帰り道2

「失礼しました。」


 校内にはあまり聞くことのない下校の放送が鳴り響いていて、さっきまで活気よく活動していた運動部も片付けをしている。


 彼女は落ち着いたように見えるが、先程から沈黙が続いている。

 不真面目だと思ったらしっかりとした意思を持っていて、ユニークな人だと思ったら以外と繊細で……。

 職員室ですら無言だったので流石に気まずくなってきた。


「あの……。鈴木さん……? 」


「……。」



 流石に居心地が悪くなり声をかけたが、またしても沈黙が続く。




 そんなこんなしていると下駄箱に到着した。





 僕より先に靴を履き替えた彼女は 、扉の前で立ち止まり、そわそわしながらこちらを見ている。


 かわいい。

 心の底からそう思った。


「おまたせ。」


「……。」


 沈黙はまだ続く。

 正直ここまで続くとわ思ってなかったが、彼女が歩き始めたので僕もそれについていくことにした。



 いつも以上に長く感じた門までの道が終わり、門の前で再び立ち止まる。


「……。」


「……。」


 立ち止まっているだけで、会話がない。

 僕はこの時間に耐えられなくなった。

 早くこの場から離れたい。

 気まずすぎる。



「じゃあ、俺こっちだから……。また明日ね。」


 普段言い慣れない言葉を口にし、逃げるように駅の方向へ歩き出した。



「待って……。」



 いきなり発せられた声に、安心しきってホッとしていた感情は、正反対の方向へと変わった。

 数秒前の感情を逆走するように彼女の方へ振り返る。


「どっ、どうしたの?」


 不安と緊張が混ざった声とは裏腹に彼女は大きく深呼吸をする。


「さっき……。さっき帰ろって言った。」


 僕とは逆の意味の不安と緊張が混ざった声を聞いた途端、僕の思考は停止しまった。


 えっ、えっ?


 帰る?

 今から帰ろうとしているが、その帰るじゃないの?

 もしかして帰るじゃなくて蛙?


 一瞬、わけわからない脳内討論が行われたが、その討論はまともに討論せず、終わってしまった。



「えっと……。」



「だから。帰るって言ったじゃん。」


 僕の思考はようやく言葉を発することができるまで回復した。


「今から帰るよね? 」



「君から誘っておいて……。もういい。」


 えっ、誘った?

 いつ、どこで……?

 僕は今日1日を振り返ったが、そんな記憶はない。


 もしそんなことがあれば、生まれてこのかた帰り道に女子を誘ったことも、ましてや一緒に帰ることなんてなかったのだから記憶に残ってるはずだ。



「待って、待ってってば。一緒に帰るってこと? 」




「そうじゃないの? 」




「そんな意味は……。」


 次の瞬間、うずくまってしまった。


 髪の毛の割れ目からリンゴのように赤くなった耳が見える。


 さっきの無言の中でも、一緒に帰れないかと妄想して、土下座して頼もうとする案まで出ていたから思考停止してしまった。

 しかしその中でも、この感情だけは消えることはなく、いや、この感情しか思いつかない。         


 できることなら今ここで叫びたい。


かわいい……。

出会った時の印象と今の印象が違いすぎる。

いや、これは誰が見ても可愛い。

彼女の顔立ちは、可愛いというよりかは、美人と呼ばれる部類に入る。


彼女が始めて教室に入ってきた時、自己紹介の時には教室は大盛り上がりだったらしい。

それは休み時間にも続き、他クラスの奴が扉に集まり、必ずどこかで彼女の話がされていた。


しかし、クールという印象だったのか、誰も話しかけなかったらしい。


そのように聞いていたから、まさか彼女がこんなに話し、こんな態度や表情を見せることに呆気を取られてしまった。


少しの間見とれていたが、下校時間ということもあり、あたりには部活終わりの生徒がちらほら見える。


こんな状況をあまり見られると彼女の今後にも関わってくるかもしれない。



「えっと……。僕、電車通学だけど。……。」



「私も電車通学。」


うつむいたまま発せられた声を聞き、少し安心した。



「じゃあ……。帰ろっか……? 」



彼女は首をあげ、こちらを見上げながらコクリとだけ頷いて、手を伸ばしてきた。


彼女と目が合う。


彼女の顔はまだほんのりと赤い。


かわいい……。


甘えるような態度に、また不意をつかれた。


僕の体温はみるみる上昇しながらも、彼女を引っ張り起こした。



女子の手を触る、一緒に帰る。という2つのはじめてを体験し、少し恥ずかしくなった。


僕はまだ目が合ってることに気がつく。


「……。」


「……。」


目が合っているのに沈黙が続く。


顔を隠すようにして振り返り、駅の方へと歩き出した。






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