帰り道3

離れていく彼女から目が離れない。

 真っ黒な髪の間から見える仄かに赤くなっている耳。夕焼けに照らされていてもよくわかる。

 僕の五感は視覚だけに集中する。

 水中に潜っているかのような気分だ。そこへ一隻のミニボードが荒々しくエンジンを鳴らし近づいてきたとき、僕の意識はそちらへと移る。

 声がする方を向くと、校舎から部活終わりの生徒がこちらへと歩いてくる。


 門の前で1人で立ち止まってたら明らかに変人だ。しかも、ひとりの女子を見つめていたら明日から僕は「ストーカー」と呼ばれることになるだろう。そんなのはごめんだ。


 すでに、僕の一番近くにいた二人組はこちらを見ながらコソコソと話している。

 僕の見とれている姿、声に気づき、辺りをキョロキョロしている姿を見られていたかもしれない。

 せめて顔だけはあまり見られないようにと思い、僕は数十メートル先にいる彼女を追いかけた。




 彼女との距離が数メートルとなった時、自分を追いかけている人の足音に気づいたのか、ちらりとこちらを向く。

 追いかけてきたのが僕だとわかった途端、安心したのか、小さくため息をする。その反応を見過ごさなかった僕は、再び声をかけたいが、なんてかけたらいいかわからない。


 そもそも人生初めての「一緒に帰ろ?」は見事にスルーされたから、同じペースで歩いていていいのかもわからない。


 でも方向も同じだし……。


 ここは、さっきの校門の前の会話は彼女が一緒に帰りたいアピールをしてきだと勘違いし、さりげなくついて行こう。

 やってることが彼女いない歴年齢の童貞と同じな気がする。いや、その通りなんだけど。


 もういっそ冴えない男子のように勘違いしておこう。その方が自分のためだ。


「あ、あの……。スゥ、、すっ、鈴木さん……。」


 彼女はビクッとして立ち止まる。

 数秒遅れて、ゆっくりとこちらを向く。


 しかしその顔は、汚物を見るかのように眉間に力を込めて引きつっている。


 生まれて初めてドン引きをされた。

 流石にしくじったか……? いや、でも、こうでもしないと反応してくれないだろうし……。


 背中が湿ってきて、だんだんと痒くなる。

 今の僕の顔は、彼女とは逆の意味で引きつっているだろう。


 「ふっ、ふふふ、佐藤くん……。ふふっ、キッモ。」


 えっ……? 

 

 えぇっ!?


 キモい。確かにそう聞こえた。しかしそこには笑いをこぼした音も聞こえた。


 これはどうなんだ……?


 額がひんやりとする。


 そんな僕を見て彼女は満面の笑みを浮かべる。


「嘘だよ。最初は少しキモかったけど、佐藤くんの焦りようを見てたら演技だってわかったし。」


 よかった。いや、少しでもキモいと思われたのは嫌だけど。

 ここで一番最悪なパターンは、そのまま無視されることだ。

 

 彼女はまだ笑っている。そんなに面白かったか? 

 ぼんやりと思いながら心の距離を縮めるように、彼女までの距離を詰めていく。


 今日知り合ったばかりなのに何故か距離感が近いのは不思議だが、それは彼女のコミュニケーション能力なのだろう。


 僕たちが再び歩き出す頃には、辺りには人気もなくなり、空は群青色へと変わっていた……。


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