第3話(逢引)

 僕とて年頃の健全なる青少年である。空夢の云う「付き合う」という言葉の意味が男女交際を指すことは諒解りょうかいしている。

 諒解はしているのだが、果たして男女交際とは何ぞや?

 一体、若い男女で何をしるというのだ?

 田山花袋たやまかたいか、二葉亭四迷ふたばていしめいか!?

(ちなみにこの二人を持ち出したのには深い意味は無い)

 男女交際?

 過去に紐解いた数々の文学が頭の中をぐるぐると駆け巡ったが詳細な説明はどこにも無かった筈である。

 それどころか僕と空夢は知り合ったばかりなのだ。

 いや、正確にはまだ知り合ってさえいない。

 二人は互いの素性をほとんど知らないのである。

 何をどうやって交際するのであろうか?


 閑話休題


 午下ごかの激しい日射しがジリジリとアスファルトに照りつけ、都市部特有の湿った重い空気がそこここに蔓延まんえんしていた。

 僕は新しくおろしたリネンのシャツに汗染みが付かないよう腐心ふしんしながら繁華街を歩いた。その中心地にランドマークとしてそびえ立つ、シティホテルを目指しているのである。

 何故なにゆえそんな場所におもいたのかというと、空夢との待ち合わせだからだ。

「この前にお礼にぜひ……」と彼女から誘われたので出向いてきたという訳である。

 恐らく、これが世間一般でいうところのデートというヤツなのであろうな。

 期待に高鳴る鼓動。

 しかしその一方で本能が胸に語りかける。

 興味本位で彼女に近づくにはあまりに不用心なのではないか……と。

 ホテルに入った途端、僕は早くも浮足だった。

 大理石の床、バカ高い天井に豪奢ごうしゃな照明、そして慇懃いんぎんなホテルマン。

 こんな場所、一介の学生がおいそれと足を運ぶ場所ではない。

 待ち合わせ場所にしてはハイソサエティ過ぎやしないか?

 予定よりも早く着いてしまったのでロビーにあったソファに腰掛けた。

 それから十分ほどであろうか。手持ち無沙汰ぶさたで待っていると、背後に人の気配がする。

 振り向くとそこに空夢が立ってた。

 彼女は特に緊張した様子もなく、静かに微笑んでいる。

 「申し訳ございません。待たせてしまったご様子ですわね」

 そうは言っても約束の時間よりは前である。こちらが早く着きすぎたのだ。

「いいえ、今来たところです」

 僕は慣用的に返事をした。

「それでは参りましょうか」

 そう言うと彼女はどういう訳か建物の奥の方に向かって歩を進めた。

「で、どちらへ?」

「上ですわ」

「へ?」

 ホテルはただの待ち合わせ場所だと思っていた僕は少し慌てた。

 てっきり、ここから街中まちなかに繰り出すのかと思っていたのだが、空夢は一切の躊躇ちゅうちょを見せずにエレベーターに乗り込んだ。

 果たして、これはどういう所業しょぎょうだ?

 ホテルのエレベーター?

 ロビーから上にあるのは客室なのではないか!?

 ま、まさか!?

 こ、これは!?

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