第2話(告白)

 森見里もりみざと空夢そらんはその筋では有名だった。

 その筋も、どの筋もウチの学校ではきっと知らぬ者はいないに違いない。それほどの有名人である。

 とは云え、その詳細は謎であった。

 母親が大企業の社長であること。親父さんはどうやら亡くなっているらしいこと。彼女自身が数年前まで、ちょっとした芸能活動をしていたこと。

 僕が知っていることといえば、それくらいのものだ。

 まあ、それだけ知っていれば十分ではある。

 他人様の私事しじに首を突っ込むなどは僕の趣味ではない。

 趣味ではないが気になることはいくつかあった。

 そもそも、何故なにゆえかくのごとき令嬢が、衛星都市の公立校、つまりウチのような学校なんぞに通っているのであろうか?

 彼女にふさわしい私立校など、いくらでもあるだろうに。

 しかし、残念なことと言うべきか……。

 彼女と僕では学年が違う。

 僕は最上級生、彼女は一つ下の二回生であった。

 学年が違えば同じ学舎がくしゃに居ても意外と接点は無いものである。

 だから彼女の存在は以前から知ってはいたものの、面と向かって眼福がんぷくに預かったのは、あの踏切の一件が初めてだったのだ。


 あれから二日が過ぎていた。


 弁当を食べ終え、亭午ていごのアンニュイをもてあそんでいると、廊下の方でちょっとした喧騒が湧き上がった。

 何事かと目を向けると教室の入り口に空夢が立っているではないか。

 学年下の有名人が突然、現れたのでそこらに居た連中が声をあげたのだ。

 彼女は落ち着かない様子で教室内をぐるりと見まわした。そして僕を見つけると視線を合わせて鷹揚おうように微笑んだ。

 目が合った瞬間、僕は硬直した。

 硬直させるほどの蠱惑こわくだったのだ。

 彼女の側へ行き訪ねた。

「な、なにか御用ですか?」

 上擦る声で尋ねると、彼女が心地の良い涼やかな声で応えた。

「ご挨拶が遅れまして大変申し訳ございません。わたくし、先日踏切で助けて頂いた森美里と申します」

「は、はぁ…」

 自分が有名人であるとの自覚が無いのか礼儀としての名乗りであるのか判断に迷う。

 しかし彼女は名乗りを上げた後は言葉を詰まらせてしまった。

「……」

 どういう訳なのか視線を落として、こちらと目を合わそうとしない。

 しばらく待ってみたが、このままでは埒が明きそうになかった。

 仕方なく僕から口を開いた。

「何かの用向きではないのですか?」

 どうでもいいことだが、二人の周囲は好奇の輩が取り囲んでいた。つまり二人の会話はだだ漏れ状態である。

 僕の言葉に促され、空夢がやっとのことで口を開く。

 「そうですね……。あの……何と申し上げますか……、こんなことを言うのは唐突ですし、大変に不躾ぶしつけなお願いであることは重々承知しているのです。してはいるのですが……」

「はい?」

 何やらもったいを付けた言い方である。

「その……、わ、私と付き合っては戴けないでしょうか?」

 艶のある声で空夢が言った。

 何だって?

(ワタシトツキアッテハイタダケナイデショウカ?)

 今一度反芻し、意味を理解した瞬間に僕は叫んだ。

「はひいぃっ!?」

 これは一体全体どういうことなのであろうか?

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