら気を付けよう。



「あれは魔法ですか?」


「ちょっと電気でビリビリっとね」


「あれはちょっとじゃない、と思うんですけど……」


「師匠、勇者を気絶させるレベルの電気なんて普通の人なら死んでると思いますよ」


「師匠はいろいろ人間離れ……、というか完全に人間じゃないよな、今更だけど」


「リク様だから」



 失礼な。僕は正真正銘人間だ。というかアイラさん? リク様だからってなんだよ。みんなが納得顔なのが解せない……。そんな無駄話をしながら僕らは大きな倉庫のような建物に来ていた。

 ギルドでの解体はギルドに登録していなくてもしてもらえる。解体費用が多少かかるが、基本的には素材を売れば簡単に払える額だ。



「すみません、解体をお願いしたいんですけど」


「おうよ。それで解体する奴はどこだい?」


「『アイテムボックス』に入ってます」


「じゃあ、その辺に出してくれ」


「すみません、もう少し広いところがいいのですが」


「そうだぜおっさん。師匠の『アイテムボックス』の容量は尋常じゃないからな。一番広いところがいいと思うぞ」


「どんなサイズか知らねぇがちょうど空いてるようだしいいだろう」



 ナイスヴァン。次ドラゴンの肉を食べる機会があれば厚めに切ってやろう。





 僕は『アイテムボックス』からドラゴンを取り出した。



「…………」


「あの~、解体をお願いします」


「おっとすまん。朝ご飯がなんだって?」


「リク様、なんでドラゴン腐ってないの?」



 アイラ、混乱中の解体師を渾身のスルー。



「『アイテムボックス』に入れてたんだから腐るわけないじゃん」


「「「「「……えっ?」」」」」


「あれ? なんか変なこと言った? 『アイテムボックス』の中は時間が止まってるんだから腐らないでよね?」


「『アイテムボックス』の中は時間が止まっているなんて聞いたことありません」


「何をどうしたらそうなるんですか」


「私たちの師匠、だから、仕方ない」


「そうだよなぁ。師匠だもんなぁ」



 それで話を片付けられるのは納得いかない。とりあえず今度使える人に会ったら見せてもらおう。仕組みだけ聞いて自分で再現してみたが失敗だったか。……あぁ、それでアイラも『シートル』で日持ちしそうな調味料しか買ってなかったのか。



「お、おい」


「え、あぁ。すいません。解体はできそうですか?」


「すまないんだが、これは俺一人では手に余る。ギルマスにも報告したいんだがいいか?」


「時間がかかるようなら、夕方にまた来ますけど、どうしますか?」


「そうしてもらえると助かるよ」



 ドラゴンを回収してその場を後にした。ギルドから出る途中、僕や4人が倒した魔物の魔石を換金しておいた。僕の分だけで普通に20万ゴールドもらえたのでしばらくは大丈夫だろう。ギルドの真ん中で鎧や体に落書きをされた何かがいたが見なかったことにした。瞼に目が描いてあったのを見て笑いそうになったのは内緒だ。その後はお昼ご飯を4人と一緒に食べた。



「4人はどうする? 一緒に行く?」


 

 これから行くのはルカのところだ。せっかくだしルカに4人を紹介するのも面白そうだなと思ったのだが。



「いえ、私たちはギルドに戻って、依頼を受けようと思います」


「一日でも早く師匠のように強くなりたいです!」


「勇者を気絶させた師匠の魔法、凄かった、です。私も早く追いつきたい、です」


「師匠みたいに早く強くなりたいぜ」



 なんかすごいやる気に満ち溢れていた。



「じゃあ頑張れよ。僕は適当に旅してるからまた会うこともあるだろうし」


「「「「ありがとうございました! 師匠!」」」」



 恥ずかしいから公衆の面前でそういうことをやるのは止めて欲しい。



「みんな頑張って。応援してる」


「アイラも頑張ってね!」


「アイラさんならきっと落とせます!」


「アイラはかわいいから、きっと大丈夫」


「俺も応援してるぜ、アイラさん!」



 君らいつの間にそんな仲良くなったの? というかゼル、落とすって何? 聞いてみたが誰も教えてくれなかった。仕舞いにはヴァンには「マジで言ってる?」と残念なものを見る目で見られる始末。……もういいです。4人が仲良くなった。それでいいじゃん。

 4人と別れた僕らは街の中心にある王城へと向かった。

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